シュガーポットに恋をひと粒



第20話 能力発動?



「それじゃあ、歩佳、またねぇ」

「うん。今日はありがとう。楽しかった」

「まあ、余計なのがふたりも増えちゃったけど……でも、ランチはすっごい美味しかったし、宮平のやつには感謝を感じないでもないわ」

回りくどい美晴の感謝に、歩佳はくすくす笑った。

帰って行く美晴の車を見送り、車が見えなくなったところで、歩佳は宮平のアパートの方向に視線を向けた。

ここからは建物が邪魔して見えないけど……

あの向こう側に、いま柊二さんがいるんだ。

なんか信じられないなぁ。

柊二さんの友達が暮らしているアパートが、こんな近くだったなんて。

しかも、これから柊二さんはそこで暮らすことになるんだ。

ドキドキドキと鼓動が速まっていく。

不安も感じてるけど……嬉しい気持ちの方が大きいかな?

自分の心なのに、よくわかんないや。

好きなひとならば、いつだって会いたいと思う。

けど、片思いは辛い。

会えればしあわせだけど、そのぶん思いは募っていく。

好きな気持ちが膨らめば、ますます辛くなる。

可能性がないからなぁ。
ならば会わないほうがラクだ。

なのに……これから、こんなに近くに住むことになる。

会わないように気を付けたほうがいいかな?

美晴も家が近いことは秘密にしとこうって言ってたし……

まあ、宮平君には、いくら秘密にしようとしてもバレるんじゃないかとも言ってたけど……

複雑な思いはいくら考えても整理がつかず、歩佳はため息を吐いて自分の部屋に戻った。


「ただいまぁ」

一人暮らしだが、声をかけて上がり込む。

持ち帰った荷物を片付けてから、実家に帰る準備をした。

食欲はなくて、お風呂に入ったあと、歩佳は恭嗣との約束の九時になるまで、読みかけの本の続きを読んで過ごした。

ジャンルはファンタジーの冒険もの。

柊二さんに恋をするまでは、恋愛ものとか好きだったんだけど……
いまは、主人公が切ない気持ちを抱いているところとか、身につまされて読み進められないのだ。

逆に主人公が、恋するひとと、とんとん拍子にうまくいってると、今度はやっかんじゃうし……

なので、心に負担のない、恋愛色ゼロのものばかり読んでるわけだ。

……なんか、自分が憐れなやつな気がしてきたな。

歩佳は本を閉じてテーブルに置くと、やおら立ち上がり、ベッドにダイブした。

枕に顔をくっつけて、思い切り「ぶーーーっ」と息を吐き出す。

イライラを少し解消して、今度は仰向けになり、天井を見つめる。

遊園地……楽しかったな。

迷子になって泣いたことは、きっぱり忘れよう。

歩佳は、昨日逢坂家に向かったところから、無意識に思い出を辿っていた。

雨降りの中、迎えに来てくれた柊二さん……

剥いてあげた梨を食べている柊二さん……

遊園地では手も繋いだ。

ああ、しあわせだったよぉ。

そのあと歩佳は、柊二と交わした会話を何度も何度も頭の中でおさらいし、彼のいろんな表情を丁寧に思い返した。

ひとりでにやけたり、がっかりしたり、どきどきしたりしているわけで、ふと我に返るたび、ずいぶんと痛い気持ちに捉われた。

あーーん、もおっ。

遊園地、一緒に行けてよかったのか、悪かったのか……

好きなひととの思い出ができたんだから、素直に喜べばいいと思うのに、切なくって……

「ふえーーーん」

泣き真似をしたら、本当に涙がボロボロと零れ始め、慌ててしまう。

も、もおっ、なにやってんの?

情緒不安定すぎやしない?

けど、切ないんだもん。

辛いんだもん。

勝手に涙が出てくるんだもん。

恋心を断ち切るおまじないとか、ないのかな?

恋が叶うおまじないを、逆手にとってみるってどうだろうな?

そんなことを真剣に考えて悩んでいたら、インターフォンが鳴った。おっと、もうこんな時間か。

恭嗣がやって来たようだ。

モニターは確認せず、バッグを手に、直接玄関に出迎えに行く。

実家に持っていく荷物はすでに玄関のところに置いてあるから、もうこのまま出掛けられる。

少しでも早く着いたほうが、向こうでゆっくりできるからね。

さて、鍵を開ける前に相手を確認だ。

これを怠ると、恭嗣さんから余計なお説教を賜ることになる。

「どなたですかぁ?」

恭嗣だとわかっているため、軽い調子で問いかける。

「あっ、やっぱり」

うん?

ドア越しに予想していなかった返事が聞こえ、歩佳は眉をひそめた。

もちろん、いまの声は恭嗣じゃなかった。

やっぱりって?

これって、いったい誰?

でも、なんか聞き覚えのある声だったような?

戸惑っていると、「宮平でーす」と言う。

はいっ?

歩佳は、目を見開いて固まった。

いま、みっ、みやひらって言った?

「あ、あの……えっと、あの」

恭嗣だとばかり思っていたのに、驚かされて動揺が収まらない。

「ほら、歩佳さん困ってるじゃないか。だから言ったろ」

ひゃへっ?

い、いまの声って……しゅ、柊二さんだ!!

「あ、あの……ど、ど、ど、どうして?」

ドア越しに聞き返し、ハッとする。

いやだ。わたしってば、ドアも開けずに動揺してるとか……

年上なのに、恥ずかしい。

「ご、ごめんなさい。すぐに開けます」

本当にふたりがやってきたの?

でもなんでここがわかったの?

宮平君、宮平君の神っぽい能力なの?

急いで鍵を開けようとするが、衝撃が強すぎて指先が震える。

あああ……は、早く、早く。

焦るせいでなかなか開けられず、苛立ちながらようやく鍵を開けた。

ドアを開ける前に、歩佳はごくりと唾を呑み込んだのだった。





つづく




   
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