シュガーポットに恋をひと粒



第23話 柳に風でむかっ腹



「恭嗣さん、おかしな冗談はやめてください!」

「冗談ではないからな。そう思っているから言ったまでだ」

まっ、マジかっ⁉

「あ、あの? わたしの意思は?」

「当然配慮する。だが、私は夫として不足はなかろう?」

それ、自分で言っちゃう?

「あのですねぇ、恭嗣さん。結婚には互いの恋愛感情が必要なんですよ」

「私は君が好きだぞ」

淡々と言われても、胸にキュンのひとつもない。

「君が、嫌だというなら仕方がないがな」

「ほんとに本気で言ってるんですか?」

どうにも信じられず、疑いを込めて聞く。

「ああ。……さあ、私は答えたぞ、偕成君。次は君の答えをもらおうか」

「う、うーむ。……柊二君っ!」

なぜか宮平は、気難しい顔で柊二に大声で呼びかけた。

「腹を括るしかない様だぞ!」

腹を括る? って、なんの話?

三人の会話が、まるで見えてこないんですが。

どうしてわたしだけ、この場でおいてけぼりになってるの?

「馬鹿言えっ!」

柊二が宮平に怒鳴り返し、歩佳はびっくりした。

腹を括る発言に怒ったらしいけど……

腹を括るという意味が、どういうことやらわからない歩佳は、戸惑うしかない。

「え、えーっと」

もごもご言っていたら、すっくと柊二が立ち上がった。

歩佳は、思わず彼を見上げてしまう。

「帰るぞ」

柊二は宮平に向けて言うと、彼の腕を掴んで立たせる。

「お邪魔しました」

柊二は怒ったように言い、玄関に向かう。

えっ、な、なんで?

なんでそんなに怒っちゃったの?

呆気にとられてしまったが、歩佳は慌てて立ち上がった。

「逃げるのか?」

ふたりに向けて恭嗣が声をかける。

それに対して、ふたりとも振り返った。

宮平は、発言を譲るように柊二を見上げる。

あ、あの……いったいいま、何が起こっているんでしょう?

誰か説明してくれませんか?

できればそう口にしたいのだが、とても声をかけられる雰囲気じゃない。

柊二は険しい顔で口を引き結び、それから口を開いた。

「宣戦布告、受けて立ちますよ」

せ、宣戦布告?

な、なんか、突然物騒な話になってますけど?

おろおろしていたら、さらに柊二が恭嗣に向かって言葉を続ける。

「だが、俺は逃げるわけじゃない。俺は俺のやり方でやるだけだ」

「よくわかった」

恭嗣は重々しく頷くが……

ええっとぉ~?

恭嗣さん、何がわかったっていうの?

わたし、柊二さんが何を言ってるのか、もうさっぱりなんだけどぉ。

わけがわからないまま、歩佳は玄関に向かうふたりのあとを追った。

「歩佳さん、お騒がせしました」

玄関先で、柊二に改まって謝罪され、歩佳は「あっ、いえ」と戸惑いながら返事をする。

すると今度は、宮平が「あっ、そうだ」と口にし、歩佳に顔を向けてきた。

「美晴さんの同居の話、忘れずご両親から了承をもらってきてくださいね」

「ああ、は、はい」

それでふたりは帰って行った。


閉じたドアを見つめ、「なんだったの?」とぼやく。

それにしても、柊二さん、恭嗣さんと喧嘩しちゃうなんて。

宣戦布告とか言ってたけど……なんであんなに怒っちゃったんだろう?

えーっと、その前の話の流れは……?

「さて、歩佳君、我々も出掛けるとしよう」

いまの出来事を整理しようと思ったのに、恭嗣が声をかけてきて、続行できなくなる。

もおっ、わけのわからない騒ぎを起こしておいて……

「恭嗣さん。どうしてあんなこと言ったんですか?」

「もちろん君のことを、自分の妻に迎えたい女性だと思っているから、正直に言ったまでだが……」

ほんとに本気なの?

「まあ、聞き流しておいてくれていい」

聞き流せ?
こんな話、普通、聞き流していられる?

何を考えておいでなのだ、このお方は。

さっぱりわからない。

「それにしても……」

頭を抱えていたら、恭嗣がしたり顔で口にする。

気になった歩佳は「それにしても……なんですか?」と尋ねた。

「いや、面白くなってきた」

恭嗣はそう言って、にやつきはじめた。

……面白く?
それって、柊二さんの宣戦布告発言に対して言ってるの?

柊二さんは、なんで恭嗣さんに宣戦布告をしたんだろう?

あっ、なんかわかったかも。

恭嗣さんの、ちょっと普通ではない傍若無人な発言や態度が捨て置けず……それでじゃないかな?

「さあ、荷物はこれだけか?」

恭嗣はそう言って靴を履き、玄関の上り口に置いていた歩佳の荷物を手に取る。

「ほら、歩佳君、靴を履け。行くぞ」

「恭嗣さん、面白くなってきたって……」

「そんなことより、美晴君の同居の話とはなんだ?」

「むーっ」

あからさまに話をそらされ、不服一杯に頬を膨らませて睨みつけたのに、恭嗣は気にもかけずに外に出て行ってしまった。

柳に風で、むかっ腹が立つ。

もおっ!

妻に娶りたい女性とか口では言っておきながら、子ども扱いされてるとしか思えないんですけどっ!

歩佳はプリプリしながら靴を履き、アパートを出た。





つづく




   
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