シュガーポットに恋をひと粒



第24話 匙を投げる



実家に向かう車の中は静まり返っていた。

美晴と同居する話についても、恭嗣は聞いてこないのだ。
そして歩佳はもちろん、『面白くなってきた』という発言に対して答えてもらえていないので、黙りこくっていた。

恭嗣さんって、質問があるときを除いて、自分から話を切り出してくることって、ほとんどないのよね。

この間はどこそこに行ってこんなことをしたとか、仕事中にこんなことがあったとか、恭嗣さんならネタは尽きない気がするんだけど……

そんなわけで、あまりに会話がなくて退屈になると、歩佳から話題を持ちかけるのが常。

けどまあ、おしゃべりなひとよりかは、無口なタイプのほうが好きだけど……

柊二さんもそのタイプなんだよね。

「恭嗣さん」

「なんだ」

「柊二さんが言ってた、宣戦布告って?」

柊二さんは恭嗣さんに対して、受けて立つと言ったのよね。つまり、宣戦布告したのは恭嗣さんってことになる。

「語れないな」

「えーっ。教えてくれないと気になります」

「このことに関しては、君は誰かに聞くのではなく、自分で答えを見つけるべきだ」

「わたしが? でも、考えたってわかりませんよ」

「そう思っているうちはわからない。わかったときには、なるほどと思う」

なるほどねぇ……
なんか適当にはぐらかされてる気がする。

もし機会があったら、柊二さんのほうに聞いてみようかな。

そのあと、また会話のないまま目的地に近づいて行く。

嫁に娶る発言も気になってるんだけど……尋ねたところで、先ほど返ってきたような返事をもらうだけだろうな。

恭嗣さんが本気だというのなら、そうなのかもしれないけど……わたし、異性として愛されてはいないよね。

恭嗣さんは、ほんとわかんないおひとだ。普通人とは違う感覚で生きておいでなのだろう。

しかし、恭嗣さんの嫁かぁ。

頭の中で夫婦になったふたりを想像して見たら、意外にあっさりと想像できて、歩佳は笑った。

「何を考えて笑ってる?」

恭嗣さんが普通に聞いてきた。
物凄く気になったとかじゃなくて、同乗者の変化に反応しただけなんだろうな。

「夫婦になったわたしとと恭嗣さんを想像してみたんですよ」

「それで笑ったのか?」

「恭嗣さんは結婚しても変わりようがないから、ふたりしていまと同じなんだろうなって」

「ほお、意外だな」

「意外?」

「前向きに捉えているのだな」

「前向き? 恭嗣さんとの結婚をってことなら、そんなことはないです」

きっぱり言ってやる。

こっちは乙女なのだ。互いに恋愛感情のない結婚なんて味気なさ過ぎる。まっぴらごめんだ。

それくらいなら、切なくても辛くても柊二さんに片思いしていたほうがいい。

柊二さんに彼女ができるまでに、この恋心が自然消滅してくれると嬉しいんだけどな。

「恭嗣さんも、ちゃんと恋愛したほうがいいですよ。いままで恋愛経験ってあるんですか?」

「ない」

だろうね。あったら、わたしを妻に娶るとか言い出してないよ。

「ちなみに、片思いをしたことは?」

「ないな」

「つまり、初恋もまだってことですか?」

「初恋ねぇ」

「あーっ、馬鹿にしてる!」

「君はあるわけだ?」

「ま、まあ……それは一応経験済みですよ」

そして続行中ですけどぉ。

「いま現在、好きな男がいるのか?」

「……そ、それは……」

「うん? ……なんだそうなのか」

「ええっ。わ、わたしは、な、何も言ってませんよ」

「いなかったら、君はいないというだろう。口ごもった時点でいると言ったと同じだ」

うはーっ。さすが警察官ってことなのか? 相手の心情を読み取るのがうまくていらっしゃる。

でも、まあいいか。好きな相手がいるとわかってくれれば、わたしを妻に娶ろうなんて考えないだろう。

「相手は誰だ?」

「言うわけないです」

「そうか。もし付き合うようなことになったら報告するように」

「は、はい? な、なんで恭嗣さんに報告しなきゃならないんですか?」

「当然だろう。なにしろ私は、君のご両親から君のことを任されているのだからな。君が付き合う相手はしっかりと見定める義務がある」

「そんな義務ありませんよ!」

「いや、ある!」

恭嗣ときたら、きっぱりと言い切る。

これは、いくら言ってもダメだろう。

「だが、君の相手として不足なしと判断できた場合は、応援させてもらうぞ」

「応援してくれるんですか? 嫁に娶ろうとしてた相手なのに?」

「それはそれ、これはこれだ」

何がそれはそれでこれはこれなんだ!

まったく、突っ込みどころ多すぎて腹立つーーっ!

それでも、恭嗣とのやりとりで、安心できた。彼は強引に歩佳を妻に娶るつもりはないってことなのだ。

それどころか、わたしの恋の応援をしてやるなんて言い出すし。

でも、恋愛経験ゼロの恭嗣さんじゃ、頼りになりそうにないよ。逆にぶち壊されそうだ。

どのみち、年下の柊二さん相手じゃ、可能性なんてないんだけどね。

歩佳は運転している恭嗣の横顔を見つめ、改めて口を開いた。

「美晴の同居の件ですけど」

「うむ」

話の続きを促がすような相槌を貰い、歩佳は美晴が同居することになった経緯を伝えた。

「そうなのか」

「恭嗣さん、別に反対しませんよね?」

「いいのではないか。人の役に立つのはいいことだ」

おっ、やったね。恭嗣さんを味方につけられて、これで両親の承諾を得たも同然。

「しかし、そうか……あのチビっこいのが……」

恭嗣さん、ふんふんと、なにやら嬉しげに頷いておいでだ。

「嬉しいんですか?」

「うん? そうだな。あのちびっこいのがいると、生活が楽しいものになりそうだ」

おやおや、恭嗣さん、美晴をかなりお気に入りか?

「ねぇ、恭嗣さん。美晴を妻に娶ってはどうですか?」

「は?」

珍しいことに、恭嗣が固まった。

「恭嗣さん?」

「いや、驚いたぞ。歩佳君、面白い冗談だった」

冗談?

「それなりに本気で口にしたんですけど……美晴は今現在恋人募集中のようですし」

「当たり前ではないか」

「何が当たり前なんですか?」

「男と付き合うなんて、あのちびっこにはまだまだ早い」

……ちょっと頭が痛くなってきた。

恭嗣さんったら、美晴をいまだに小学生扱いなわけか。

「念のため繰り返しますけど、美晴はわたしと同じ歳ですからね」

「何度も繰り返す必要はない。わかっている」

わかってて、言ってんのか? タチが悪いな。

「今度、美晴君と柊二君のご両親にお会いするとしよう」

「はい? なんで柊二さんが?」

「私は君のことを任されている。その君と同居する美晴君もまた同じだ。そしてこの近くの友人宅に居候させてもらう柊二君もまた、私の管轄として扱うのがよかろう」

「いやいや、何を勝手に決めてんですか? そんなのいらぬお世話ですよ」

「そんなことはない。柊二君は高校生だ。親元を遠く離れて暮らすのであるならば、監督者がいたほうが安心できる。それが私であれば、無条件で安心なさるだろう」

反論したいけど、反論できない。

美晴や柊二の両親は、この恭嗣さんからの申し出を蹴るようなことはしないだろう。それどころか大喜びしそうだ。なにせ、申し出た相手は警察官。

だけど、美晴や柊二さんは絶対に嫌がるよ。

「それ、やめてもらえませんか?」

「やめろ? 歩佳君、なぜだ?」

「美晴はまだいいとして、柊二さんは絶対に嫌がりますよ。恭嗣さんは赤の他人なんだし、干渉してほしくないに決まってますよ」

「だろうな」

そう言う恭嗣は、警察官のくせにずいぶんと悪そうな顔でにやりと笑った。

「恭嗣さん。まさか、嫌がられるのが楽しいとか思ってませんよね?」

「思っている」

「恭嗣さん!」

怒って声を荒らげたら、恭嗣はやれやれと言わんばかりに肩を上下させる。

「歩佳君、君もハタチを過ぎたのだ。もっと先を見るようにしたほうがいい」

「は、はい? なんで急にそんな話になるんですか?」

「繋がっているからだ」

繋がってる?

「いったい何がどうなって、繋がってるって話になるんですか?」

「何がどうなって、などと考える必要はない。すべてのものは繋がっているのだからな」

そこで歩佳は、恭嗣との会話に、ついに匙を投げたのであった。





つづく




   
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