シュガーポットに恋をひと粒



第25話 乙女は複雑



「お母さん、わたしちょっと散歩してくるよ」

縁側に座り、母のサンダルに足を突っ込みながら、歩佳は家の奥にいるはずの母に声をかけた。

「はーい、いってらっしゃい」

母の返事を聞いて立ち上がった歩佳は、庭をつっきって公道に出た。

まっすぐ歩き、細い小道を辿って行く。

実は、こうして散歩に出てきたのは、美晴に報告の電話をしようと思ってのこと。

携帯電話の電波が繋がりやすいスポットがあるのだ。

家からかけていたりすると、電波の状況が悪くて、会話中に切れちゃうときがあったりするんだよね。

家の前は見渡す限り田畑ばかり。
三メートル幅の川も流れていて、まったくのどかな風景だ。

お隣さんは一番近いところでも三十メートルくらい離れているけど、けっこう民家は点在してる。

「それにしても、秋だねぇ」

土手にはススキ、家の庭の柿の木もだいだい色の実をたくさんつけている。

あとで、もいで食べるとしよう。三時のおやつにちょうどいい。

そう思って歩いていたら、恭嗣の姿を見つけた。

おやおやっ、巡査殿も柿をもいでおいでだぞ。

わたしと一緒で、そいつを三時のおやつにしようとお考えなのか?

歩佳はのんびりと、恭嗣の実家に向かって歩いて行った。

「ご精が出ますね。巡査殿」

柿の実をもぐ専用の竹の棒で柿をもいでいた恭嗣が、歩佳の呼びかけに振り返った。

「ああ、歩佳君。我が家に何か用か?」

「いえ。散歩してるところです。巡査殿の姿が見えたので、こちらにやってきた次第であります」

「……ご機嫌のようだな」

「は、はいっ?」

「君がそういう言葉遣いをするときは、最高に機嫌のよいときではないかな?」

うはっ。見破られてる?

いや、わたしが単純なのか?

「まあ、ご機嫌ですよ。美晴の同居も簡単に了解してもらえましたし」

簡単に許してもらえたのは、恭嗣さんの口添えのおかげであったりするんだけどね。

「巡査殿、お口添え、ありがとうございました」

歩佳が改めてお礼を言うと、すでに竹竿を上へと伸ばしているところだった恭嗣は「ああ」と気のない返事をする。

すでに柿をもぐのに集中しておられるようだ。

恭嗣は、実のついた枝に竹竿の先をひっかけ、くるくると手際よく回す。

うまいもんだなぁ。わたしだと、もっともたついちゃうんだけど。

それにあんな高い位置のがなんなく取れるって、うらやましい。
こんなときは、高身長が物を言うねぇ。

「歩佳君、食べるか?」

恭嗣が、いまもいだばかりの柿を差し出してきた。

柿の葉っぱが二枚くっついている。
半分くらい赤くなってて、これがまた綺麗だったりする。

それにしても、大きな実だな。

「実は、わたしも散歩から戻ったら、柿をもいでおやつにしようかなと思ってたところなんです」

「なら、これでもいいだろう。この近辺では、この木の柿が、一番甘くてうまいのだぞ」

「えっ、そうなんですか?」

「ああ。私はこの辺りの柿はすべて食している」

それって柿泥棒なんじゃ。

「言っておくが、黙って取ってはいないぞ」

どきっ! 考えを看破されたぁ。

「そっ、それじゃ、遠慮なくいただきますです、巡査殿」

柿を受け取り、枝を取り払い、服できゅっきゅっと磨き、かぶりつく。

うはっ♪ あ、あまーーーーーーっ!

「お、美味しいですよ。恭嗣さんっ!」

唾飛ばす勢いで絶賛する。

「だろう」

こりゃ、まいったね。

偽りなくうまいぞ。

我が家にも柿の木があるからって、これまでもらって食べたことがなかったのが悔やまれるじゃないか!
ちくしょーーーっっっ!

しかし、さすがだねぇ。
巡査殿の実家、梨やら葡萄やら、たくさんのくだものを生産している農家だけある。

それにしても、恭嗣さんは跡継ぎなのに警察官になっちゃって、後を継がなくていいのかな?

そんなよけいな心配をしつつ、歩佳は恭嗣に礼を言い散歩を再開した。

甘い柿を頬張りながら、携帯スポットまで足を延ばす。

スポットに到着した歩佳は、柿を食べ終え、美晴に電話した。

「歩佳、待ってたわよぉ。で、どうだった?」

「うん。了解取れたよ」

「やったーーっ!」

美晴の喜びっぷりにこちらも嬉しくなる。

これで美晴との半年の共同生活が現実になるんだ。

うはっ、楽しみぃ♪

「それで、いつ引っ越してくる?」

わくわくしつつ、尋ねる。

「わたしとしては、二週間後の週末がありがたいんだけど、それでいい?」

「もちろんそれでいいよ。……あ、あの……柊二さんのほうは? いつ引っ越すの?」

ついでのように柊二について質問したものの、顔は真っ赤だし、心臓なんてバクバクしちゃってる。

「あいつも、二週間後の週末にするつもりみたいだよ」

おおっ、そうなのか。
柊二さん、ほんとにわたしの近所にやってくるんだぁ。

すっごい不安だけど、すっごい嬉しいよぉ。





つづく




   
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