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第26話 お目付け役にお喜び
複雑な心境でいたら、美晴がなにやら愉快そうにくふふと笑う。
「美晴?」
「なんか気分よくってさぁ」
「何かいいことでもあったの?」
「もおっ、何言ってんの。宮平君だよ、宮平君。歩佳のアパートが、自分とこからそんなに近いとは知りもせず……ひひひっ」
「ああ、あの美晴? 喜びのところ悪いけど、彼はもう知ってるよ」
「へっ? な、何? 知ってるって、ど、どういうことよ?」
「家に来たの。この話もしようと思ってて」
「家に来た? ま、まさかあんたのアパートに宮平がひょっこりやってきたっての? いったいいつ?」
「昨日の夜の九時だよ。もうすぐ恭嗣さんが迎えに来るって頃くらい」
「ええーっ、なんで?」
「遊園地に向かうのに、わたしのアパートの前を素通りしたときの、わたしと美晴の様子を見て、そうじゃないかって思ったんだって。それで確かめにやってきたら、吉沢って表札を見つけて、訪ねてきたって」
「うがーーーっ! ぜんぜん出し抜けてないじゃないの!」
「そういうことです」
「はーっ、なんか脱力だわ。ねぇ、それってもちろん柊二も一緒よね?」
「うん。ふたりでやってきた」
そう言った途端、美晴は「柊二っ!」と叫び、ドタドタという音が聞こえてきた。
えっ? 美晴、何をして?
「こらっ、柊二っ!」
ええっ! う、嘘。柊二さん、もう自宅に帰ってきてたの?
「なに?」
うわっ、柊二さんの声だぁ。
「なんで黙ってたっ!」
「こ、こら、やめろよ、美晴。痛いだろう」
「昨日の夜、歩佳のアパートに不意打ちかけたって本当なの?」
「あ……もしや、それって……歩佳さんと話してるのか?」
柊二が自分の名を口にしてくれ、胸がきゅんきゅんする。
「もおっ。なんで報告しないのよ」
「別に、いいかと思って。美晴のほうには、歩佳さんから話が行くだろうと思ってたから……」
「こちとら、いい笑い者だよっ」
「笑い者? なんで?」
「うーーーっ。もういいっ!」
バタンと大きな音がし、ドスドスと力のこもった足音か聞こえ、またバタンとドアの閉まる音がした。
「歩佳、ごめんよ。まったく礼儀知らずな奴らだよ。夜の九時に乙女の一人暮らしのアパートに行くなんて。恭嗣さんと鉢合わせしたりしなかった?」
「した」
「ええっ!」
「ああ、美晴、興奮しないで。恭嗣さんは何も気にしてなかったし……それどころか喜んでたから」
「へっ? 喜んでた? ほんとに?」
「う、うん。恭嗣さんに、美晴の家の建て直しで、美晴がわたしのところで同居することと、柊二さんが宮平君のアパートに居候することも話したの。そしたら、自分がお目付け役をするって勝手なことを言い出してね」
「ええっ。恭嗣さんがわたしのお目付け役もしてくれるの?」
美晴ときたら、ずいぶん嬉しそうに言う。
「美晴、ここは喜ぶところじゃないよ」
「えーっ、そんなことないよぉ。恭嗣さんなんだよ」
いや、だから、その発言が、わたしには理解できませんってば!
でも、まあいいか。美晴が喜んでるのなら、そのままにしておくとしよう。
「で、なにはともあれ、わたしの受け入れ態勢に入れるわけだね?」
「うん、これから詳しい段取りとか決めていこう」
「歩佳君」
恭嗣の声がし、歩佳は振り返ってみた。
走って来たようで、少し息を弾ませておいでだ。
「恭嗣さん。どうかしたんですか?」
「仕事で急用が入った。すまないが、これからすぐに帰らねばならない。いいか?」
「そうなんですか。わかりました。それじゃ、急いで帰る支度します」
田舎のため、ここから自力で帰るとなるとかなり大変だ。
ここは予定より早まっても、恭嗣の車で送ってもらったほうがありがたい。
「ごめん、美晴。話していられなくなった」
「う、うん。ふたりの会話、聞えたよ。それじゃ、切るね」
美晴のほうが慌てたようで、焦って切ってしまった。
「美晴君と話していたのか?」
「はい」
ふたりして家に向かって走りながら会話する。
「美晴の引っ越し、再来週の週末にって話になりました」
「再来週……か。私は土曜日の午前中なら大丈夫だぞ」
「えっ? あの、引っ越しの手伝いとかはいらないと……」
「美晴君と柊二君のご両親に挨拶に行くなら、そのときが都合がよいだろう?」
「ほんとに、お目付け役を買って出るつもりですか?」
「もちろんだ」
そんな役、やらなくていいと突っぱねられそうもない。
なんせ美晴は喜んでるのだ。
けど、柊二さんがなぁ?
彼は気分を悪くするに決まってる。
困ったなぁ。
つづく
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