シュガーポットに恋をひと粒



第28話 激しく意気消沈



翌日の仕事帰り、歩佳は駅前のショッピングセンターに足を踏み入れた。

この辺りでは、ここが一番品物が揃ってるはず。

けど……誕生日の贈り物……何にしたらいいんだろう?

高校生の男の子が喜びそうなものって、どんなものなのかしら?

悩みつつ、昨日の宮平との会話を思い出した歩佳は、小さくほっぺたを膨らませた。

まったく宮平君ときたら、柊二さんの欲しがっているものを教えてくれるのかと思ったのに……結局、教えてくれなかった。

『歩佳さんが柊二君にあげたいと思うものが、一番彼の欲しがってるものですよ』なんて、言っちゃって……

まるで見当がつかないから、聞いたのに……

歩佳はショッピングセンター内を歩き回り、品物を見て回ったのだが、ぴんとくるものがない。

値段も、どれくらいのものが適当なのか判断がつかないし……

高すぎるのも引かれそうなんだけど……幾らだったら引かれずに済むのかしら?

一万円以上はさすがにダメっぽいよね。
なら、八千円? 七千円、六千円、五千円……三千円?

高校生同士だったら……たぶん三千円くらいが妥当なんじゃないかと思うんだけど、わたしは社会人で働いてるわけだし……五千円以上のものをあげてもいいと思うんだよね。

仮に、五千円と決めたとして……品物は何にすれば……?

柊二さんじゃなかったら、学生さんには図書カードとかがいいと思うんだよね、無難で。

けど、無難なものなんかじゃ……やっぱり嫌だし。

純粋に喜んでほしいし、嬉しがってる笑顔が見たいなぁ。

それからさらに三十分ほど歩き回った歩佳だが……

ああーん、もおっ。ダメだぁ。ぜんぜん決まんないよぉ。

困ったなぁ。ぐずぐずしてたら、閉店時間になっちゃいそうだ。

今日は諦めて、また明日探そうかな?

明日か……明日は柊二さんの誕生日なんだなぁ。柊二さん、明日で一つ年を取るんだ。十八歳になる。

わたしの誕生日が来るまで、柊二さんと二歳違いになるんだよね。

まあ……だからなんだって話だけど……

柊二さんの欲しいもの……美晴なら知ってるんだろうけど……サプライズパーティーは美晴にも内緒だから、彼女には聞けないし……

歩佳はため息を吐き、プレゼント探しは明日に延ばすことにし、アパートに帰ったのだった。





夕食の準備をしていたら、携帯に電話がかかってきた。かけてきた相手は宮平だった。

バースディサプライズに協力することになったので、連絡を取り合えるように、昨日別れる間際に携帯の番号とメールアドレスを交換したのだ。

宮平と、パーティーのための料理の打ち合わせをし、土曜日の午前中に一緒に必要なものを買う約束をして通話を終えた。

パーティーは夕方からの予定だから、午後に料理を用意すれば間に合う。

宮平君……一緒に買い物をするのなら、そのときに柊二君のプレゼント選びに付き合ってくれないかな?

思案しつつ、また夕食作りに取りかかる。

夕食をテーブルに並べ、食べ始めたところでまた電話がかかってきた。今度は美晴だ。

「ヤッホー、歩佳、いまいい?」

「うん、いいよ。なんかあった?」

「ねぇ、歩佳。頼みがあるんだけど」

「頼み?」

「うん。母様に頼もうと思ったんだけど、いま引っ越し前で荷物の整理に忙しいもんだから、かなりイライラしててさぁ、頼めそうもなくて……」

「あらら、そうなんだ」

そうか。家を建て直すんだから、いまある荷物は全部運び出さなきゃならないんだものね。そりゃあ、大変だぁ。

おじさんと美晴は仕事、柊二さんは学校に行ってるんだものね。そういう仕事は、おばさんに回っちゃうんだろうなぁ。

あれっ、でもそうなると、柊二さんと美晴、呑気にサプライズパーティーになんて参加してられなかったりするんじゃ?

宮平君、そういうこと考えてないみたいだったけど……

もしかすると、準備したものの、柊二さんも美晴もやってこないなんてことになったりして……

「歩佳に頼むのも申し訳ないなぁと思ったんだけど、他に頼めるひともいなくて……」

サプライズの危機に顔をしかめていた歩佳は、美晴の言葉に意識を戻した。

「美晴、頼みって、なんなの?」

「買い物を頼みたいの」

「買い物?」

「うん、そう。実はさ、明日、柊二の誕生日なんだけどね……わたし、まだプレゼントを買えてなくてさ」

ええっ! ま、まさか、柊二さんの誕生日プレゼントを買う手伝いをさせてもらえるの?

「実はさ、大口の仕事が舞い込んで、この数日急に仕事が忙しくなっちゃったの。それで残業続きなのよ。それも明日で目途がつきそうなんだけど……」

「そうなんだ。大変だね」

「まあね。そんなわけでさ、柊二の誕生日祝いは、明後日ってことになったの」

えっ? あ、明後日?

う、嘘~っ! それじゃ、サプライズパーティーができないよ。

「いまの我が家は、どこもかしこもとっちらかってる状態だから、いまは誕生祝いどころの騒ぎじゃなくてさ、レストランで外食ってことになりそうなんだけどね」

「そ、そうなの」

「誕生祝いは明後日になったけど、プレゼントはできるものなら明日渡してやったほうがいいかなと思ってさ」

「それは誕生日当日のほうが、柊二さんも嬉しいと思うよ」

「だよね。それで、頼まれてくれる?」

「それは構わないけど……でも、明日わたしが買うとして、美晴、仕事の帰りにわたしのところまで取り来られるの?」

「うん。そのつもりでいる。……お金も立て替えてもらうしかないんだけど……それでもいい?」

「もちろん。それで、何を買えばいいの?」

「予算五千円くらいでってやつに言ったら、パソコンのマウスか、スニーカーって希望を貰ったんだ」

「マウスにスニーカー? それって、どんな商品か決まってるの?」

「ううん。任せるって言われた」

「任せるって……わたしには選べないわよ」

「ネットで検索して、メーカーとか色とか、だいたい絞ってはみたんだよ」

「……それで、マウスかスニーカーのどっちにするの?」

「マウス」

そう言った美晴は、メーカーと色と製品番号を口にする。
歩佳はそれを書き留めたが、柊二の靴のサイズを聞きたい。

そんな質問しちゃったら、わたしの気持ち、美晴に悟られたりしないかな?

そんな不安はありつつも、ここで聞かなかったら後悔すると、思い切って口にする。

「あ、あのさ、ちなみになんだけど……柊二さんって靴のサイズっていくつなの?」

「ああ、そうだね。万が一品物がなかったりしたら靴になるかもしれないもんね。あいつのサイズは二十七センチだよ」

「ええっ! 二十七? お、大きいねぇ?」

びっくりだ。わたしは二十三……柊二さん、わたしより四センチも足のサイズが大きいんだ。

美晴は二十二センチだったから、五センチも違うんだぁ。

「へーーっ」

思わず感心して声を上げてしまった。

「びっくりするでしょう? 何食ったら、そんなにでっかい足になるんだよって話だよね」

「うん。男の子って凄いね」

「恭嗣さんはもっと大きいんじゃないの?」

恭嗣さんか……

「確かにね。そう言われたら、興味が湧いて来たわ。今度会ったら聞いてみるよ」

「聞いたら教えてよね」

美晴ってば、恭嗣さんに興味ありありだなぁ。むふふぅ。

美晴と恭嗣さん、結構お似合いかもなぁ。

かなりの凸凹カップルになるけど、それがまたいいと思うな。

「オッケー」

軽く了解し、歩佳は電話を切った。

そして今更ドキドキしてきた。

思いがけず柊二さんの誕生日プレゼントを代理で買えることになったなんてぇ。

喜んでいた歩佳だが、はたと思い出す。

そ、そうだったよ。明後日の計画がおじゃんになっちゃったんだった。

あっ……でも、まだ日曜日があるし……

と考えたものの、翌週には引っ越しなわけで、今週末は、柊二も美晴も自分の荷物の整理やら、母親の手伝いをしなければならないはず……

土曜日の計画ってのが、元々無理だったんだな。

肩を落としていたら、また電話がかかってきた。

あっ、宮平君だ。

ちょうどよかった。こっちからかけなきゃと思ってたから……

「宮平君!」

「うん? 歩佳さん、どうか……」

「サプライズ、ダメになっちゃったわよ」

「あれっ? ……ああ、もしや美晴さんから聞きましたか?」

「宮平君、知ってるの?」

「はい。柊二君に電話したら、土曜日は予定があるから、僕のところに遊びに行くのは無理だって言われました。ちなみに、日曜日も部屋の片づけをしなきゃならないから、家から出られないそうです」

やっぱりか。

「残念です」

無念そうな宮平の声に共感し、歩佳も肩を落とす。

「宮平君、柊二さんのために、せっかく計画したのにね」

「はい……はあっ、こんなことになるとは」

「元気出して。明日学校で会えるんだし、お祝いを言ってプレゼントをあげればいいわよ」

わたしはダメになっちゃったけど……しょぼん……

明日、美晴のと一緒にプレゼントを買って、彼女に頼んじゃダメかな?

姉の友達からプレゼントって、下心ありと気づかれて引かれるかな?

それは嫌だなぁ。

電話を切り、激しく意気消沈した歩佳は、そのまま床にころりと転がったのだった。





つづく




   
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