シュガーポットに恋をひと粒



第3話 わりと本気



あー、胸が苦しいよぉ、切ないよぉ。

枕を抱き締め、ベッドの上を転げまわる、憐れなひとり身の女、吉沢歩佳。

三歳も年下の男の子に恋心を……ああ、でも、柊二さんは、とても男の子って感じじゃないけど……

あーん、ちょっと待て、歩佳。

柊二さんって呼んじゃってるあたり、痛すぎるよぉ!

こっちが三つも年上なのに……

柊二と出会ってから、二年あまりが過ぎた。

高校一年生だった彼は、いまは高校三年生。

わたしはといえば、専門学校を卒業し、なんとか無事に就職できた。

実家も出てアパートで独り暮らし。

社会人となって半年が過ぎたところだ。

もう景色は秋の色……

残暑厳しかった九月が過ぎて、ようやく涼しくなってきた。

そういえば、高校生たちも衣替え、夏服から冬服になったんだね。

柊二さんも……

彼の制服姿を思い浮かべ、にやけてしまった自分に、顔がヒクついてしまう。

制服姿の彼は、彼が高校生であることを歩佳に強烈にアピールしてくる。

でも、見たい。

……制服がよく似合ってて、かっこいいし……

はあっ……

初めて会った日に恋をして、ずっとその恋心を消し去れずに苦しんでいる体たらくなのじゃ。

あー、もうやだよぉ。

歩佳は抱えていた枕に突っ伏した。落ち着いていられず、両足をバタバタさせる。

会いたくても、なかなか会えないし……

いや、会うのを避けてるのは、わたしなんだけど……

専門学校を卒業したあと、歩佳と美晴は別々の会社に就職したのだが、頻繁に会っている。

毎日、メールでやりとりしているし……このアパートにもちょくちょく遊びに来てくれている。

逢坂の家にも泊まりに来なよと誘ってくれるのだが、柊二のことがあり、なかなか素直に行けないでいる。

もちろん彼に会いたい。

泊まりに行きたい。

……けど、会うと、凄く切ない。

そして滅茶苦茶苦しい……

それに、もし彼に彼女ができましたなんて、話を聞く羽目になったら……

死んでしまいます!

いや、もう冗談抜きで……食事も喉を通らなくなるだろう。

いまですら、彼のことを考えると、胸がいっぱいで食欲がなくなる。

おかげで体重も減っちゃって……

小さくなってほしくないところが、どんどん貧弱になりそうで、不安だ。

あーあ。他の人を好きになれたらいいのに。

もちろん、わたしより年上の人。

相手が振り向いてくれるかはわからないけど……いまよりはマシな気がする。

いっそ、告白して振られてしまえば、諦めもつくかもしれないけど……

でも、告白なんて、絶対無理!

それに、失恋も辛い。

完全に会えなくなるくらいなら……いまのままがいい。

だから二年もの間、もんもんと恋心を抱えて過ごす羽目になっちゃったのよね。

いっそ、この恋心……ふっと消えてくれたらいいのに……

「あー、神様、お願いです。この恋心、消去してくださーーーい!」

思わず大声で叫んだ瞬間、玄関のインターフォンが来客を知らせた。

誰だろう?

モニターで確認してみたら、国見(くにみ)恭嗣(ゆきつぐ)だった。

なんだ、恭嗣さんか。

実家同士が近所で、彼とは小さな頃からのお付き合い。

近所のお兄ちゃんという存在だった。

けど、彼に懐いていて、よく遊んでもらったとかいうことはなく、ずっとほどよい距離を保っていた。

彼は性格上、年下の女の子を構うようなひとじゃない。

しかし、今日は非番か? それとも休日?

彼の職業は警察官。

独り暮らしをしている歩佳の、お目付け役になっている。

そんなわけで、ちょいちょい顔を見にやってくるのだ。

このアパートでの一人暮らしを、両親が許してくれたのも、この近くに彼がいたからだし。

歩佳の母は、恭嗣に全幅の信頼を置いている。

警察官というお固い職業が、信頼の理由でもあるのだろう。

急いで玄関に駆けて行き、応対する。

遅いと、余計なお説教を食らうことになるからね。

「歩佳君、元気か? 何か変わったことなどはないか?」

この固い口調は、彼のスタイルだ。お気になさらぬように……

「何も起きておりません、国見隊長殿っ!」

びしっと敬礼つきで、堅っ苦しい挨拶をお返してみる。

「俺は隊長じゃない。巡査だ」

「冗談ですよぉ」

「冗談だったのか?」

表情を崩さず、相変わらずクールな顔なので、本気で言っているのかと思い込みそうになるが、そうじゃない。

真面目なのは確かだけど……大きな声では言えませぬが、このひとはちょっと変わり者領域のお方です。

「お仕事、お休みなんですか?」

「ああ。なんだ、君は今日一日、ずっと家でぶらぶらしていたのか?」

「だって、別に行きたいところとかないし……」

どうせ彼氏もいませんし……と。心の中で、内緒で拗ねる。

「なら、俺と一緒に実家に連れて帰ればよかったな。おばさん喜んだだろうに」

「先週帰ったばかりですよ」

「それでもだ。声をかけようかと思ったんだが……朝四時に出たからな」

「よ、四時? そんな時間、ぐっすり寝てますから」

起こされなくてよかったぁ。

「それにしても、なんでそんなに早く」

「いや、別に理由はない」

「……そうですか」

まあ、こういうおひとだ。気にしても意味ない。

「ほら、君に土産をやろう」

差し出されたのはブドウと梨だった。

「わーっ、こんなにいっぱい」

「巨峰と梨だぞ。好きだろ?」

ありがたく巨峰と梨をいただき、「あがっていきます?」と、社交辞令で声をかける。

「そうだな……それじゃ、まだ昼飯を食っていないので、君のところでいただいていくかな」

はいっ? 勝手に決定事項?

食べさせてもらえるかを、まずわたしに問うべきだと思うんだがね、巡査君。

「もう二時ですよ。お昼ご飯、まだ食べてなかったんですか?」

「ああ。食いっぱぐれてな。君はもう食べたのか?」

「もちろん食べましたよ。ですから、二時なんですよ。……でも、いいですよ。ブドウと梨を貰ったし……」

「巨峰」

重要事項とでもいうように、きっぱり訂正するあたりが、堅物変人恭嗣。

「はいはい。巨峰貰ったし……でも、そんなに凄いものは出せませんよ」

「大丈夫だ。君のレパートリーの貧相さは、すでによく知っている」

むきーーーっ!

「悪うございましたね、貧相で!」

塩と砂糖、ワザと間違えてやろうかしらん。

わりと本気で考えながら、歩佳は恭嗣の昼食を作ったのだった。





つづく




   
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