シュガーポットに恋をひと粒



第31話 忙しさアピール



「無謀だな」

柊二のバースディパーティーの準備を、歩佳がひとりでやるに至った経緯を話し終えた直後、恭嗣がぽつりと呟いた。

「無謀?」

思わず鸚鵡返しにしてしまう。

「歩佳君、君はいささか自分を過信し過ぎていないか?」

は、はい? か、過信?

「あ、あの、どういうことでしょうか、巡査殿」

おずおずと聞く。

「君の手料理は、幾度か食べさせてもらったが……」

恭嗣はそこまで言って黙り込む。

な、なんだ? なんで眉間に縦皺を刻んで考え込むの?

わたしの手料理は、他人様に食べていただけないほどまずいとでもおっしゃりたいのか?

むっとしたら、「味はまあまあだが」と言い、ちらりと視線を向けられた。

なんだその目、何が言いたい? と、巡査殿の横顔に向け、視線で噛みつき、胸に湧いたムカツキを少々消化する。

「盛り付けが下手だとでも?」

味はまあまあの評価も面白くはないが、料理はそこまで上手いほうではないと自覚しているので、文句が言いたくても言えない。

「いや、盛り付けもまあまあだ。お客人に出すのに、そこまで支障はない」

『そこまでってなんだ、そこまで支障がないって! 超失礼だぞ、巡査殿ーーっ!』

表だっては口にできず、押し黙ったまま心の中で絶叫する。

「ただ、君は要領が悪い」

「は? 要領?」

「ああ、一連の流れに無駄が多すぎる。そのため、君の調理時間は不必要に長い」

……。

ぐうの音も出ないとはこのことだ。

指摘にぐさりと心臓を突かれ、息も絶え絶えになる。

「短時間で五人分ものパーティー用の料理を作れると思い、引き受けた君の度胸は買えないぞ」

「う、う」

言葉が出せず、苦しげな声が出るのみ。

「だが、やはり君は運がいい。いや、運がいいと言うのではなく、なにがしかの特殊な能力を持っているんじゃないかと疑いたくなる」

「は、はい?」

わたしが特殊な能力?

なんのこっちゃ?

やはりこの巡査殿の思考回路は理解できないな。

「ああ。君は窮地に陥ると、なぜか私を引き寄せる」

「へっ?」

「今日もそうだ。ひさしぶりにバイクで夜間のドライブに行くつもりでいた。だが、帰ろうと思ったところで同僚から差し入れをもらい、これは君が好きそうだからと君のところに寄ったんだ。でなければ、君に電話した時刻、私はすでに出発していて、君に電話することもなかっただろう」

恭嗣は流れるように説明する。

へ―っ。それが本当なら、わたし、ほんとラッキーだったかも。

「君との間では、そういうことが頻繁に起こる。そんなこともあり、私は君を嫁にもらうべきだという結論に達したのだ」

は?

「ちょ、ちょっと待ってくださいよ、巡査殿。嫁に貰う判断って、そういうことじゃないと思いますよ」

「うん? ……ならば、君の考えを聞かせてもらおう」

「ですからぁ、嫁に貰うかどうかを判断すること自体がおかしいんですよ。結婚に必要なのは、まず相手に恋をすることです。ひとは恋をして、それがいつしか愛になり、ああわたしはこのひとと一生一緒にいたいと思い、さらに相手も同じ気持ちなってくれたとき、結婚は現実になるんです」

当り前のことを恭嗣に言い聞かせ、彼の反応なり言葉なりを待つが、返ってこない。

「なんで黙ってるんですか?」

「いや、微笑ましいと思ってな」

「は? 微笑ましいって、何がですか?」

「互いに思い合えれば、結婚できると思い込んでいる君が」

「ちょ、ちょっと……な、なんですかその見下したような発言は! 言っておきますけど、わたしは巡査殿より、恋愛についてはわかってるつもりですよ」

「そうだろうか?」

「その疑問形、超ムカつくんですけど」

「まあまあ。話が本筋から大きく逸れたが……君のアパートに着いたぞ」

恭嗣の言う通り、車はアパートの駐車場に入って行くところだ。

「恭嗣さん、話が途中……」

ムカムカしたまま、話をぶり返そうとしたら、恭嗣は大きな手を歩佳の顔の前に持ってきて、言葉を止めた。

「現在、我々に課された任務をまっとうせねばならぬぞ。ちっこいのの弟の誕生日を祝ってやるのだろう?」

「そ、そうですけど……」

「話の続きはいずれということにして、さあ、行くぞ!」

恭嗣は号令をかけ、車を降りて荷物を取り出し始めた。

もちろん歩佳もそれに倣う。

だが、胸の中はもちろんまだわだかまっている。

だって、この恭嗣さんに、恋愛のことで負けているとは思わないもん。恋愛感情もないのに、わたしを妻に娶るとか言い出すひとなんだもの。

ぷりぷりしつつ荷物をアパートに運び込んだら、恭嗣はさっそく買い込んできた品物を流し台のところに取り出し始めた。

「何を作るつもりだ?」

どうやら、料理の段取りをつけるつもりのようだ。

「料理はわたしがやりますよ。恭嗣さん、手伝ってくれるのなら、飾りつけをお願いします」

「そっちは君がやれ。指示しないなら、勝手に作るぞ」

へっ?

「作る? 恭嗣さんが?」

「ああ。君が作るよりは確実に早い。お客人をあまり待たせずに済むだろう」

「つっ、作れるんですか? まあ、手の込んだ物を作るつもりはなかったですけど」

「歩佳君!」

「は、はい!」

「おしゃべりはここまでだ。無駄口をきかず、君は飾りつけに専念しろ!」

一喝され、歩佳はキッチンから追い払われた。

仕方なく飾りつけに取りかかったものの、恭嗣が気になって仕方がない。

本当に料理なんて作れるんだろうか?

わたしが作った方がいいと思うんだけどなぁ。

やはり物申そうと、カウンター越しに恭嗣を窺うと、狭いキッチンの中、大きな図体で一心不乱に動き回っておいでだ。

とても口出しできそうもない。

すると歩佳が覗き込んでいる気配に気づいたらしく、恭嗣がすっと顔を上げてふたりの目が合う。

ぎゃーっ!

心の中で叫びを上げ、歩佳はその場から飛んで逃げ、袋の中から飾りつけるアイテムを取り出して、必死に忙しさをアピールした。

その後しばらく、背中に鋭い視線が刺さっているかのようで、チクチクしてたまらなかった。が、賢明な歩佳は、忙しさアピールを続行し、決して振り返ることはしなかったのであった。





つづく




   
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