シュガーポットに恋をひと粒



第32話 でっかいのちっこいの



マイキッチンから大男により追い払われ、少々納得いかぬまま、せっせせっせと飾りつけに精を出していたら、呼び鈴が鳴った。

これは美晴がやってきたのに違いない。

歩佳は急いで玄関に飛んで行く。

「はーい」

「歩佳、来たよーっ」

やっぱり美晴だ。歩佳は急いでドアを開け、美晴を招き入れた。

「どうぞあがって」

「お邪魔しまーっす。うひゃーっ、ずいぶんいい匂いがしてる」

美晴は鼻をくんくんさせて顔を輝かせる。

「いつもご馳走になっちゃって悪いねぇ」

「実はね」

いまの状況を説明しようとしたのだが、美晴が眉を寄せて「あれっ?」と言う。

美晴の視線は足元に向けられている。そこにはどでかい靴があるわけで……

「こっ、これって……まさか、恭嗣さんがいらしてるの?」

「いらしてるんだよ」

「ええーっ。いやだーっ、わたしお邪魔じゃないの。帰るわ」

美晴ときたら、脱ぎかけた靴を慌てて履き直し、背を向けようとする。

歩佳は彼女の肩を掴んで引き止めた。

「帰っちゃ駄目よ」

「けど……あのお方とご一緒に、お夕飯を食べるとか、無理無理」

美晴は必死に手を横に振る。

「歩佳君、ちっこい……」

「わーわーわー」

歩佳は慌てて大声を出し、恭嗣の言葉をかき消す。

「ちょ、ちょっとどうしたのよ?」

「いいのいいの」

深く追及されると困るので、適当に返して美晴の腕を掴む。
そして部屋に引っ張っていく。

「歩佳、お邪魔虫は帰るってば」

「だから、帰っちゃ駄目だってば」

抵抗する美晴を、なんとか部屋の中に引き込んだ。

美晴は部屋を眺めて、戸惑った顔になる。

部屋は飾りつけの途中で、散らかり放題だ。

「どうしたの?」

「それが色々あって……」

説明を始めたが、美晴は物音のするキッチンにパッと顔を向けた。

そこでは大男が忙しそうに動き回っている。

「な、な……なんで? 恭嗣さんがキッチンにおいでなんだけど……」

「それが、わたしは要領が悪いって、キッチンから追い出されたの」

「はい? 歩佳が?」

「うん」

「……」

美晴は無言でゆっくりと恭嗣を窺う。そして複雑そうな顔になる。その様子が変なので気になった。

「美晴、どうしたの?」

「いや……歩佳が要領が悪いとかって言われてるのかって、ショックで」

「なんで美晴がショックを受けるのよ?」

「だ、だって、わたしにとっては、歩佳はお料理の得意なお友達なんだよ」

ああ、そういうことか。美晴は料理を作る機会がないため、いまはまだ、まともな料理は作れない。

そんな美晴にとっては、とりあえず料理を作れる歩佳は、料理が得意ということになるのだろう。

「と、とにかく、ご挨拶するわ」

美晴はカウンターを挟んで恭嗣に対面し、「こ、こ、こんばんは」と声をかけた。

忙しく動き回っていた恭嗣は二秒ほど動きを止めて、「こんばんは。さっそくだが飾りつけに取り掛かってくれたまえ」と命じた。

「あの、飾りつけって? 今夜、何かあるんですか?」

「そうか、君はまだ、今夜ここで何が執り行われるのか、聞いていないのだな?」

「は、はい」

「君の弟の誕生日パーティーだ」

「へっ? ええっ! ど、どうして? どういうこと?」

「美晴、落ち着いて。説明するから」

そう言ったら、恭嗣から「歩佳君」と呼びかけられた。

「なんでしょうか、巡査殿?」

「話は、作業をしながらにしろ。時間が押しているのだぞ」

「その通りですね。わかりました、巡査殿!」

ピシッと敬礼すると、巡査殿は満足そうに「うむ」と返事をし、調理に戻られた。

やれやれと思いつつ、歩佳は美晴を引っ張り、恭嗣から見えない部屋の死角に連れて行く。

「これはいったいどういうことなの?」

歩佳は美晴に、柊二の誕生日会をやることになった経緯をかいつまんで説明した。

「なんか、申し訳ないわね」

「そんなことないよぉ」

実のところ、柊二のバースディパーティーができて、とんでもなく嬉しがっているのだが、それを顔に出すわけにはいかない。

「それにしても、恭嗣様、お料理もおできになるの?」

は? なんで様呼び?

「ん、まあ……お料理もおできになるらしいよ。わたしが作るより早く作れるって」

「歩佳君、美晴君、君ら何をやっているんだ?」

キッチンから大きな声で呼び掛けられ、慌てた美晴は恭嗣の見える範囲に飛んで行く。

「部屋の飾り付けですね。さっそく手伝わせていただきますので」

従順に答え、美晴はまた歩佳のところに駆け戻ってきた。そして腕を掴む。

「ほら、何をどうやるの? 指示して」

「う、うん」

恭嗣の命令だからか、美晴は奮起して部屋を飾り付けてくれる。

協力者を得て、部屋はみるみるパーティー会場らしくなっていった。

「これでよしっと。それにしてもびっくりだわ。まさかこんなことになっていたとはね」

美晴は飾りつけを進めつつ、笑いを堪えながら言う。

「美晴のことも驚かそうと思ったのよ」

「充分驚いたよ。柊二の誕生日会のこともだけど……まさか恭嗣さんがおいでだなんて、びっくり百倍だわ」

両手を広げてびっくり具合を表し、美晴は顔を近づけてくる。

「お料理までもおできになるとは、あんたってしあわせだねぇ」

恭嗣の耳に届かない様に、美晴は声を潜めて言う。

「言っとくけど、巡査殿が料理ができるとはいまのいままで知らなかったの。もちろん、いまのいままで作ってもらったこともないんだから。いつもはわたしが作らされてたんだよ」

「それこそが愛じゃないの」

「は? なんで愛なのよ?」

「自分より料理が下手でも、自分がしゃしゃり出たりしないで、歩佳に作ってもらったものを食べてくれてたんでしょう? これを愛とは呼ばずなんと呼ぶのよ。愛じゃん!」

「愛を連呼しないでくれる。別に愛とかじゃないし」

「あんたときたら、罰当たりなんだから」

「そんなことより、早く飾りつけを終わらそう。料理ができても、飾りつけができてなかったら、ふたりして恭嗣さんに怒られるよ」

「それはいけない」

というわけで、飾りつけの作業に専念する

美晴は飾りつけをしながらも、我が弟のバースディーパーティーに、恭嗣様にご尽力賜って、申し訳ないと繰り返す。

頑張ってるのは、なにも恭嗣様だけじゃないんですけどと言ってやりたかったが、美晴相手じゃそれも意味がなかろうとやめておく

美晴という戦力を得られたことで、準備は加速し、パーティー会場は歩佳の予想以上の出来栄えとなったのだった。

「恭嗣さん、終わりましたぁ」

勇んで報告しに行ったら、恭嗣は流し台に凭れて携帯を弄っておいでだった。

「宮平に連絡したぞ。ふたりはすぐに来る。ほら、最後の仕上げだ、料理を並べるぞ」

まったく巡査殿は抜かりがないな。

「うわあっ! 恭嗣さん、これ全部恭嗣さんが作られたんですか?」

料理を見て、美晴は仰天したような声を上げるが、歩佳も驚愕した。

歩佳の予定していた料理とは月とすっぽん。

もちろんすっぽんがどちらかは、いわずもがな。

あの食材で、こっ、こんな豪勢ものができるとは……巡査殿、恐れ入った。

「たいして手間暇かけてはいないさ。誕生日のパーティーという趣旨を考え、見た目豪勢にしただけのことだ」

さらりと言ってのけるその口が超憎たらしい。

悔しすぎて、きーーーっと叫びたい。

けど、もうすぐ柊二さんがやってくるんだ。

そう考えて、歩佳の心臓は早鐘を打ち始める。

自分の手料理で祝うことはできなかったが、彼の誕生日を一緒に祝えるのだ。贅沢は言うまい。

それにしても、美味しそうだな♪

思わず手を伸ばしてつまみぐいしようとしたら、パチンと手を叩かれた。

「いてっ」

「歩佳君、つまみぐいなど言語道断。料理の外観を損なうではないか!」

「そうだよ、歩佳。恭嗣さんの言う通りだよ」

ふたりは歩佳を叱りつけ、さっさと料理を運んでいく。

むっとして唇を突き出していた歩佳だが、でっかいのとちっこいのが列を組んで料理を運んで行く姿はずいぶん滑稽で、笑いを堪えるのに苦労したのだった。





つづく




   
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