シュガーポットに恋をひと粒



第33話 主役登場



でっかいのとちっこいのが料理を運んで行くのを見て、隠れて笑っていた歩佳だが、いまにも柊二と宮平がやってくるのだと思い出し、慌てて料理を運んだ。

あっという間にパーティーの準備は完了。

来客の到着はいまかいまかとそわそわしつつ、歩佳は改めてパーティー会場を確認した。

恭嗣と準備に取り掛かってから、たいして時間は過ぎていないというのに、大満足の出来栄えだ。

柊二さん、びっくりしてくれるかなぁ?

どのくらい喜んでくれるかなぁ?

期待に胸が膨らむ。

プレゼントも喜んでもらえるといいんだけど。

「歩佳君、何をボケッとしている」

頭をコツンとやられて、歩佳は反射的に「いてっ」と叫び、恭嗣を振り返った。

「何をするん……」

文句を言っていたら、なにやら握らされた。

なんだろうと思って見たら、クラッカーだ。

もちろん、こいつは歩佳が購入したもの。

「ほら、これを持って玄関に急ぐぞ」

「はいっ」

元気よく返事をしたのは美晴だった。

そして玄関に向かう恭嗣にくっついていく。

置いて行かれそうになり、歩佳は慌ててふたりについていった。

玄関の上り口に三人並んで立つ。

歩佳が真ん中だ。

恭嗣がクラッカーを鳴らす姿勢を取る。

それを美晴が速攻で真似、二人に焦らされて歩佳もクラッカーを構えた。

ちょうどそのとき、ドアの向こう側から話し声が聞こえてきた。

「だから、これはどういうことなんだって聞いてんだ」

わわっ、柊二さんだ。……けど、なんか怒ってるみたい。

眉を寄せたら、今度は宮平の声がした。

「だーかーら、国見さんから電話もらって、ここに来てくれって言われたんだって」

「だから、なんであの人が俺たちを呼び出すんだよ?」

あらら、そういうことか。柊二さんは、ここで自分の誕生日パーティーをするなんて知らないから……

「お伺いすれば、自然とわかることだよ」

宮平のその台詞の直後、呼び鈴が鳴らされた。

「お、おい、偕成」

「どうぞ。入ってくれ」

外のふたりに、恭嗣が大きな声で応じた。

またや、この家のヌシのような態度であるが、料理を作っていただいたという恩がある。

文句は口の中に潜めて置くことにする。

だが、恭嗣が応じたというのに、静まり返ったまま、一秒、二秒と過ぎて行く。

ど、どうして入って来ないの?

「ほら、柊二君」

「なんで?」

「なんでって、ほらほらドアを開けて」

「お前が開ければいいだろ?」

「いやいや、ここは柊二君が」

どうやらドアの外で揉めているようだ。

宮平は柊二にドアを開けさせようとしているのだが、うまくいかないらしい。

確かに、宮平がドアを開けて先に入って来たのでは、驚かせられない。

「まったくもおっ、柊二ってば、さっさとドアを開けて入って来ればいいのに」

それまで黙ってクラッカーを構え続けていた美晴が痺れを切らしたらしく、ぼそぼそと文句を言う。

そして、恭嗣に対して、この状況を申し訳なく思っているようで、ちらちらと恭嗣を窺っている。

だが、その恭嗣は、微動だにせず、クラッカーを構えたままだ。

巡査殿、さすがだなぁ。

そんなことを感心しつつも、歩佳の意識はドアの向こうの様子が気になる。

「いったいなんなんだ? あのひと、何を企んでる?」

「ねぇ、柊二君。対決を避けて逃げてると思われてるかもしれないよ」

「はあっ? 避けて逃げてる?」

「うん」

宮平の声のあと、突然ドアが開けられた。

柊二が見えたと思った瞬間、バーンと破裂音がした。

ぎょっとした顔の柊二を目に入れた歩佳もまたぎょっとしてしまう。

すると、また破裂音がした。

美晴がクラッカーを鳴らしたのだ。

そこでようやく歩佳も、自分の務めを思い出し、すでに頭に紙ふぶきやら紙テープをくっつけている柊二に向かってクラッカーを鳴らした。

「いったい……」

唖然とした柊二が、歩佳を見つめて呟く。

彼と目が合ってドギマギしてしまった歩佳は、テンパって口を開けた。

「お、お誕生日、おめでとうございます!」

「え?」

柊二が面食らったところで、残りのみんなが口々にお祝いを言った。

「ほらほら、柊二、早く上がっておいでよ。なんとこの恭嗣さんが、あんたのためにサプライズバースディパーティーの準備をしてくださったんだから」

いやいや、美晴、ちょっと待て。

その言い方だと、まるで恭嗣ひとりで準備したようじゃないかい。

「あ、あの。柊二さん、どうぞ上がってください」

歩佳はぎちこなく身振りして促した。

柊二は歩佳に目を戻し、ほんの数秒迷う様子を見せたが、靴を脱いで上がってきた。

そのままの流れで、みんなしてパーティーの準備が整った部屋に入って行く。

「うわーっ、本格的だぁ」

宮平は部屋を眺め、笑顔で感心したように言う。

柊二のほうは笑みもなく部屋を見渡したが、困ったような表情になった。

あ、あれっ?

な、なんか、その反応、思ってたのと違う……

もしかして、柊二さん、迷惑だった?

不安が込み上げ、歩佳がぎゅっと両手を握り締めたとき、柊二が「参ったな」と呟いた。

その声には嬉しげな響きがあり、歩佳の不安は吹っ飛んだ。

やったぁ!
柊二さんに喜んでもらえたんだ!

飛び上がって喜びたい衝動を、歩佳は必死に抑えた。

主役登場で、ついにサプライズパーティーは始まりを迎えたのだった。





つづく




   
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