シュガーポットに恋をひと粒



第35話 無用の長物



料理をほぼ食べ尽くし、ホールのケーキも半分なくなったところで、ついにプレゼントを渡すことになった。

まずは美晴が手渡す。

「おっ、姉貴ありがとう。こいつはマウスだな」

柊二は受け取ってすぐに中身を当て、嬉しそうにする。

その笑顔に、歩佳の胸が高鳴る。

さらに、宮平もプレゼントを差し出した。
こちらはまた、ずいぶんと綺麗にラッピングされている。

「偕成、ありがと。なんだろうな?」

そちらは柊二も予想がつかないようで、彼は軽く振ってみたりしている。

その仕草、なんか子どもみたいで可愛いかも。

背の高い柊二さんが、子どもみたいな仕草をするところを見られて、しあわせだぁ。

「ねぇ、ちょっと柊二。わたしのあげたプレゼント、開けてみないの?」

美晴は、自分のあげたプレゼントを開封してくれないことが不服のようだ。

「中身はわかってるし、家に持ち帰って開けるんじゃダメか?」

「ダメ! と言いたいとこだけど。まあ、いいわ。で、宮平君にもらったそれも開けないの? いったいなんなのか、興味あるんだけど」

美晴が言うと、宮平は前に乗り出すようにして「いやいや」と手を振る。

「そんなたいしたものじゃありませんので……柊二君、家に帰ってから開けるといいよ」

宮平は妙に強く、柊二にそうしろと勧める。

その宮平の様子を見て、柊二は目を眇めた。

「偕成、おかしなものじゃないだろうな?」

「おかしなもの?」

美晴が首を傾げて言う。

「いやだなぁ。おかしなものってなんだい? そんなもの誕生日にあげないよぉ。当然、君が喜ぶと思うものを選んだんだ」

「柊二君、それは家に持ち帰って開けるのがよさそうだぞ。では、次は私からだ」

へっ?

恭嗣さんも、柊二さんにプレゼントを?

戸惑いつつ、恭嗣が差し出すものを見ると、これがなんと可愛らしくラッピングされた袋だった。

「ど、どうも」

柊二は、かなり戸惑いながら受け取っている。

「実は、同僚からもらったものでね。歩佳君にあげるつもりだったんだが」

ああ、そうだった。なんだ、そういうことか。

「同僚からの差し入れって……女のひとですよね?」

プレゼントを目にしつつ、宮平が問う。

「ああ。私にだけでなく、他の同僚にもあげていたのでもらってきた」

「ふーん。その女のひと、ずいぶんマメなひとなんですねぇ。というか……」

美晴は言葉の途中で黙り込んだかと思うと、歩佳の耳元に口を寄せてきた。

そして潜めた声で、「歩佳、負けちゃダメだよ」と言う。

歩佳は意味が分からず、首を捻った。

「負けちゃダメって、なんのこと?」

「もおっ。内緒話なのに、声に出しちゃダメじゃん」

「ご、ごめん」

「大丈夫だ、歩佳君。君はけして負けていないぞ」

恭嗣がきっぱり言い、歩佳は「はあ?」と声を上げた。

負けちゃダメとか、負けてないとか、何を言ってるんだ、このでっかいのとちっこいのは?

ああ、そんなことより、わたしも柊二さんにプレゼントをあげなきゃ。

けど、寝室に隠したままだ。

渡すタイミングを逃さないうちに、早く取ってこないと。

そう思って立ち上がろうとしたら、美晴が「あっ」と叫び、歩佳に先んじて立ち上がった。

「美晴、どうしたの?」

「ほら、いつの間にやら十時が過ぎちゃってるの。もう帰らないと」

なんだ、もう帰っちゃうのか?

つまりパーティーはお開きってことになるんだ。

しょんぼりしてしまう。

それに、わたしからのプレゼント、まだ渡せてないのに……

そのとき宮平と目が合った。

彼は歩佳に向けて、なにやら合図のように、くいくいと目を見開いてみせる。

こ、これって、プレゼントのことを言いたいのかな?

ちょっとしたものでいいから、柊二さんへのプレゼントを用意してくれないかと、宮平君から言われたんだけど……

そっ、そうだよね。わたし、ちょっとしたものって言われたのに……ちょっとしたものどころじゃないプレゼント用意しちゃって……

あれを渡したら、柊二さんにドン引きされるかも?

そんなことを考えてしまったせいで、わたしからもプレゼントがあるとは、どうしても言い出せなかった。

宮平は相変わらず合図を送って来ていたが、歩佳は勇気が出せず、ひたすらスルーしてしまった。

「柊二、あんた、わたしの車で一緒に帰るでしょう?」

美晴が柊二に問いかけたら、ふたりの間に宮平が割り込んだ。

「ああ、美晴さん。柊二君は今夜、僕のところに泊まることになってますから……」

「いや、せっかくだから姉貴の車で帰ることにするよ」

「えっ、柊二君、帰っちゃうのかい?」

「明日は引っ越しの荷造りしなきゃならないから、どっちにしろ朝早く帰らなきゃならなかったし……姉貴の車で帰れるなら手間がなくていいから、泊まらずに帰ることにするよ」

「えーっ、残念だなぁ」

宮平はひどくがっかりしている。

もちろん歩佳は、宮平以上にがっかりしていた。

そのあと美晴が片づけを手伝ってくれ、あらまし片付いたところで、みんな帰ることになった。

結局、プレゼントを渡すこともできず、歩佳はお客様全員を見送ることになってしまった。

外まで見送りに行き、美晴の車に乗り込む柊二を見て、気が萎む。

柊二は宮平のところに荷物を置いているとのことで、宮平も車に乗り込んだ。

「それじゃあ。歩佳、今日はありがとうね」

「う、うん」

「歩佳さん、ありがとう」

「は、はい」

柊二にお礼を言われ、歩佳はぎこちなく微笑んだ。

手を振ると、美晴の車はすぐに走り去った。

残った恭嗣も、歩佳がアパートの玄関に入るのを見届けて帰ってしまった。

ひとりになり、歩佳は強烈な寂しさに囚われた。

シクシクと痛む胸を抱え、歩佳は寝室に入った。

床に置いてある、すでに無用の長物と化したプレゼントを見つめる。

「ううっ……」

どうにも涙が込み上げてきて、歩佳は顔を歪めて涙を零した。





つづく




   
inserted by FC2 system