シュガーポットに恋をひと粒



第36話 意味もなく



ベッドに突っ伏し、枕に顔を埋めて涙にくれていた歩佳は、遠くで携帯が鳴っているのにふと気づいた。

電話か……誰がかけてきたんだろう、お母さんかな?

このまま出ないと心配させちゃうか……

気力が萎えて身を起こすのも面倒だったが、歩佳は涙を拭い、ため息を落としてベッドから降りた。

携帯を置き去りにしていた部屋へと入り、いつもと変わりない部屋を見回し、強烈に虚しくなる。

ほんの少し前まで、この部屋はパーティー会場らしく飾られて、みんながいたのに……

あれはわたしの勝手な妄想だったんじゃないかって、思えてきちゃうよ。

また大きなため息をつき、歩佳は携帯を取り上げた。

うん? 宮平君だ。

「は、はい」

「歩佳さん、今日はありがとうございました」

「い、いいえ。こちらこそ……」

「それで、プレゼントの件なんですけど……歩佳さん、ちゃんと用意してくださってたんですよね?」

「あ……ご、ごめんなさい」

確認され、歩佳はもごもご返事をした。

「えっ? 用意していなかったんですか?」

宮平がそう言った直後、誰かの呻くような声が聞こえた。

宮平に答えることより、その声が気になってしまい、歩佳はそちらに意識を向けた。

ぼそぼそと何か話し続けているのだが、意味は聞き取れない。

宮平君、誰かと一緒にいるの?

なんとなく、柊二さんの声のような?

でも、柊二さんは、美晴と一緒に帰ったはずで……

「歩佳さん?」

「もういいから、切れって」

宮平が呼びかけてきたところで、柊二としか思えない声がした。

その声は潜められ、苛立ちがこもっているように聞こえた。

やっぱり柊二さんだわ。

でも、どういうことなの?

「あ、あの柊二さんが一緒なの? 柊二さんは美晴と帰ったんじゃなかったの?」

「僕が引き止めたんですよ」

「偕成、ちょっと貸せ!」

柊二の怒鳴り声が聞こえ、それからすぐ「歩佳さん」と落ち着いた声で柊二が呼びかけてきた。

思わぬ成り行きに、歩佳は一気にテンパってしまった。

「は、はい。あ、あの……さ、さっきはどうもありがとう」

動転したあまり、そんな言葉を口にしてしまう。

「いや……ありがとうは、俺が言うべき言葉で」

「あ、あ……たっ、楽しかったから。あ、あ、ありがとうって、言いたくて。ご、ご、ごめんなさい」

ああー、何言っちゃってんだ、わたし。

恥ずかしぃーーーっ!

顔から火が、火がっ! 誰か消化してくれぇーーっ。

「ごめん。電話なんかしちゃって、びっくりさせたよね?」

「び、びっくりしました」

「ごめん。あの、今夜は本当にありがとう。歩佳さんの料理、ほんと、とっても美味しかった」

うわーっ、またお礼言われたぁ。

わたしが作ったんじゃないのに……どうしよう? 気まずいよぉ。

「それじゃ、これで」

黙っていたら、柊二が電話を切ってしまいそうになり、歩佳は慌てて「あ、あの、あのっ」と呼び止めた。

「うん?」

「あ、あ、あの……ですね」

「うん」

「実は……」

「あっ、こら、偕成」

どうやら、宮平が携帯を取り戻したようだ。

「歩佳さん、失礼しましたぁ。また改めてお電話差し上げますので、本日はこれにて」

えっ、切っちゃうの?

「宮平君、待ってっ!」

焦ったあまり、思わず呼び止めてしまった。

「はい? あ……」

「じ、実はね、プレゼント用意してたの。けど、勇気が出なくて渡せなくて……」

「えっ?」

その返事に、歩佳は息を止めた。

い、いまの声……しゅ、柊二さんの声だったような……まさか!

「プレゼントって?」

うわーーっ、やっぱり柊二さんだ。

プレゼントのこと聞かれちゃったぁーっ!

いったいいつ、入れ代わったの?

「歩佳さん? 用意してたって……それって?」

こうなったら、本当のことを伝えなきゃ。

歩佳は大きく息を吸い込んで、「そ、そうなんです」と言った。

「実は、そうで……え、えーっと……用意させてもらってたんだけどぉ」

うわっ! 最後、声がうわずっちゃったよ。

「ほんとに?」

「は、はい。あ、あの……こ、今度会った時に、その……も、もらってくれたら嬉しいかもって……いいでしょうか?」

ああ、もうわたし、何言っちゃってんだ?

頭が混乱しちゃって、考えがまとまんない。

「もしよかったら、これから行ってもいいかな?」

「えっ? これから?」

「いま宮平のところにいるんだ。帰るつもりだったんだけど……その……偕成に引き止められて……」

宮平君も、さっきそう言ってたっけ。

「そ、そうなんだ」

「それで、行ってもいいのかな?」

「は、はい。よろしければ、どうぞ」

「うん。それじゃ、すぐに行く」

通話はそれで切れた。

携帯を手に、歩佳はしばしぼおっとしてしまう。

え、えーっと……柊二さんが来る?

数秒ののち、ようやく頭が回転しだし、歩佳はその場でぴょんと飛び上がった。

「うわーっ、うわーっ」と、動揺から興奮して叫びながら、意味もなく部屋を駆け回ったのだった。





つづく




   
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