シュガーポットに恋をひと粒



第37話 落下の気分



やだ、わたし、何やっちゃってんの?

走り回っていた歩佳は、ハッとして動きを止めた。

もう柊二さんがやって来るかもしれないのに。

そ、そうだ! プレゼント!

歩佳は寝室に飛び込み、柊二へのプレゼントを取り上げ、玄関に駆けつけた。

渡せるんだ。

そう思っただけで、心臓が爆走し始めた。

そこで歩佳は、顔に血が上り、いまや自分の顔は真っ赤になっていると気づく。

いやだー、こんな顔を見せられないし。

歩佳はプレゼントを抱えたまま洗面所に飛び込んだ。

鏡で顔を確認し、赤らんだ顔に顔が歪む。

どうしよう?

プレゼントを脇に抱えたままタオルを手に取り、水に浸してほっぺたを冷やした途端、ドアホンが鳴った。

き、来ちゃったーーっ!

鏡のなかの自分の顔はまったくもってみっともない程に赤らんでいる。だが、出ないわけにはいかない。

ああーっ、もおっ、顔を隠してしまいたいけど……

とにかく落ち着けわたし!

自分を叱りつけ、歩佳は玄関に飛んで行った。

「は、はい」

「柊二です」

「宮平もいます」

ふたりの声が聞こえた。

宮平君も一緒なんだ。そのことにほっとする。

ここで柊二さんとふたりきりなんて、とても無理だもの。

宮平君がいたら、少しは落ち着けそうだ。

ごくりと唾を呑み込み、鍵を開ける。そしてドアをそっと開けた。

柊二が一歩入ってきて、さらに宮平も入ってくる。

「なんか、押しかけてきちゃって……ごめん」

「そ、そんな。わざわざ取りに来てくれて、ありがとう。あの、これ」

歩佳はおずおずと脇に抱え込んでいたプレゼントの入った紙袋を差し出した。

彼が受け取ってから、紙袋が皺くちゃになっているのに気づいた。

あっ、紙袋がくしゃくしゃ!

プレゼントがクシャクシャとか……ありえないし。

まったく、わたしってば何をやってんだか。ほんと、トホホだよ。

「あ、あの……ありがとう」

くしゃくしゃになってしまっているのが、どうにも気にかかってならなかったが、お礼を言われ、歩佳は皺くちゃの紙袋から柊二に視線を戻した。

柊二は袋が皺になっていることなど気に留めていないようだが……歩佳としては、どうにも残念な気分だ。

「いえ。気に入ってくれるといいんだけど」

「歩佳さんの誕生日、俺にも祝わせてもらえると嬉しい」

「えっ? あ、ありがとう」

思いもかけない申し出に、歩佳は嬉しすぎてにやけそうになった。

緩んだ顔を好きなひとに見られたくなくて、歩佳は柊二から顔をそらした。

「……それじゃ」

柊二がすぐにも帰ってしまいそうになり、歩佳は慌てて顔を戻した。

「えっ、柊二君、プレゼント開けてみないのかい?」

宮平が問いかけ、柊二は頷いた。

「もう夜も遅いし、ひとり暮らしの女性の家に、長居はするべきじゃないだろ?」

「それはそうだけどさ……」

「持って帰って開けてください」

ここで開けられると、歩佳も恥ずかしい。

「ふーん。なら、戻って開けて、電話でお礼を言えばいいよね」

「あ、ああ……そう、だな。そうさせてもらうよ。歩佳さん、いい?」

「は、はい」

冷静に戻れないうちに、柊二と宮平は帰って行った。

ひとりになり、はーっと息を吐く。

テンパりも解けて身体の力が抜け、歩佳はその場にへたり込んだ。

「嘘みたい。プレゼント、渡せちゃったし……」

そのうえ、プレゼントを開いてみたら、お礼の電話してくれるって……

うわーっ、どうしよう?

さっきまでベッドに突っ伏してしょげ返っていたのに、一発逆転だ!

これも宮平君のおかげだわ。

歩佳はその場にしゃがみ込んだまま、ドキドキしながら電話がかかってくるのを待った。

待ちに待った電話は、十五分後にかかってきた。

「は、はいっ!」

興奮してうわずった声を出してしまい、また顔が赤らむ。

けど、今度は電話だ。いくら顔が赤くなっても、彼に見られる心配はない。

歩佳はしまりなく緩む口元を押さえながら、柊二の言葉を待った。

「驚いた。欲しかったやつで……もしかして、美晴から聞いた?」

「あっ、はい。実は、美晴から頼まれて」

「姉貴に頼まれた?」

「そうなの。美晴がプレゼントを買いに行く暇がないっていうんで、代わりに買っておいてくれないかって……それで、候補がふたつあって、美晴はマウスにするって言うから、わたしは靴にしたんだけど……気に入ってもらえた?」

「あ……ああ。あの、もしかして……これ、催促しちゃったようなものなんじゃないかな?」

「催促?」

「俺が欲しがってたから……」

なにやら柊二は、酷く声を落として言う。

「あの、柊二さん?」

歩佳は意味が分からず、彼に呼びかけた。

「なんか……ほんとごめん」

「えっ? あの、どうして謝るの?」

「いや……申し訳なかったなって」

柊二の反応に歩佳が戸惑っていると、さらに彼は早口に続ける。

「とにかく、ありがとう。嬉しかった。それじゃ」

電話は唐突な感じで切られてしまった。

歩佳は通話の切れた携帯を、まじまじと見る。

どういうこと?

何か悪かったの?

わたし、柊二さんが気分を害するようなこと、言った?

天使の羽を羽ばたかせ、天国を跳びまわっていたのが、羽根がもげて地上に落下した気分だった。





つづく




   
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