シュガーポットに恋をひと粒



第38話 絶叫の事態です



朝になり、時計のアラームの音で目を覚ました歩佳は、けだるげに身を起こした。

アラームを止めると、また仰向けに寝転がる。

天井を見るともなしに見つめつつ、ため息をつく。

なんかなぁ。
昨日はとっても楽しかったけど、最後がなぁ。

電話での柊二さんの様子がなんかおかしくて……

いくら考えても、どうしてなのかわからないし……

もうしょんぼりだ。

ぐすん。

柊二さん、まだ宮平君のアパートにいるんだよね。

今日は実家で荷物の整理をすることになってるようだけど、さすがにまだ朝の六時だし、帰るには早すぎるよね。

きっと、まだ寝てるんじゃないかな?

柊二さん、いまわたしの近くにいるんだなぁ。

そう考えるだけで、ドキドキしてくる。

鼓動の高まりのせいで、落ち着かなくなった歩佳は、寝ていられなくなって起き上がった。

なんとなくそわそわしてしまい、洗面所に行って顔を洗う。

そして、自分でもわけがわからないうちに薄くお化粧をし、さらにクローゼットを開けていた。

わたし、何やってるんだろう?

けど……

歩佳は考えるのをやめて服を選んだ。

普段着のうちでも見た目の良いものを選び、着替える。

そして玄関に早足で向かっている自分がいた。

ほんと、何やってんだろうなぁ?

自分に呆れつつ、歩佳は靴を履いて外に出た。

ドアに鍵をかけ、アパートの前の道路まで出て行く。

早朝の空気はひんやりと気持ちよかったが、いまの歩佳に、そんなことを感じている心の余裕はなかった。

宮平のアパートの方向をしばし窺っていたが、その場にずっといるのも恥ずかしくなり、歩佳は迷いつつ歩き出した。

もちろん躊躇いが大きいため、歩みは遅い。

万が一、顔を合せたら気まずいよ。

けど、アパートがほんのちょっと見えるところくらいまで行ってみてもいいかな?

うん、そのくらいならいいかも。

そう自分を納得させた歩佳は、本通りでなく裏道を進んだ。

あ、あれだ!

宮平のアパートの建物の端っこを視界に入れ、立ち止まる。

あの建物の中に、いま柊二さんがいるんだなぁ。

そう考えるだけで、胸がいっぱいになってしまう。

宮平君のところに引っ越してきたら、柊二さん、あそこで暮らすんだなぁ。

建物の端っこが、きらきらと特別に見えてしょうがない。

わたし、もう完全にイカレてるよね。

いまのわたし、残念な奴すぎないかなぁ。

なんか急激に情けなくなってきた。

年下の高校生の男の子を好きになって、まるでストーカーまがいの行動を……

ストーカーまがいと考えてしまった瞬間、気まずさが半端なく膨れ上がった。

いやだ、わたしのこの行動、マジでストーカーじゃない。

焦った歩佳は踵を返し、慌てていま来た道を引き返した。

息を切らせてアパートに帰りつき、そこで大きく息を吸い込んでから、がっくりと肩を落とす。

トボトボと我が家の玄関に向かおうとした歩佳だが、ふと思いついて進行方向を変えた。

せっかく、こんな早朝に外に出たんだもの、散歩でもしてみよう。

そしたら、ストーカーまがいの行為も、散歩という普通の行為に変換できる。

ちょっと気が軽くなり、歩佳は横断歩道を渡り、アパートの真向いの公園に入った。

公園内には、犬を散歩させているひとが数人いた。

うわーっ、可愛いなぁ。

大きい犬はちょっと近寄るのが怖いけど……ちっこい犬は触らせてもらいたくなる。

わたしも、いずれペットを飼ってみたいなぁ。

実家では猫を飼っていたけど、天寿を全うして天国にいってしまい、それきり母はペットを飼いたがらない。

実はその猫は、母が結婚前から飼っていた猫で、我が子みたいに可愛がっていたのだ。

わたしだって悲しかったけど、お母さんはもっともっと悲しかったんだよね。

動物を飼うときは、いずれ大きな悲しさを味わうことになるってことを覚悟して飼わなきゃいけないんだろうな。

そんなことを考えながら歩いていたら、ベンチに座っている男の人が視界に入った。

元気なさそうに座り込んでいるのが気になって、通りすぎながらちらりと目を向けたら、その男の人がハッとした様に顔を上げてきた。

ふたりの目が合う。

歩佳は、ありえないものを見た気分で固まった。

相手も歩佳を見て、固まってしまっている。

一秒、二秒、三秒と過ぎ、ふたり同時にぎょっとして飛び上がった。

「えっ?」

「なっ!」

一緒に叫んだあと、歩佳はこの状況を必死に受け入れ、「え、え、えっと」と口にして自分を落ち着かせた。

うわーーーっ、嘘でしょ?

柊二さんと、でくわしたーーーっ!

歩佳は心の中で、絶叫を上げたのだった。





つづく




   
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