シュガーポットに恋をひと粒



第39話 思いがけずお散歩



「さ、散歩に?」

なんとか自分を落ち着かせ、歩佳が聞くと、柊二が「あ、ああ」と返事をしてくれる。

「そ、そうなんだ。わたしも散歩してて」

「よく散歩するんだ?」

「あ……」

そうでもないと口にしそうになり、必死に自分を黙らせた挙句、「うん」と返事をしてしまう。

うはーっ、嘘ついちゃったぁ。

閻魔様、ごめんなさーーーい!

心の中で必死に謝る。

「天気いいね。朝早いけど、日差しもあって、空気が気持ちいい」

「そっ、そうね。深呼吸したくなりますよね」

「そうだな」

なぜか早口に会話し、そこでふたりして黙り込んでしまう。

沈黙は居心地が悪いのだが、話題を探そうとしても何も思い浮かばない。

「あ、あのさ」

「は、はい」

「座らない?」

「あっ、は、はい。それじゃ」

勧められるまま、歩佳はベンチに座った。

もうひとり間に座れるくらい、ふたりの間には距離がある。

もちろん、これ以上の接近は歩佳には無理だ。

すでに心臓は、破裂しそうなくらいバクバクしている。

この心臓のバクバク音、柊二さんに聞こえてないといいけど。

「昨夜はごめん。電話あんな風に切っちまって」

「あ、いいえ」

思わず首を振ってしまったが、できれば柊二の気持ちを聞きたい。

どうしてあんな風に、唐突に切ってしまったのか。

「わたし、気分を害するようなこと、言ってしまいました?」

「君は悪くない」

「けど……」

「ごめん。ちょっとがっかりしただけ」

「えっ、がっかりって……? スニーカーのデザインが気に入らなかった?」

「違う。そんなことじゃない」

きっぱり言った柊二は、そのあと口を閉じてしまった。

何も言ってくれないのが気になり、歩佳は柊二に目を向けた。

彼は俯き加減に足元を見つめている。

なにやら、思いつめているかのようだ。

そういえば、ベンチに座っているのに気づいた時も、なんか落ち込んでいるように見えた。

「あの、柊二さん?」

呼びかけたら、柊二は顔を上げ、歩佳を見つめてくる。

あまりにじっと見つめられて、見返していられなくなる。

ああーーっ、心臓がバックンバックンして、もうもたないかも。

「付き合っている奴とか、いないよね?」

視線を逸らして、公園内を散歩している犬を眺めていた歩佳は、その問いかけに驚いて柊二に目を戻した。

「えっ?」

い、いま、なんて聞いてきたの? 付き合っている奴……

「いないよね?」

「は、はい」

焦って返事をしてしまい、顔が赤らむ。

質問されただけなのに、何をテンパってんだぁ。

わたしは年上なんだぞぉ。もっとしっかりしろ!

すると柊二が「はあーっ」と息を吐く。

「疲れてるみたいですね」

「まあ、あんまり眠れなかったんで……」

「そうなの? 今日は荷物を片付けなきゃいけないんでしょう?」

「そうだけど……」

なんか心配になる。体調よくなさそうなのに、片付けなんてしてて大丈夫なのかな?

「あっそうだ。わたし、柊二さんに言っておかなきゃならないことがあったんでした」

「何?」

「実は、恭嗣さんが、勝手に柊二さんと美晴の監督するって言い出したんです。それで、来週の土曜日の引っ越しの日に、柊二さんたちのご両親に挨拶に行くって決めちゃってて」

「ふーん」

そう呟く柊二は、きゅっと眉を寄せている。

「やめさせられそうもなくて。すみません」

頭を下げて顔を上げたら、目の前に柊二の顔があった。

えっ!

「散歩しない」

息がかかるほどの距離で言われ、頭は真っ白状態だったが、なんとか聞き取り、歩佳はこくこくと頷いた。

それからふたりは、十五分ほど散歩をした。

その間、ほとんどおしゃべりもしなかったが、とても自然な感じで並んで歩いているのが嬉しくて、気づいたら、歩佳のアパートの前に戻っていた。

もう終わり?

はあっ、物足りない。

「それじゃ、また」

「あっ、はい」

もう帰ってしまうんだ。

寂しい気持ちになっていたら、柊二が手を差し出してきた。

え、えっと……

これって、握手のため? 他に思い当たらないし……

歩佳は迷いつつ手を差し出した。すると柊二は、歩佳の手を握り締めた。

てっ、手を握っちゃった!

柊二さんと握手しちゃった!

いちいち大袈裟に感激してしまう。

喜びを味わう間もなく、手は離れてしまった。そして柊二は背を向けて行ってしまう。

声をかけたかったが、結局それもできず、歩佳は彼の背中を見送ったのだった。





つづく




   
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