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第42話 特別扱い
お昼ご飯を作りながら、歩佳は美晴の片付け具合が気になり、ちょこちょこ様子を見に行った。
三度目に覗くと、クローゼットに服をかけているところだった。そして、まだまだ開けてない段ボールも床にある。
見慣れたベッドに家具、それらの配置が美晴の部屋そのもので、まるで美晴の部屋にやってきたようだ。
「美晴、美晴の部屋のまんまだね」
「うん。同じにしといたほうが、生活しやすいかと思って……」
そこまで言って、どうしたのか美晴は考え込む。
「美晴?」
「もっと変化させるべきだったかな?」
「いつでも変化させられるよ。しばらくはこのままでいいんじゃない?」
「うん、そうだね。そうしよう」
美晴は納得し、スーツをかける。歩佳も見たことのあるやつだ。
「そのスーツいいよね。美晴にとっても似合う」
「わたしも、ブティクでひと目見て気に入っちゃってさぁ。ちょっと高かったけど、思い切って買っちゃったんだよねぇ」
そんな会話が歩佳は楽しくてならない。美晴も同じみたいだ。
そのとき炊飯器が、ご飯が炊けたと知らせてきた。
「あっ、ご飯が炊きあがったみたい。それじゃ、キッチンに戻るね」
手をヒラヒラ振ってキッチンに戻り、炊飯器の蓋を開ける。
ふわっとご飯のいい香りがする。
さてと、女の子ふたりに、男のひとが三人。
恭嗣さんはおにぎり三つって注文受けたけど……柊二さんと宮平君も、三つくらいは食べるのかな?
大きさはコンビニのおにぎりサイズのを握ればいいか?
美晴はいくつかな?
歩佳は美晴のところに聞きに行った。
「ねぇ、おソバのほかにおにぎりも作るんだけど、美晴は何個食べる?」
「おソバがあるなら一個でいいよ。具は何を入れるの?」
「梅干しとシャケと昆布」
「なら、シャケで」
「了解」
わたしも一個でいいし、となると全部で十一個か。
男性陣は、それぞれの具を一個ずつってことにして、美晴がシャケなら、わたしは昆布にしとくかな。
そのとき、美晴がパタパタと駆けてきた。
「歩佳」
「どうしたの?」
「柊二だけど、あいつ梅干し苦手だから、外してやって」
へーっ、梅干し苦手なのか?
思わぬところで柊二の情報を得られ、嬉しくなる。
「ほかにも苦手な食べ物あったりするの?」
「セロリ」
「ああ、セロリは苦手な人多いよね。美晴も嫌いじゃなかった?」
「そうなんだよ。ついでに父と母もダメ。だから我が家ではセロリは出てこないんだ。歩佳も好きじゃないよね?」
「うん」
頷くと、美晴はくんくんと匂いを嗅ぐ。
「ご飯の炊けた匂いだ」
美晴はキッチンの中に入ってきて、蓋の開いた炊飯器を覗く。
「うはーっ、美味しそうなご飯だぁ。歩佳の実家で作ったお米って、ほんとご飯独特の甘味があって、美味しいよね」
「ありがとう。わたしも田植えやら稲刈りやら、それなりに手伝ってるから、美味しいって言ってもらえると嬉しいよ」
「田植え体験に稲刈り体験も、させてもらいたいもんだよ」
「なら、いつでもさせてあげるけど」
「ほんと? 素人は邪魔じゃないかな?」
「そんなことないって。やることは色々あるし、わたしも季節を感じられて好きなんだ」
「こういう話してるときの歩佳、いい顔するねぇ」
「えっ? そ、そう?」
「うん。ほんじゃ、片付け続行してきまーすっ」
「うん、頑張って」
美晴を見送り、歩佳もおにぎり作りに精を出す。
美晴のおにぎりを作り、続けて恭嗣のおにぎりを作る。さらに宮平のも握って、最後に……
柊二さんに食べてもらえるのよねぇ。
歩佳にとっては、特別なおにぎりだ。丹精込めて握らせてもらう。
ふたつ作ったところで、歩佳は手を止めた。
そうだ、三個目の具は何にしよう?
シャケか昆布をもうひとつ?
違う具のほうがいいよね? なら、なんにするかな?
定番で行くと、おかかとか、たらことかだけど? たらこはないんだよね。
とすると、おかかしかないけど……おかかが嫌いなんてことないわよね?
嫌いなら、私のおにぎりと交換すればいいか。
握り終えたおにぎりは、トレーの上に勢ぞろいしている。
ラップをかけて、食べる前に海苔で包むことにする。
よし! これで準備はすべて整った。
引っ越しの方は、どうなってるんだろう?
時間を確認してみたら、十二時まであと三分といったところだ。
歩佳は美晴のところに駆けて行った。
「美晴、片付けは途中だろうけど、とにかくお昼ご飯にするよね?」
「うん。わたしゃ、もうお腹ぺこぺこだよ。さっきご飯の匂いかいじゃったもんだから、お腹の虫が鳴いて困ったわ」
お腹をさする美晴に、笑ってしまう。けど、わたしもお腹空いたかも。
「それじゃ、恭嗣さんに電話してみるね?」
「うん」
携帯を取り出し、恭嗣に電話する。
「あっ、恭嗣さん」
「いま玄関の前だ」
へっ?
そのとき、玄関のチャイムが鳴る。
「うわー、いいタイミングじゃん」
美晴が苦笑して叫び、歩佳も笑って玄関に駆けつけた。
ドアを開けると、恭嗣を先頭にふたりも入ってくる。
「お邪魔しまーす」
「お邪魔します」
元気よく宮平が言い、柊二も丁寧に挨拶してあがってくる。
柊二がいるだけで、歩佳はどうにもそわそわしてしまう。
みんなに座ってもらい、おソバをどんぶりに盛る。
お揃いのどんぶりはふたつしかないので、あとは適当なので間に合わせた。
美味しいといいんだけど。
ちょっと不安になりつつ、みんなの前に出す。
おにぎりは美晴が並べてくれていた。
「それではいただこうか」
恭嗣がそう口にし、みんなそれぞれ箸を手に取ったが……
「あっ、ちょっと待って」
歩佳は慌ててみんなを止めた。
「歩佳君、どうした?」
「いえ……その、おにぎりが違うんです」
そう言いつつ、恭嗣の前に置いてあるおにぎりと柊二のおにぎりを入れ替える。
わからなくならないように、柊二のぶんだけ皿の柄を変えておいたのだ。
「そっちが柊二のだったの? それだけ皿が立派だから、恭嗣さんのだろうって思ったんだけど」
うわわっ、そんな風に言われると、柊二さんのだけ特別扱いしてるみたいに思われそうで、恥ずかしいんだけど。
いや、実際、特別扱いしちゃってましたけど……
「しゅ、柊二さんは梅干しが駄目って聞いたから……お皿の柄でわかるようにしたの」
「なんだ、君は梅干しが食べられないのか?」
恭嗣さんってば、そんな言い方したら……
ちらりと柊二を見ると、彼は憮然としていたが、おもむろに美晴に向いた。
「姉貴」
「な、何?」
柊二の目付きが剣呑で、美晴はビビったように聞き返す。
「梅干しが食べられなかったのは、小学生までだ!」
ガツンと言う。
歩佳は、「え、そうなの?」と、思わず叫んだ。
「そうだったの? あらら、柊二ごめん。それじゃ、もしかしてセロリも克服してるの?」
「……セロリは好きじゃない」
柊二は口ごもるように言い、恭嗣のほうをちらりと見た。
恭嗣さん、ここでまた余計なこと言わないでぇ。
心の中で必死に祈っていたら……
「私も好きじゃない」
恭嗣が言い、場は一瞬静まり返った。
微妙な空気が流れたが、宮平がくすくす笑い出すと、みんなもつられたように笑い出した。
そのあと、お昼ご飯を食べながら、好き嫌いの話で盛り上がった。
柊二と恭嗣は、意外なことに楽しそうに会話している。
引っ越し作業のおかげで、親しくなれたのだろうか?
それにしても、こうやって柊二さんの近くにいられて、彼の話す姿を見ていられるって……しあわせだよぉ。
歩佳の恋心は、また大きく膨らむのだった。
つづく
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