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45 恋は複雑
「美晴さん、歩佳さ~ん」
近くから声がかかり、歩佳とそちらに視線を向けた。
恭嗣について論戦を繰り広げている間に、宮平のアパートに到着していたようだ。
一階の部屋の窓のところに宮平がいて、手を振ってくる。
「どうぞどうぞ、入ってきてください」
宮平に頷き、ふたりは玄関に向かった。
それにしても、おしゃれな外観のアパートだわ。部屋の中もしゃれてそう。
「ねぇ、歩佳。ここってかなり間口が狭くない? いくつ部屋があるのかな?」
そう言われれば……狭いかな。
「ワンルームなんじゃないの?」
そうなのかな?
「ふたりで暮らせるのかな?」
「でもさ、柊二、それなりに荷物を運び込んだんだよ。ベッドまで……」
よくわからず、ふたりは戸惑いながら玄関のチャイムを鳴らした。
すると、すぐにドアが開けられた。
「いらっしゃい」
出迎えてくれたのは、なんと柊二だった。
歩佳は毎度のことでドキドキしてしまったが、彼の方もちょっと照れている様子だ。
そんな柊二を見て、歩佳の胸はキュンとしてしまう。
あー、この瞬間だけでも、超ハッピーだよぉ。
一週間は、ハッピーなまま過ごせちゃいそうだ。
ハッピーに浸っている親友に気づくことなく、美晴は「失礼しまーす」と言って中に入る。
「おっ、お邪魔します」
美晴に続いて歩佳も中に入らせてもらったら、美晴が「おーっ!」と驚きの叫びを上げた。
「美晴?」
どうしたんだろうと思って呼びかけた歩佳だが、次の瞬間には部屋の内部が視界に入り、理由は聞かずともわかった。
おっ、おしゃれだ!
玄関をひと目見て、そう思ってしまうくらい、おしゃれだ。
それに、なんと玄関のところには階段がある。
「えっ! ここって二階があるの?」
「はい」
美晴の驚きに答えたのは、いまやってきたばかりの宮平だった。
「そういう造りになってます。二階に二部屋あるんですよ。一部屋は僕の寝室で、もう一部屋が、今回柊二君の部屋となりました」
「これまでも、その部屋に泊まらせてもらってたんだけどな」
その柊二の言葉に、歩佳はハッとさせられた。
そ、そうか。
わたしが知らなかっただけで、柊二さんはわたしのアパートからこんなに近いところに泊まりに来てたんだ!
いまさらだけど、びっくりだ!
なんだか、もったいないことをした気がしてきてしまう。
もっと早く知っていれば、柊二さんを遠目にでも見られたかも……
危ないことを考えている自分にハタと気づき、歩佳は顔をしかめた。
おいおい、歩佳さん。
それじゃストーカーだって!
「柊二、あんたの部屋見せてよ」
美晴が言い出し、歩佳は期待に胸を躍らせたのだが、「いやだね」と柊二からあっさり断られた。
「どうしてよぉ」
「姉貴、俺の部屋見て、からかうつもりなのがバレバレだっての」
「ちぇっ! 気づかれたかぁ」
美晴はケラケラ笑って言う。
なんだ、美晴は柊二さんをからかっただけなのか。
「さあ、部屋にどうぞ」
宮平が、先に立って案内してくれる。
歩佳は美晴に続いて入ったが、美晴の後ろに柊二がついてくる。
ふたりの距離がかなり近くて、歩佳の心臓はバクバク状態だった。
「これまた、こじゃれた部屋じゃないの」
カウンターキッチンのついた部屋を見回して美晴が言うが、確かにとんでもなくハイセンスな部屋だ。
高校生の男の子の一人暮らしの部屋とは思えない。
「元々モデルルームとして使われてた部屋なんですよ。そのまま家具を使わせてもらうことになったんです」
「ああ、そういうこと」
美晴が納得したように言う。
そうか、モデルルームだったんだ。
素敵な物件を見つけたと言えるだろうけど……
お家賃はかなり高そうだ。
もちろんご両親が払ってくださってるんだろうけど……宮平君は、資産家の生まれだったりするのかな?
「さあ、どうぞお好きなところに座ってください」
宮平に勧められ、美晴はひとり掛けのソファに駆け寄って座った。
それなら自分もと、美晴の隣に並んでいるひとり掛けのソファに座ろうとしたのだが、先に宮平が腰かけてしまった。
残っているのは、二人掛けのソファだけ……
「あら、歩佳がそっちに座るんなら……」
美晴がそう言って立ち上がろうとしたところで、歩佳は柊二に腕を取られた。
驚いている間に、歩佳は彼の誘導に従って、ふたり掛けのソファに腰かけていた。
さらに、柊二が歩佳の隣に座ってきた。
わわわっ!
しゅ、柊二さんと、な、並んで座っちゃったよっっ!
内心動揺しまくっていたら、美晴が「歩佳」と呼び掛けてきた。
「代わろうか?」
そう申し出られて、思わずうんと頷きそうになった歩佳だが、代わるというのは柊二さんに対して失礼でもあると気づき、頷くのを思いとどまった。
「べ、別にいいよ」
なんでもない感じで答えようと思うあまり、そんな言い方をしてしまったのだが……ちょっと不安になる。
いまの、柊二さんに対して、失礼な言い方じゃなかった?
柊二がいま、どんな表情をしているか知りたかったが、どうにも顔を見られない。
ああーっ、もおっ!
柊二さんの側にいたいけど、側にいるのは、これまたなかなか大変なんだよね。
平常心でいられればいいんだけど……
どうしてもそうできないから、受け答えや態度がおかしなことになってしまうんだもん。
あー、恋ってほんと、複雑!
つづく
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