シュガーポットに恋をひと粒



51 嬉しい申し出



「吉沢さん、あなた高校生の彼氏がいるんだって?」

出社して一番に、同じ職場の親しくしている末次先輩がそんなことを言ってきて、歩佳はぎょっとした。

そっ、そうか。昨日のこと、郷野さん、みんなにしゃべっちゃったんだ。

考えてみれば、ペラペラなんでもしゃべっちゃうような人なんだったな。

それにしても、高校生の彼氏がいるなんて広まったら、恥ずかしいよぉ。

それが事実っていうなら、恥ずかしいなりに嬉しいことなんだけど、実際は、自分が一方的に片思いしてるだけなわけだし……

「吉沢さん、顔真っ赤にしちゃってぇ。あはははは」

「すっ、末次先輩ぃ」

「わかってるわかってる。困った挙句だってことくらいわかるわよぉ。郷野さんも、そうわかってて、みんなに面白おかしく吹聴してたし」

その言葉に、気が抜けた。

そうか、みんな嘘だってわかってるわけか……

けど、そうなると、なんか複雑だなぁ。

高校生が彼氏っていうのは、頭っから信じてもらえないくらい、ありえないことなんだ。

社会人が高校生を好きになるって、そんなにも非常識なことなのかな?

気持ちがどよーんと落ち込む。

その日一日、歩佳はみんなからからかわれることになってしまい、さんざんだった。

ただ、昨日のことを郷野がみんなに話したおかげで、歩佳は女性社員たちから昨日の出来事を詳しく聞かれたので、ありのまま話した。
それでずいぶんと同情され、郷野は手ひどい批判を受けたらしかった。

「たぶんこれで、郷野さんがあなたにちょっかいをかけてくることは、当分なくなると思うわよ」

そんな風に末次先輩が言ってくれたので、歩佳はおおいに安堵したのだった。

それしにても、なぜあの場に、柊二さんと宮平君が通りかかったのかが、気になってるのよね。

あの日、駅まで送ってもらっているとき、そのことについて尋ねてみたんだけど……『ちょっと用事があって』と、適当に流されてしまったのだ。

それと、実はもうひとつ、気になることが……

ふたりとも、髪が少し湿ってたんだよね。お風呂でシャワーを浴びた後みたいな感じで……

自転車を漕いで、頭にも汗を掻いたからとか?

でも、顔とかに汗を掻いてる様子はなかったし……

あー、気になる。

仕事を終えて帰ることになり、歩佳は辺りに郷野の姿がないかと気にしつつ会社から出た。

「あっ、歩佳さん」

目の前の歩道に、なんと宮平がいた。

「宮平君」

思わず駆け寄りながら、柊二の姿を探してしまう。

「柊二君はいませんよ」

「あっ、ああ、そうなの」

つい焦って目を泳がせてしまう。

「昨日のことが気になって。歩佳さんが、またあの変な男のひとに付け回されてたら心配だって柊二君が言うので、僕がナイトとして参上したというわけです」

「まあ、ありがとう。けど、もう大丈夫だと思うわ」

歩佳はそう言いつつ、宮平を促して歩き出した。

話しかけてはこないけど、ちらほら同じ職場のひとたちも退社していっているのだ。

昨日の高校生って、あの子なわけね、的な目をしている気がする。

この宮平では、歩佳と付き合っているというのには無理がある、とでも思っているのかもしれない。

なんにしても、宮平がボディガード役をやってくれて、ありがたかった。

おかげで安心して駅まで向かえる。

駅まで歩きながら、歩佳は郷野がみんなに話したことや、それで女性社員から批判を受け、もう歩佳にちょっかいはかけてこないだろうということも話した。

「ええーっ、そんな話聞いたら、逆に安心してられませんよ」

「どうして?」

「逆恨みして、歩佳さんに仕返ししようとするかもしれませんよ。よし、決めた。しばらく僕がナイトになってあげますよ。柊二君の都合がつけば、彼も一緒に」

な、なんと嬉しい申し出だ。

それにしても……

「柊二さんは、今日はどうして一緒じゃないの?」

それとない感じで聞くのは難しかったが、どうしても聞きたい。

「彼のほうの用事が終わらなくて……」

「用事というのが何かは話してもらえないの?」

「はい。極秘事項でして。けど、そのうちわかりますよ」
そのうちわかるのか?

いま、気になるんだけどなぁ。

「そんな顔をしないで。あっ、ねぇ歩佳さん、あそこのクレープって、食べたことあります?」

宮平が指さし、歩佳はそっちの方向に顔を向けた。

話を逸らす目的だろうけど……どのみち話してはくれないのだろう。

極秘事項なんて言われると、もっと気になるんだけどなぁ。

「ねぇ、おいしいんですか?」

「あっ……えっ、ええ。おいしいわよ。何回か食べたことがあるわ」

「食べませんか? 僕、おごっちゃいますよ」

「学生のあなたに、おごってもらえないわ。わたしがおごって……」

「ダメですよ。僕が言い出しっぺなんですから……それに、僕は学生だけど、男なんですよ」

「それはわかってるけど……でも、お小遣いが減っちゃうわよ」

「僕は、完全に親のすねっかじりってわけじゃないんですよ」

「そうなの? 宮平君、バイトしてるの?」

「ですから、そこは極秘事項です」

宮平は、そう言ってにやっと笑う。

それって……さっき口にした極秘事項って、バイトってこと?

つまり、柊二さんも宮平君と一緒にバイトしてるってことなのかな?

けど、なんのバイトをしてるのかしら?

「あのさ、宮平君」

宮平がクレープを注文し、できあがるのを待ってる間、歩佳は宮平に話しかけた。

「なんですか?」

「ちょっと気になったんだけど……昨日、ふたりともちょと髪が湿ってたようだけど……あれって?」

「うわっ! 歩佳さん、案外観察眼があるんですね」

宮平は驚いて言う。

「だ、だって……気になって……」

「ふーむ」

「宮平君?」

「たいしたことじゃありませんよ。気にしないでください」

「ええっ! 話してくれないの?」

「いずれわかりますから……ほら、クレープできあがりましたよ」

宮平はクレープを受け取り、歩佳にひとつ手渡してくれた。

「あ、ありがとう」

「とにかく、ほら、ベンチに座って食べましょう」

宮平はクレープ屋さんの店頭に置いてある椅子に先に座り込み、歩佳を誘う。

歩佳は追及するのを諦めて、宮平と向かい合う椅子に座った。

「うん、おいしいですね。あっと……柊二君だ!」

えっ、柊二さん?

後ろのほうに顔を向けると、確かに柊二が自転車でやってくる。

おかげで歩佳の胸は高鳴り、彼女は慌てて口についているクリームを舐めたのだった。





つづく




   
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