シュガーポットに恋をひと粒



52 どこからどう見ても



いやだ。大丈夫かしら?

「ねぇ宮平君、わたしの口、生クリームで汚れてない?」

宮平のほうに向き、歩佳は必死になって彼に尋ねてしまう。

そんな歩佳を見て、宮平はくすくす笑い出した。

「わっ、笑わないでよ」

「すみません。歩佳さん、可愛いなぁと思って」

「もおっ、年上をからかわないで!」

そのとき、キッという音がして、歩佳は慌てて振り返った。
口元を手で隠すのは忘れない。

だが、そこでびっくり仰天することになった。

なんと柊二が着ているのは制服ではなかった。なぜかスーツを着ているのだ。

「柊二さん?」

大人びてる。いつもよりさらに大人びてる。髪も、前髪を軽く後ろになでつけてるし……

もう年上としか思えない。大学生を通り越して、すっかり社会人だ。

「君らふたりして、こんなところで何やってんだ?」

社会人然とした柊二が、むっとした顔で質問してきた。

どうしてスーツ姿なのかと尋ねたかったんだけど……それにしても、なんで柊二さん、むっとしてるの?

「見ての通り、クレープを食べてるんだよ」

宮平があっけらかんと答える。

「それはわかってる!」

苛立ったように柊二が怒鳴った。

「なら、なんで聞くのさ。おかしな柊二君だねぇ」

「偕成!」

「あ、あの……柊二さん、ごめんなさい」

柊二が不機嫌そうなので、歩佳はおろおろと謝ってしまう。

「べ、別に……歩佳さんが謝る必要は……」

「それにしても、柊二君、早かったじゃないか」

「あ……」

宮平に言われ、柊二は言葉を詰まらせた。

「あっちは、ちゃんと終わらせてきたのかい?」

「あ、ああ」

嫌々という様子で、柊二は宮平に答える。

「終わらせてって……?」

気になるので尋ねてみたら、ふたりは歩佳に振り向いてきた。けれど、ふたりとも黙っている。

な、なんなの?

「あのぉ?」

「たいしたことじゃない」

歩佳の問いをばっさり切り捨てるように口にした柊二は、「それより」と言いつつ、歩佳の手にしているクレープを見つめながら、歩佳の隣に座ってきた。

えっ? えっ?

社会人っぽい柊二さんが、わたしの隣に……すっ、座っちゃったよぉ~っ。

そんなに横幅のあるベンチではないので、かなり距離が近いのだ。

鼓動が嫌になるほど速まっちゃって、もう、落ち着かないよお。

あっ! そ、そっ、そういえば……生クリームは? 口についてないわよね?

鏡で確認するか、口元を手で拭きたいのだが、そんな行動も起こせない。

いやだーっ! こんな素敵な柊二さんに、みっともない顔、見せちゃってたらどうしよう?

「甘くない?」

あわあわしていたら、柊二がそんなことを尋ねてきた。

一瞬、何を聞かれたのかわからなかったが……クレープのことを聞かれたんだと、遅れて気づいた。

「あ……あま、甘いです……けど、美味しいです」

「そう。味見してもいい?」

味見?

戸惑っていると、柊二は人差し指で生クリームをすくい取った。歩佳が唖然としている間に、彼は口に含む。

わっ、わっ、わたしのクレープを、しゅ、柊二さんが、なっ、舐めたぁ~っ!

ドギマギどころじゃない。歩佳の心臓はうるさいほど暴れ回る。

「ヒュー、ヒュー」

宮平がにやつきながらからかってきた。

柊二は怒るに違いないと歩佳は思ったのだが、意外にも彼は平然としている。

「彼氏だからな。これくらい当たり前だろ?」

その発言に、歩佳はあっけにとられた。

えっ? かっ、彼氏?

どっ、どういうこと?

柊二さんがわたしのクレープの生クリームを人差し指ですくって舐めて、宮平君にからかわれて、彼氏だから当たり前だろうって……?

おおいに困惑していると、柊二が歩佳の目をじっと見つめてきた。

至近距離でふたりの目が合い、視線を合わせていられなくなった歩佳は、目を泳がせる。

すると、言葉に迷った風情で、柊二が「彼氏役」と口にした。

「か、彼氏役?」

言われたままオウム返しに言ったら、柊二が頷く。そんな彼の頬は少々赤らんでいるようだ。

「昨日の奴、なんかしつこそうだし、心配だから。俺が彼氏だってことにしとけば、もう迷惑かけてくることもないんじゃないかって、偕成と話したんだ」

な、なんと⁉

「もしかして、それでスーツ姿なの?」

「高校生じゃ……あいつに馬鹿にされるだけだから。偕成が叔父さんに借りてくれたんだ」

「そうなの? なっ、なんかありがとう。すみません」

でも、すでに昨日、高校の制服姿で、郷野さんと顔を合わせちゃってるけど……

「あいつとは昨日顔を合わせたから、歩佳さんの本当の彼氏は、兄だということにすればいいと思うんだ」

歩佳の考えを読んだかのように、柊二が言う。

「兄?」

「そう、兄。兄弟なら、似ていてもおかしくないし……ねぇ歩佳さん、いまの俺、高校生には見えないと思うんだけど……どう?」

「は、はい。見えません。どこからどうみても社会人ですよ!」

思わず力強く答えてしまう。

そんな歩佳の反応を見て、柊二がくすっと笑う。

笑われて気まずかったけど、大人びた柊二の笑みに、歩佳の心臓はこれまで以上に暴走し始めた。

「それと……たぶん、あいつ、そろそろ来るぞ」

「えっ? あいつって?」

「だから昨日の奴。君の会社の前を通ったら、ちょうどあいつが出てきたところで、こっちに向かってたから」

ええっ! 郷野さんが来るかもしれないの?

「そっ、それじゃ早く行かないと……」

慌てて立ち上がろうとしたら、柊二に腕を取られて止められた。

「いいタイミングだろ」

「いいタイミング?」

「昨日のあのひとに、歩佳さんの相手は社会人だと思わせるのにちょうどいいタイミングだってことですよ」

歩佳の問い返しにそんな風に答えてくれたのは、宮平だった。彼はさらに続ける。

「なので、ほら、落ち着いて座って、恋人らしくイチャイチャしてたらいいんですよ。ねぇ、柊二君」

「あ、ああ……まあ、そうだな」

柊二はもごもご答え、喉元のネクタイに手を当てると、いくぶん居心地悪そうにいじる。

なんかそういう仕草、いいなぁ。胸キュンしちゃうなぁ。

それにしても、たとえ振りだとしても、柊二さんと恋人みたいにイチャイチャさせてもらえるなんて……

照れ臭いけど、超嬉しいですっ!!

空を駆け回りたいほど舞い上がった歩佳だった。





つづく




   
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