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53 それが誰だかは
「それじゃ、気を付けて」
「歩佳さん、また」
スーツ姿の柊二と、宮平が軽く手を振ってくれ、歩佳は気恥ずかしい気分で彼らに手を振り返した。
クレープを食べ終わると、ふたりはまた歩佳を駅まで送ってくれたのだ。
クレープ屋さんで恋人らしく振る舞いながら、郷野がやってくるのを待ったが、途中で道を曲がってしまったのか、クレープ屋さんの前には姿を見せなかった。
ほっとしたけど、付き合ってくれた柊二と宮平には無駄な時間を過ごさせてしまい、申し訳ない気がした。
十一月も末のこの時期、昼間はそこそこ過ごしやすくても、夕方になるほど寒くなってくる。
いまさらだけど、ふたりとも寒くなかったかな?
わたしは柊二さんといられることが嬉しくて、寒さとかぜんぜん気にならなかったけど。
あのふたりはこれから自転車で帰るんだものね。
風邪引いたりしないかな?
ホームに電車が入ってきて、歩佳は電車に乗り込んだ。電車が動き出し、妙に寂しくなる。
スーツ姿の柊二さんと、もっと一緒にいたかったな。
クレープ屋さんでのひとときは、あっという間だった。
バイトって、いったいどんな仕事なのかしら?
気になるなぁ?
アパートに帰り着き、歩佳は夕食の準備を始めたが、今頃柊二さんはどうしているんだろう、なんて考えてばかりいた。
美晴は仕事が忙しいらしく、毎晩帰りが八時を過ぎる。
ちょっと遅いけど、一人で食べるのは寂しいし、いつも美晴を待って一緒に食べている。
ご飯を食べ終えた後は、就寝まで一時間くらいおしゃべりしてて、わたしは楽しいんだけど、美晴はゆっくりする時間が少なくて大丈夫かなって心配になるんだよね。
夕食の準備も整い、美晴の帰りを待っていたら、宮平からメールが届いた。
なんだろう?
(歩佳さん、今日はどうも。バイトの件ですが)
えっ! バイトのこと教えてくれるの? と喜んだ歩佳だが、メールの続きを読んでへこんだ。
(柊二君に釘を刺されてるので、やはりお伝えできません)って、なんなのよぉ~っ!
宮平君ったら、どうしてわざわざこんなメールをしてきたのかしら?
首を傾げた歩佳は、メールに画像が添付してあるのに気づいた。
なんだろ?
画像を開いてみた歩佳は、目を丸くした。
な、な、な?
ファッショナブルな服に身を包んだ柊二が、モデルのようにポーズを取っている。
なんなのこれ?
どういうこと?
けど、めちゃくちゃかっこいい!!
驚きと困惑でいっぱいになっていたら、またメールが届いた。また宮平からだ。
(さっきのメールに、間違って画像を添付しちゃいました。こりゃあ参ったなぁ。なはははは)
うん? どういうこと? しばし悩み、なんとなくわかった。
釘を刺されてて、伝えられないから、この画像を間違って添付したという体で送ってくれたんじゃないかしら?
それにしても、バイトってモデルだったんだ。
まさか柊二さん、これからモデルになるつもりなの?
それ、困る。
モデルなんてやっちゃったら、可愛いモデルの子と親しくなって……
それ以上、先を考えるのは胸が苦しすぎて、歩佳は考えるのをやめた。
もう一度柊二の画像を開き、涙目で見つめる。
すると、またメールが届いた。
(メンズ服のモデルの画像を、誤って歩佳さんに送っちゃうとは、僕ってドジですねぇ。ちなみに、この画像、メンズ専門店のウェブショップで使われるんですよぉ。始め柊二君はかなり渋ってましたが、時給が結構いいので、二週間の短期バイトでやることになりました。これでまとまったお金が手に入るので、歩佳さんも誕生日のプレゼントに何か欲しいものがあったら、なんでも遠慮なく彼におねだりできますよ)
は?
宮平君ってば、何を言い出すの? おねだりなんて、できるはずないじゃない。学生の身で頑張って稼いだお金なんだもの、自分のために使わなきゃ。
とは言うものの、宮平には感謝だ。
そうかぁ。バイトって、メンズ専門店のウェブショップに掲載される画像のモデルだったんだ。
ここの服、柊二さんにとっても似合ってる。
改めて画像の柊二を見つめ、ドキドキしてくる。かっこいいなぁ。
これってもちろん、プロの写真家が撮ってるんだよね?
柊二さんの画像がアップされたら、そのウェブショップを観てみたいなぁ。
たぶん、携帯で観られるはずだよね?
ウェブショップとか使ったことないから、いまいちよくわからないんだけど。
けど、お店の名前がわからないことには、観るにみられない。
宮平君、聞いたら教えてくれそうだよね。
胸を膨らませ、柊二の画像を飽きずに眺めていたら美晴が帰ってきた。
歩佳は焦って携帯を閉じ、美晴を出迎えた。
「おかえりぃ」
「ただいまぁ。お腹ぺこぺこだよぉ。歩佳、今夜は何?」
「クリームシチューだよ」
「いいねぇ。クリームシチュー大好きだよ。夜になって寒くなっちゃったからね。風も出てきてたよ」
「もう数日で十二月だもんね」
「早いよねぇ。仕事でバタバタしてると、あっという間に一週間が過ぎちゃってるんだもん」
そんなことを言いながら、美晴は自室に入っていった。
歩佳は、美晴が着替えて居間に来るまでに、ご飯が食べられるように支度した。
「そういえば、宮平君からメールもらってさ」
食事を始めてすぐ、美晴が言った。
歩佳は、おっと思う。
美晴のところにも、柊二さんのあの画像が?
「歩佳の誕生日の日に、バースディパーティーをしようって話でさ」
えっ、わたしの?
「誕生日は恭嗣さんとふたりきりで過ごしたいだろうから、別の日がいいよって返信しといたわ」
なっ! もう、美晴ぅ。
「だから何度も言ってるでしょう。恭嗣さんとは、そういう関係じゃないってば!」
これまでになく激しく訂正したら、美晴は戸惑った顔をする。
「けど、あんなに大事にしてもらってるのに」
「大事に?」
「歩佳は、恭嗣さんにときめかないの?」
「恋愛対象として見てないもの。恭嗣さんは子どもの頃からの知り合いで、兄みたいなものなんだって」
「そっか」
美晴はなぜか痛ましげな表情をする。
「美晴?」
「恭嗣さんは歩佳のことを本気で好きだよ」
「そんなこと……」
「ある!」
美晴は強く言い切る。
「で、でも……そういう気持ちとか、ぜんぜん感じないよ」
そう言ったら、美晴は黙り込んでしまった。
どうにも居心地が悪い。
「あ、あの……食べようよ。冷めちゃうし……」
「うん」
美晴は頷き、また食べ始めた。
歩佳がほっとしたところで、また美晴が話しかけてきた。
「ところで歩佳」
「なあに?」
「あんた、好きなひとがいるんじゃないの?」
「えっ?」
「いるんだね?」
「ああ……うう……」
確信を込めて聞かれ、歩佳は返事に迷ってしまう。美晴は、その迷いを見過ごさなかった。
「やっぱ、いるんだね」
いないとは言えなかった。それは嘘になる。
「いるよ。ずっと好きな人が……」
けど、それが誰だかは、決して口にできない。
つづく
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