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54 けっこうしあわせ
好きな人がいるという歩佳の告白を聞き、なぜか美晴は、自分の額をパチンと叩いた。
「やっぱりかぁ」
「えっ、美晴?」
「そういうことなんだよね。けど、なんで教えてくれなかったの?」
「……ごめん」
「じゃ、教えて」
まったく、美晴ってば、あっけらかんと聞いてくるんだからぁ。
思わず笑ってしまう。
「ごめん。教えられない」
「なんで? まっ、まさかっ!」
何を考えたのか、美晴は顔色を変えた。
「美晴?」
「ふっ、不倫?」
「ちがーうっ」
全力で否定する。
「けど、不倫でなければ……言えるでしょうよ。あっ、わかった。片思いしてるんだ。相手は既婚者か、恋人がいる人なんでしょう?」
「どっちも違う」
「えーっ! なら、どうして教えてくれないのぉ」
ぷーっと頬を膨らませて歩佳を睨んでいた美晴が、急に眉をひそめた。
今度は何を考えついたんだろう?
「まさかと思うけど……」
「うん?」
「柊二じゃないよね?」
突然、図星を刺され、歩佳はぎょっとしてしまう。
しっ、しまった!
と思ったが、もう手遅れだ。
バレバレな歩佳の反応を目にし、美晴は無表情だ。
その反応に、胸にじわじわと嫌な感覚が広がってくる。
「ご、ごめん」
歩佳は思わず謝った。
「謝ることはないよ」
「で、でも……嫌だったんでしょ?」
「何言ってんの。そんなわけないわよ。たださぁ」
「だっ、だよね。友達が自分の弟が好きなんて、受け入れ……」
「ちーがーうっ!」
美晴は手を振り、強く否定してきた。
「で、でも……」
「なんでだよって、納得行かないだけ」
「えっ?」
「だって、恭嗣様だよ。なのに、なんで柊二?」
「え、えっとぉ……」
「比べられもしない。月とすっぽんってやつだよ」
ええーっ!
「美晴こそ、何を言ってるのよ。柊二さんのほうが、だんぜん素敵だし」
言い切ったら、美晴が呆れたような目で見つめてくる。
「こういうの、あばたもえくぼってんだね。歩佳、悪いこと言わないから、目をお覚まし!」
「はあっ? 美晴は自分の弟だから、柊二さんの魅力がわからないのよ」
「魅力ねぇ。けどさぁ、あいつまだ高校生なんだよ」
痛いところを突かれ、歩佳はぐっと詰まった。
「かたや警察官で精悍で頼りがいのある大人の男性。比べる必要もなく、恋人として完璧じゃん」
「あのねぇ」
反撃しようとしたら、美晴は「まあ、いいや」と唐突に戦線離脱した。
「えっ? いいやって……?」
「決めた! わたし応援するっ」
ええっ?
ずいぶん恭嗣さん押しだったのに、まさかわたしの恋を応援してくれるっていうの?
でも……
「応援なんていいよ。わたしの一方的な片思いなんだから……」
「ああ、応援するのはそっちじゃないよぉ」
「はい? そっちじゃないって、どういうこと?」
「応援するのは、もちろん恭嗣様だよ」
はいっ? 恭嗣さん?
「ちょ、ちょっと美晴、やめてよぉ」
「恭嗣さんのほうが、あんたは将来絶対しあわせになれるよ」
「もおっ……」
なんだか知らないが、歩佳は笑いが込み上げてきた。
確かにわたしの恋は実る確率がゼロで、このまま思い続けても不毛だろう。
「美晴」
「うん?」
「片思いでも……相手に届かないってわかってても、けっこうしあわせなんだよ、わたし」
「歩佳……」
「けど、美晴に本心を伝えられてよかった。なんか気持ちがラクになった。ありがと」
「お礼を言われても、わたしの恭嗣さん押しは変わらないよ」
「わかった」
くすくす笑いながら言ったら、美晴が真面目な顔で見つめてくる。
「なあに?」
「いや……まあ、いいよ」
もごもごと言い、美晴は食事に戻った。
柊二への恋心を知られ、気まずい雰囲気になってしまうのではないかと不安に思ったが、美晴はいつも通りだった。
夜も更けて、さあ寝ようかということなった。
先に立ち上がった美晴は、ドアに向かったが、途中で振り返ってきた。
「なんか、すまないねぇ」
なぜか美晴は、物凄く申し訳なさそうに口にした。
意味が分からず困惑してしまう。
「なんで謝るの?」
「いいのいいの。ちょっと謝りたくなっただけ。そいじゃ、おやすみぃ」
美晴は誤魔化すように明るく言い、部屋を出て行った。
ひとりになり、歩佳は美晴が謝ってきたわけを考えたが、まるでわからなかった。
つづく
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