シュガーポットに恋をひと粒



56 お誘いに舞い上がり



「実は俺、バイトがまだ終わってなくて」

「えっ、そうなの?」

「うん。歩佳さんを駅まで送ろうと思って抜け出してきたんだ」

わ、わたしのために、わざわざ?
柊二さん、やさしすぎる。

もしかして、それで宮平君は一緒じゃなのかな?

「柊二さん、ありがとうございます」

お礼を言うと、柊二は苦笑し、照れ臭そうに口を開いた。

「けど、携帯をバイト先に置いてきちまって……」

えっ?

「歩佳さんと連絡取ろうにも取れないし、歩佳さんが見つけられなくて参った」

そんなことだったとは。
ずいぶん迷惑かけちゃってたんだ。

「ご、ごめんなさい。仕事が定時に終えられなくて、ちょっとだけ残業したの」

申し訳なく思いながら、歩佳は謝った。

「歩佳さんは悪くないよ。携帯忘れた俺が……ねぇ、歩佳さん」

「は、はい」

「俺、みっともないかな?」

「えっ? ど、どうして?」

「高校生のくせに、スーツ着て、大人を気取って……」

「そっ、そんなこと……だって、わたしのためにしてくれていることだもの。それに……」

「それに?」

「大人を気取ってるなんて思わないです。いまの柊二さん、年上にしか見えないですよ」

一生懸命考えて口にしたが、柊二は黙り込んでしまった。

「柊二さん?」

「俺……いや……」

柊二が口ごもってしまい、歩佳は彼の言葉を待った。

「その……もうすぐ誕生日だね」

「あ、は、はい」

「何か欲しいものある?」

それって、プレゼントしてくれるってことだよね。もちろん嬉しいけど……

品物より、柊二さんとデートできたら、最高に嬉しいんだけどな。

そんなお願い口にできないし……

「いますぐは、思いつかなくて……考えて答えてもいいですか?」

「意外」

驚いたように柊二が言い、歩佳は戸惑った。

「えっ?」

「いや、歩佳さんのことだから、いいですって断るんだろうなと思ってたから」

「あっ! 遠慮もせずに貰うつもりで……ごっ、ごめんなさい!」

焦って頭を下げたものの、顔が真っ赤になってしまい、恥ずかしくてならない。

いやだもおっ。

「違う! そんなつもりで言ったんじゃないんだ。逆に、遠
慮されなかったから、嬉しかったんだ」

「あ……そ、そうなんですか?」

「うん。ありがとう」

なぜか柊二はお礼を言う。

「お礼を言わなくちゃならないのは、わたしだと思うんですけど」

「俺が年下で学生だからって、遠慮されたくなかった。だから、ほっとした」

柊二さん……

ううっ、嬉し過ぎて泣きたいよぉ。

「バイト代入るし、親の金じゃないからさ」

そういう柊二の気持ちは、理解できた。
歩佳だって、学生の頃はそんな風に思ってた。

「俺、四大行かせてもらうつもりだし……社会人になれるのは早くても四年後なんだよな。バイトしたとしても、自立はできないし、どうしたって、親のすねをかじるしかない」

「そうなりますね」

彼の気持ちがよくわかり、同意してしまう。

「歩佳さんにとっては、他人事?」

柊二の口調が少しイライラしたものになり、歩佳は驚いた。

「あ、あの?」

「悪い。ちょっと当たった」

当たったって?

「わたし、柊二さんを不機嫌にさせるようなこと、言っちゃいました?」

おろおろして尋ねる。

「いや。……あのさ、できれば一緒にプレゼント選びたいんだけど……今度の土曜日とか、俺に時間くれない?」

そっ、それって?

え、えーと、どういう意味?

まるで、一緒に買いに行こうと言っているように聞こえるんですけど。

そうなの? 違うの?

頭がこんがらがって、うまく答えを導き出せない。

「ど、土曜日に?」

「うん。十時くらいに迎えに行く。いい?」

「は、はい」

思わず返事をしてしまう。

そのあと、歩佳は柊二と別れて電車に乗ったが、嬉しすぎるお誘いに舞い上がり、ずっと足元が浮いているような気がした。





つづく




   
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