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57 好きの度合い
まさか柊二さんが、あんな風に誘ってくれるなんて思わなかった。
電車を降りて、改札口に向かいながら、歩佳は夢見心地を味わっていた。
しかも、わたしの誕生日プレゼントを買ってくれるため。
たぶん、何を買っていいのかわからないからだったんだろうけど……それでも嬉しい。
ふたりで出掛けるなんて、まるでデートみたいだよね。
けど、このことを話したら、美晴はどう思うだろう?
柊二さんのこと、好きなのバレちゃってるから、伝えづらいな。
だからって、内緒で出掛けるなんてできないし。
改札口を抜け、我が家に向かって歩き出す。
あっ、もしかしたら、出掛けること話したら、美晴に宮平君も一緒にって話になるんじゃないかな?
その方がいいかも。
デートみたいな状況を味わいたい気持ちはもちろんあるけど、柊二さんとふたりきりというのは、わたしにはハードルが高すぎるもの。
いっそ、こちらから美晴を誘おうかな。
うん、それがいいな。そうしよう。
そう決めたことで、心が軽くなり、そのあと歩佳は、今日の夕飯は何を作ろうかなと考えつつアパートまでの道のりを歩いた。
七時半になって美晴が帰り、ふたりで夕飯を囲む。
今日は仕事がずいぶんうまくいったとのことで、美晴はご機嫌でおしゃべりする。
美晴の話を聞きながらも、歩佳はどんな風に話を切りだそうかとそわそわしてしまう。
「ちょっと歩佳、どうかしたの?」
「えっ? な、なんで?」
「うんうん頷くばっかで、ちゃんと私の話し聞いてた?」
うっ! 美晴、鋭い。
「き、聞いてたわよ」
半分しか聞いてなかったので、どうにも返事が弱くなる。
「どうして上の空なのよ。さあ、理由を述べよ!」
箸をタクトのように振りつつ、美晴が言う。
しかし、述べよって。
思わず笑ったら、「歩佳ぁ」と返事を催促される。
こ、困ったな。あっ、でもいいのか。話すタイミングをもらえたんだし。
「あ、あのね。ほら、もうすぐ私の誕生日でしょ?」
「うん。だね。で?」
「そ、その……きょ、今日、たまたま柊二さんと会って……」
柊二の名を口に出し、どうにも顔が火照る。
わたしが柊二さんを好きなこと、美晴にバレちゃってるからなぁ。
うー、わたし、あんまり反応するなぁ。どんどん恥かしくなるじゃないか。
「ほほお。なに、奴が会いに来た? それとも柊二に会いたくて待ち伏せした?」
からかわれ、顔がぼぼっと燃える。そんな歩佳の反応を見て、美晴は楽しそうに笑った。
「もおっ、からかわないで」
「だって、反応が楽しいんだもん。それにしても、歩佳、ほんとあいつのこと好きなんだねぇ」
「だから、しみじみと言わないで」
頬を膨らませて文句を言ったら、美晴がくすくす笑う。
「それで? 柊二と会ってどうしたの? ああ、誕生日って最初に言ったね……プレゼントに何が欲しいって聞かれたんじゃないの?」
「近いけど……」
「あれ、違うの?」
「違うってわけではなくて……何を買っていいかわからないから、今度の土曜日にプレゼントを買いに行こうって誘われ……あっ、もちろん美晴も一緒にね」
慌てて付け足す。
「わたしも?」
「うん。宮平君も、だと思うし」
「ふーん。わたしはいいや」
「えっ? な、なんで?」
まさか、断られるとは思わなかった。
「宮平君にも遠慮してもらって、ふたりきりで出掛けなよ」
「……」
唖然として歩佳は美晴を見つめてしまう。
「歩佳さん、なんて目で見るんですかね?」
「だ、だって……美晴、恭嗣さんを押してきてたし」
「それはそれ、これはこれよ。なんていうかさ……確かに、わたしは恭嗣さん押しだけど、だからって邪魔する気はないのよ。歩佳の恋を応援したくもあるの」
「美晴……」
「たださぁ、それが柊二ってのがね。弟なわけだし、三つも年下だからさ……って、こんなこと言われたくないよね。歩佳、ごめん」
「謝らなくなくていいよ。事実だし」
「そうしょんぼりしないでよ」
そう言われても、気が沈むのはどうしようもない。
「ねぇ、歩佳。歩佳は柊二と結ばれたいの?」
直球で聞かれ、タジタジになってしまう。
「そんな大それたこと考えてないから」
「なら、片思いのままでいいわけ?」
「うん」
歩佳は即答した。
このままがいい。柊二さんに時々会えて、声が聞けて……今日みたいにお話ができたら、もうそれで充分しあわせ。
「思いを伝えないの?」
美晴の問いに、歩佳は大きく手を横に振った。
「そんなつもりないの。いまのままで充分なの」
「うーん。歩佳はさ、柊二のこと、どのくらい好きなの?」
なっ、なんでこんな話になっちゃったんだか。
「そんなの答えられないわよ」
「淡い恋心から、結婚して一生添い遂げたいまで、好きの度合いは様々じゃない。で、歩佳はどのくらい好きなの?」
「そんなことを聞かれても、答えに困るわ」
「わたしは歩佳の本気度を知りたいのよ」
「本気度?」
「そう」
「わたしは……柊二さんのことが好きだけど……付き合うとか考えられない。そういうの無理な気がするの」
「なんで?」
「なんでって……」
考えられないのだ。これ以上は答えようがない。
「なんかわかったわ」
「えっ、わかった?」
「うん」
頷かれ、大いに戸惑う。
だって、本人のわたしがわからないのに、美晴にはわかったっていうの?
「なにがわかったのか、聞かせては……」
「あげなーい」
美晴はわざとそっけなく言い、くすっと笑う。
「けど、まあ、歩佳らしいな」
わたしらしい?
よく分からないけど……
美晴はこれで話を終わらせた。
結局、土曜日は、柊二さんとふたりきりってことになっちゃったんだ?
そう考えて、心臓が異様にバクバクしてきた歩佳だった。
つづく
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