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第6話 もやもやだらけ
ちょうど家の門のところまでやってきたら、美晴も傘をさして降りてきた。
「歩佳、いらっしゃい。柊二、歩佳のお迎えサンキュー」
「ああ」
柊二がそっけなく返事をする。
その彼の雰囲気に、胸がもやもやした。
やっぱり柊二さん、わたしのこと仕方なく迎えに来てくれたみたいだ。
それもそうだよね……姉の友達の迎えなんて……
しかもこんなひどい雨の日に……誰だって外を出歩きたいはずはない。
色々と話が弾んだ気がして、勝手に舞い上がちゃってたけど……
ざ、残念なやつだ、わたし。
落ち込んでしまい、思わずため息をつきそうになる。
そのとき、前方から車が走ってきた。
道路には大きな水たまりがあちこちにできていて、派手に水しぶきを飛ばしている。
「このままじゃ水を浴びそうだよ。ふたりも早く門の中に」
美晴が慌てて叫び、門の中に飛び込んで行く。だが、歩佳と柊二はとても間に合わない。
「歩佳さん」
「柊二さん」
ふたりして相手に声をかけ、相手が濡れないように庇い合った。
そのせいで傘が激しくぶつかり合う。
「あっ!」
「ああっ!」
傘同士が跳ね返されたそのとき、ぐっとスピードを落とし、車は通り過ぎていった。
車の水しぶきは浴びずにすんだのだが……
なんと、気づいたら、ふたりして手を握り合い、抱き合うような姿勢になっている。
あわわ……ど、どうしてこうなった!!
予想外の大接近に、頭のヒューズが飛びそうになる。
ふたりの傘は両方とも下に向いてしまっていて、柊二も歩佳も頭から雨に降られ、あっという間にびしょ濡れだ。
「あんたたち、何やってんの?」
美晴が呼びかけてきて、歩佳は慌てて柊二から離れた。
あまりに焦ったために、水たまりを派手に踏んでしまう。おかげで足元までびっしょり濡れた。
「ああっ!」
「わっ!」
歩佳の叫びに柊二の叫びが重なる。
驚いて彼を見ると、彼も歩佳と同じ目に遭ったらしい。足元がずいぶん濡れている。
「足元ばっかり見つめてないで、まずは傘を差しなよ」
美晴のもっともな発言が耳に入り、歩佳は慌てて傘をさした。しかし、時すでに遅し、もう全身ぐっしょり濡れてしまっているわけで……
「何やってんだか……」
呆れたように口にした美晴が、けらけら笑い出す。
「美晴、笑うな!」
柊二はしかめっ面で美晴に怒鳴った。そして歩佳をちらりと見る。
な、なんか機嫌を損ねちゃったみたいだ。
それもそうか、わたしのせいで全身びっしょりなんなだもん。腹も立つよ。
怒らせちゃうなんて……
もう心の底から、しょぼーーーんだ。
「歩佳、ほら家に入って、すぐに濡れた服を着替えないと」
「う、うん」
美晴に促され、玄関の中に入れてもらう。
柊二もふたりの後ろからついてくる。
「風邪を引いちゃったら、明日遊びにいけなくなっちゃうよぉ」
「美晴、心配するところ間違ってるぞ」
姉を叱責した柊二は、美晴の頭を上からガシッと掴む。
「いっ、たた! こ、こらっ! 何をするっ! 放せーーーっ!」
美晴は柊二の腕を掴んで外そうとするが、力で負けて外せないようだ。
あー、美晴いいなぁ。
わたしもこんな風に、柊二さんに頭をがしっとしてもらいたい。
羨ましい気持ちで、ジタバタしている美晴を見つめる。
「ドチビのくせに生意気だっての」
「姉をドチビと言うなぁ。年上なのだぞ、崇め奉れぇ」
「バカバカしい。歩佳さん」
ふたりの楽しいやりとりを、指を咥えて眺めていたら、急に柊二が話しかけてきた。
驚いた歩佳は、「は、はい」と、うわずった返事をしてしまう。
「傘、こっちに置いた方がいい」
その指摘に、自分の傘を見る。
わわわっ! 傘からしずくがぼたぼた垂れてて、玄関に大きな水たまりができ始めてる。
わたしときたら……何やってんだーーっ!
「ご、ごめんなさい」
「ほら、貸して」
手を出す柊二に、焦って傘を渡す。
「そんな慌てなくていいよ。どっちみち、もうびっちゃんこだし……それじゃ、すぐにタオル取ってくるから、待ってて」
ひとりだけ濡れていない美晴が家に上がり、奥に駆けて行く。
ふたりきりになり、なんとも気まずい。
「あ、あの……柊二さん、すみませんでした?」
「うん? なんで謝るの?」
「わたしのせいで濡れちゃって……」
「別に、貴女のせいじゃないと思うけど……」
「でも……わたしを迎えに来てくださったからだし」
「……」
申し訳なくて俯いたまま、ぼそぼそ口にしていると、柊二は自分が着ている半そでのパーカーを脱いだ。
そして、そのパーカーで、何も言わずに歩佳の身体を覆う。
「えっ? あ、あの?」
なぜそんなことをされたのかわからず、びっくりして彼を見上げると、なぜか顔が赤らんでいる。
な、なんで顔を赤くしてるの?
それに気まずそうに視線を反らしてるし……
「え、えっと?」
「濡れたせいで、透け……」
「おまたせーっ。これで足りるかな?」
タオルを大量に持ち、美晴が戻ってきた。
「はい。歩佳。ささっと拭いて、そのままお風呂場に行ってシャワーを浴びなよ」
「わたしは……先に柊二さんに」
「お客さんより先になんて、させません」
美晴がきっぱり言う。
「でも……柊二さんも……」
「俺はあとでいい。歩佳さん、先に」
ここは、遠慮しないほうがよさそうだ。
「す、すみません。それじゃあ、先に使わせていただきます」
頭を下げたら、美晴が「あれっ?」と叫ぶ。
「どうして柊二のパーカーを歩佳が……あっ、ああっ、そうかぁ。ごめんよ歩佳、気づかずにいて」
「えっ?」
「雨で濡れたから、下が透けちゃったんでしょう?」
美晴は歩佳の胸元を指して言う。
ハッとして自分の胸に視線を向けた歩佳は、ようやくパーカーの意味を理解した。
まったく気づかなかった自分に、ボッと顔が燃えた。
あーっ、もおっ。わたしってば、なんて鈍いんだろう?
情ないよぉ。恥ずかしいよぉ。
シャワーを浴びながら、しこたま反省だ。そして、自分を罵倒する。
わたしのバカバカバカぁ。
だが、いつまでもお風呂場を占領していられない。さっさと出て、柊二と交代しなければ。
柊二さんがわたしのせいで風邪を引いたりしたら困る。
急いで水滴を拭い、美晴の用意してくれた部屋着を借りる。
服のサイズは違うけど、部屋着は大きめのものなので、歩佳でも着られる。
涼しげなワンピースだ。
髪も洗ったので、タオルで拭きながら、洗面所から出ることにする。
柊二さん、ドアの前で待ってたりするかな?
パーカーの件があり、顔を合せるのが非常に恥ずかしい。けど……もたもたしていられない。
心臓をドキドキさせつつ、歩佳はドアを開けた。
「あっ、歩佳、終わった」
待ってくれていたのは美晴だった。ほっとする。
「ドライヤーは?」
「自然乾燥でいい。暑いからすぐに乾くし」
「そう?」
「うん。それより、柊二さんに、すぐに入ってもらって」
「オッケー。柊二ぃ、お風呂空いたよぉ。ほら、早く入っちゃえよぉ」
「おー」
少し離れた場所から柊二の男らしい返事が飛んできた。
美晴は自分の部屋に向かって歩き出し、歩佳も髪を拭きながら彼女についていく。
階段のところに柊二がいた。濡れた服は先に脱いだようで、別の服を着ている。
改めて顔を合せてしまい、胸がきゅんきゅんする。
「お待たせして、すみませんでした」
「いや」
短い返事を残し、柊二は風呂場に行ってしまった。
階段を上がりながら、思わず美晴に「柊二さん、怒ってないよね?」と尋ねてしまう。
「はい? なんで?」
美晴は歩佳の質問に戸惑ったようだ。
「いや、迎えにきてもらって……」
階段を先に上がり切った美晴が、振り返ってくる。
「ああ、あいつは、根はやさしいやつだから。そんな心配いらないよ」
姉らしい発言に、ほっとしつつ微笑んでしまう。
「なに、その微笑み?」
「ううん。やっぱり美晴、お姉さんだなぁって思って」
「なーに、ちっちゃいのにって言いたい?」
「あ……まあ」
否定せずにそう言ったら、美晴は二段下にいる歩佳の頭を、パコンと叩いてきた。
「いたっ」
痛くはなかったが、反射的に顔をしかめて叩かれたところに手を当てる。
楽しそうな美晴の笑い声に、歩佳も笑いながら階段を上がった。
美晴の部屋に向かう前に、歩佳は柊二の気配を味わうように、階下に視線を向けていた。
柊二さんと会えたんだな。その事実に胸が膨らむ。
嬉しい……けど、やっぱり切なくて……
歩佳の心は、すっきりしないもやもやで埋め尽くされていた。
つづく
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