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60 繋いだ手
柊二が手を引っ張るようにして歩き始め、歩佳も歩き出す。
周囲にはかなりの人がいるけれど、手を繋いでいるふたりを気に止めるようなことはない。
そのことに少しほっとし、歩佳は柊二と足並みを揃える。
どうして手を繋いでいることになったのか、正直なところ、舞い上がったままの頭でいくら考えてもよくわかんない。
けど、柊二さんがそれでいいって言うんだから、ここは気にせずにいればいいんじゃないかな?
うん、そうだ。そういうことでいいはず。
妙な納得の仕方をし、歩佳は改めて柊二を見上げた。
もしもの話だけど……柊二さんがわたしの恋人になったとしたら、こんな感じでデートできるんだろうな。
だけど、自分の恋人となった柊二を想像することはできそうにない。
現実には、わたしは社会人で、柊二さんは高校生だからだ。恋人になりようがないもの。
同じ社会人、あるいはふたりとも高校生なら……現実として捉えられるけど……
「それで、欲しいものは?」
勝手な想像を巡らしているところに声を掛けられたものだから、ぎょっとして柊二を見てしまう。
「うん? 歩佳さん、どうしたの?」
いぶかしそうに問われ、動揺が一気に膨らむ。
「あ……い、いえ……な、なんでもないです」
いやだ、もうっ。わたしってば、動揺しまくっちゃって。こんなじゃ、柊二さんに変に思われちゃう。
「はい。深呼吸」
突然柊二がそんなことを言ってきて、歩佳は戸惑って彼を見上げる。
「し、深呼吸?」
「うん。なんか落ち着かないみたいだから……深呼吸するといいんじゃないかと思って」
「あ、ああ。そ、そうですね。そうします」
慌てて答え、歩きながらスーハースーハーと大きく深呼吸を繰り返す。
「素直だなぁ」
苦笑とともに柊二が何か言ったようだった。だが、必死に深呼吸をしていた歩佳は、また聞き取れなかった。
いま、何か言いました? と問おうとしたら、「どう、落ち着いた?」と聞いてくれる。
「お、おっ、落ち着いた、気がします」
こくこくと頷いて答えたが、柊二はそんな歩佳をじっと見つめてくる。
その視線に、どうにもたじろいでしまう。
な、なんだろ?
なんかわたし、やっぱり変なの?
不安に憑りつかれたその時、柊二は立ち止まり、何も言わず唐突に歩佳の手を離した。
えっ? な、なんで?
プレゼントを選ぶ間、手は繋いだままって言ったのに……
わたし、気づかないうちに、何かまずいことでもやっちゃった?
不安に胸を侵食されていたら、柊二が「ちょっと座らない」と言ってきた。
見れば、通路に設置された座り心地のよさそうな椅子がある。
柊二は先に座り、自分の隣に座るよう歩佳を促してくる。
歩佳は彼の隣におずおずと座り込んだ。
「提案があるんだけど……」
「提案?」
「うん」
頷いた柊二は、一度大きく息を吸い込んだ。そして……
「週末、お互いに予定がない限り、一緒にどこかに行くってどうかな?」
「えっ?」
言われた言葉が、あまりに突拍子もなくて、頭に浸透してくれない。
理解に及べず、歩佳はぽかんと口を開けたまま柊二を見つめるばかりだった。
そんな歩佳を見て柊二は小首をかしげ、少し考え込むと、今度は言葉を選ぶようにゆっくりと口にし始めた。
「今日みたいに買い物してもいいし……家の近くをぶらぶら散歩するんでもいい……映画観に行ったりするんでも……とにかく会う。どう?」
ど、どうって?
「あ、あの……そ、それ……それって、どう……いう……?」
しどろもどろで口にしてしまう。
「俺がそうしたいからそうしませんかっていう提案」
「て、提案?」
意味もなく繰り返してしまい、歩佳は顔を赤らめた。
なんか、いまのわたしの反応って……かなりバカみたいなんじゃ?
「そう提案。もちろん断りたいのであれば断ってもいいけど……断らないでくれたら嬉しい」
柊二はとても真剣な目で口にしている。
その目を見つめ返し、歩佳は息を止めた。
どうしてそんな提案を?
もちろん柊二さんと会えるのは嬉しいことなんだけど……
だめだ。考えがまとまらない。
「……俺さ」
「は、はいっ!」
焦って返事をしたが、柊二は何か話したそうなのになかなか口にしない。
な、なんだろう? 今度は何が言いたいの?
「歩佳さんに……意識されてるって、思ってる。それって、うぬぼれかな?」
わ、わたしに意識されてる? うぬぼれ?
い、意識……意識……意識……
頭に熱が集まり過ぎてぼおっとしている気がする。思考がまとまらない。
「急ぎすぎたか……」
ぼそりと柊二が何か言った。目を泳がせていた歩佳は思わず柊二を見上げた。
「それで、何か欲しい物ある?」
えっと……欲しい物?
なんか、色々いっぱい言われて……週末に会うようにしようとか提案されて……
なんとか思考を整理しようとしていたら、柊二が歩佳の手をそっと触れてきた。
驚いたものの、その時になって歩佳は、自分が両手を揉み絞るようにしていたことに気づいた。
「赤くなってる」
柊二が、歩佳の手を見つめてぼそりと言う。
確かに赤くなっていた。両手を力任せに揉み絞っていたせいだろう。
「心に負荷がかかりすぎた?」
「負荷?」
彼が何を考えて、そんなことを言ってるのか、ぜんぜんわからない。
なのに、柊二の口の端が嬉しそうな形に弧を描く。
なっ、なんで嬉しそうなの?
「事態はいいとは言えないのに……ダメだ、にやけてきた」
にやけて? 事態はいいとは言えないって……なんのことなわけ?
「それで欲しい物は本当にないの? ないなら、適当に店を回って行こうと思うけど……」
柊二は歩佳の手を引くようにして立ち上がらせ、そしてゆっくり歩き出した。
彼は言葉にした通り、歩佳を連れて目についた店に入っては、品物を眺めていく。
そして、商品を指さしては、「これとかどう?」と、軽い感じで勧めてくる。
その度に歩佳は頷いたが、結局、それだけのやりとりで次の店に移動していった。
そしてやってきたのは靴屋だった。
靴か……アクセサリーや服なんかよりも、選びやすいかも。
「く、靴とか、いいかも」
柊二に話し掛けたら、彼は立ち止まって歩佳に顔を向けてきた。
「靴でいい? それとも靴がいい?」
「……そ、それって、同じじゃ?」
「違うな。靴でいいは、欲しいという気持ちが薄い。靴がいいは……」
「ああ、で、ですよね」
柊二の言いたいことが分かり、歩佳は慌てて頷いた。
いやだもおっ。わたしってば、もっと落ち着かなきゃ。
柊二さんの言葉に翻弄されっぱなしで……情けないったらないし。
わたしのほうが年上なのに……と、また思ってしまう。
「うん。で、どっち?」
軽い感じで問いかけられ、歩佳は柊二と目を合わせた。
「靴が、いいです」
はっきり答えたら……なんと柊二の手が、歩佳の頭に触れてきた。
どきんと心臓を高鳴らせた歩佳に、彼は「よくできました」と言う。そしてさらに、頭を撫でられる。
「も、もおっ。わたしは子どもじゃないです」
「知ってる」
くすくす笑いながら柊二が言い、文句を言った歩佳も、つい笑ってしまった。
そんな歩佳を見つめ、柊二はほっとした表情になる。
「よかった。笑ってくれた」
柊二さん……
「ご、ごめんなさい。わたし、こんな風に男の人とふたりきりで出かけるのって初めてで……凄く緊張しちゃってて……」
「それは強烈に伝わってきてる。……ねぇ、歩佳さん」
「は、はい」
「恭嗣さんとは、ふたりきりで出掛けたりはしてないの?」
「して……ますけど」
「ふーん」
彼が含みのある相槌を打ち、戸惑った歩佳だが、次の瞬間ハッと気づいた。
わ、わたしいま、男の人とふたりきりで出かけるのは初めてって言っちゃって。
つまり、それって、恭嗣さんと違って、柊二さんのことはそういう特別な目で見てるって告白しちゃったようなものじゃないかっ!
「嬉しがるべきか……」
柊二が呟くように何か言い、自分の失言にドキドキしてしまっていた歩佳は「えっ?」と叫び、彼と目を合わせた。
柊二さん、いま、何か言ったようだけど……なんて言ったの?
もおっ、わたしときたら、柊二さんの言葉を聞き逃してばかりだ。
「聞こえた?」
なぜか柊二は、試すように聞いてくる。
歩佳は首を横に振り、「なんて言ったんですか?」と尋ねた。
「なんでもない。よし、それじゃ靴でいいのかな?」
「あっ、はい」
なんか、しっかりはぐらかされちゃったけど……
歩佳はずっと繋いだままのふたりの手を見つめ、知らず笑みを浮かべていた。
つづく
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