シュガーポットに恋をひと粒



61 恐るべし



ああ、もうアパートが見えてきちゃった。

柊二と並んで歩きながら、アパートを目に入れて、もうお別れかと切なくなる。

歩佳はそんな自分に苦笑いしてしまった。

初めて柊二さんとふたりきりでお出かけして、手も繋いで……

心臓が壊れるんじゃないかってほどずっとドキドキしっぱなしだった。

誕生日プレゼントの靴も、彼に選んでもらったし。

けど、思っていたよりお高いのになっちゃったのよね。

本当のことを言うと、柊二さんに贈った靴と同じスニーカーがいいなぁと内心思ったりもしたんだけど……さすがにそれは口にできなかった。

それでも、素敵なパンプスを選んでもらえて、誕生日が楽しみではある。

わたし、毎日会社に履いて行っちゃいそう。それに、仕事の合間に何度も何度も眺めてしまいそうだわ。

歩佳は並んで歩いている柊二を、彼に気づかれないようにそっと見上げた。

ほんと、高校生には見えないな……

そんなことを思う歩佳の胸はきゅんと切なくなる。

ファーストフードで一緒にランチも食べたのよね。
無性に恥ずかしくて、なかなか喉を通らなかったけど。

支払いは割り勘にしたかったのだが、どうしても柊二が払うと言ってきかなくて……

いくらバイト代があるからといっても、学生の柊二に負担をかけるのは嫌だったのだが……

それなら今日だけと言われて了承した。
そして次からは割り勘という約束もした。

そうでないなら、週末に一緒に出かけられないって言ったら、柊二さんも渋々ながら納得してくれたのよね。

それにしても……
週末に予定がない限り、一緒にどこかに行くって提案もらったんだよね。

……あれは、白昼夢とかじゃないわよね?

時間が経ってくると……どうにも曖昧だ。

柊二さんからの連絡を待ってればいいかな?

歩きながらそんなことを考えていたら、アパートに帰り着いてしまった。

まだ三時半くらいだし、お茶でもどうですかって誘ってもいいかな?

そうだ、アパートに美晴はいるかな?
彼女がいないのなら、誘いづらい。

駐車場に美晴の車がないかと確認しようとして視線を向けてみたら、なんと恭嗣の車がある。

「あっ」

思わず声を上げたら、柊二が「どうしたの?」と尋ねてきた。

「恭嗣さんの車が」

そう伝えつつ美晴の車を探したら、こちらもちゃんとある。

「美晴もいるみたいだから……」

「うん。行ってみよう」

柊二は当たり前のように歩佳と手を繋ぎ、玄関に向かう。

ぽぽっと頬を染め、歩佳は手を引く彼に従った。

玄関ドアは大きく開いていて、恭嗣が立っているのが見えた。

「いま来たばかりみたいですね」

美晴ひとりだから、恭嗣は家に上がったりはしないだろう。

「恭嗣さん」

呼びかけたら、恭嗣が振り返ってきたのだが……

「ああ、帰ったか」

呑気な感じで返事をするも、なんと彼の左の頬が赤くなっている。

赤面しているとかではもちろんない、明らかに殴られた痕だ。

「どっ、どうしたんですか、それ?」

驚いて指をさして聞いてしまう。

そんな痣を作るなんて、いったい仕事で何があったのだ?

「まさか、凶暴犯と乱闘して負傷したんですか?」

矢継ぎ早に問い掛けたら、恭嗣が困ったように笑う。

な、なんなのその反応?

「実は美晴君に……」

「は、はい?」

「美晴に殴られたんですか?」

柊二が怪訝そうに問う。

そこで、ドアの中から美晴その人が飛び出てきた。

「美晴!」

彼女を見て驚く。

なんとも鬼の形相だ。

しかも、ふーっふーっと、収まらぬ怒りを立ち上らせておいでだった。

これはそうとうに激怒なさっている。

「なっ、何があったの?」

思わず問いかけたら、美晴は歩佳を見て、それから柊二を見る。

「なんでもないわっ!」

そう怒鳴った美晴は、キッとばかりに恭嗣を睨む。

「……すまない」

恭嗣が謝り、美晴は「すまないですめばお巡りさんはいらないわっ!」と怒鳴りつけた。

お巡りさんはいらないって……
恭嗣さんはお巡りさんなんだけど……

そんなことを思っていたら、隣の柊二が小さく噴いた。

「ちょっと柊二、あんた何を噴いてんのよっ!」

今度は柊二に八つ当たりだ。

「ねぇ、美晴。いったい、何がどうしたの?」

「どうしたもこうしたもないわっ!」

これほど美晴を激怒させるなんて……しかも美晴、大男の恭嗣さんを殴ったのよね?

この恭嗣を殴る女がいようとは……美晴恐るべし。





つづく




   
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