|
63 相棒認定
「お願い! 歩佳も一緒に行こうよぉ。あんたの分はわたしが払うからさ」
美晴は何度もお願いしてくる。
恭嗣とふたりきりで行きたくないのだろうが。
「美晴、それじゃあ、恭嗣さんに奢ってもらう意味ないよ」
「意味がないとかそういうことじゃないの! 歩佳、わかってんでしょ?」
まあ、わかってますけども。
「あんな高級なレストランに行くこと自体がわたしには無理なのに……あの恭嗣さんとふたりでなんて……うーーーっ、ダメダメダメ、無理無理無理無理」
美晴は凄い勢いで首を横に振る。
「無理じゃないって。あの恭嗣さんと一緒に行くんだから、巡査殿に任せておけばなんの問題もないと思うよ」
気楽に言ったら、この世の終わりのような眼差しを向けられる。
うっ!
「あ、あんた……わたしを見捨てるというの?」
うわーっ、なんか物凄い罪悪感に襲われるんですけどぉ。
「い、いや、見捨てるわけじゃ……でもほら、美晴、摩天楼のレストランのディナー食べたかったんでしょう?」
「それは夢の話っ! ならさ、歩佳は平気の平左で摩天楼に行けるっていうの?」
噛みつくように問いかけられ、うーむと考える。
確かに、さすがにあそこまで高級すぎるところだと、息が詰まるだろうな。
所詮わたしは、田舎出の小娘ですし、一皿一万円の料理を美味しく食べられるかというと……味わうことはできないかな。
「確かに、摩天楼はいきすぎかも。コースで五、六千円がいいとこかな?」
「でっしょう?」
美晴は勢いづいて言う。
「まったく、それもこれも柊二のせいよ。あいつが摩天楼なんて言い出さなきゃこんなことには」
「ちょ、ちょっと待ちなよ。柊二さんは悪くないでしょう? 彼は美晴が摩天楼で食べたいって夢を語ったことがあったから、あえて口にしてくれたんであって」
「何言ってんの。そんなんじゃないわよ。あいつは面白がって口にしたの!」
あ……まあ、それについては否定できないか。
「でも、美晴は恭嗣さんを困らせようとして、話に乗ったんでしょう?」
「そうだけど……まさか、あんなにあっさり頷くとは思わなかったんだもん」
「恭嗣さんを侮るなかれだよ。あのひとは、普通に考えて接しちゃダメ。かならず斜め上をいくお方なんだから」
たしなめるように言ったら、美晴は笑い出した。
「肝に銘じたよ」
そんな言葉にこちらまで笑ってしまう。すると美晴は、我に返ったように笑いを収め、渋い顔になる。
「もおっ、まだ問題解決してないんだよ。笑ってる場合じゃないってば」
「どうやって問題解決するの? 恭嗣さんに電話して『参りましたこのたびのことなかったことにしてください』って伝える?」
「な、なんでそんなにへりくだらなきゃならないのよ?」
「そのくらいへりくだらなないと、うんとは言わないと思うからだけど」
「くーっ、それはそれで悔しいんだけど」
「あっ、そうだ。なら、もうちょっとリーズナブルなレストランに変えてもらったら? それなら美晴も嫌じゃないんでしょう?」
「……まあ、それなら……でも、予約入れちゃったのに……」
「別にいいんじゃないかな。まだ予約したばかりだし……キャンセル料なんて取られないと思うけど」
「そ、そうかな。なら、歩佳、いますぐ恭嗣さんに電話して。早く早く」
美晴は必死にせっついてくる。
歩佳は携帯を取り出し電話をかけた。
恭嗣はすぐに出てくれた。
美晴がレストランの変更を強烈に望んでいると伝えたら、拍子抜けするほどあっさり了承してくれた。
「美晴、いいって」
美晴は安堵したようで床にしゃがみ込んだ。
「あんたも一緒ってことにしてよ。あんたのぶんはわたしが払うからって伝えて」
「わたしはいいよ」
「わたしがよくない!」
床にしゃがみ込んだまま、両手を振り上げて叫ぶ。
どうやら、絶対に譲る気はないようだ。
「恭嗣さん、聞こえました?」
「ああ。それなら、ラーメン屋になるが、それでいいかと聞いてくれ」
「ラ、ラーメン屋?」
一気に下げたな。これもまた美晴の反応を愉快がっての問いなんだろうけど。
「いい、いい、それでいい」
恭嗣の言葉は美晴の耳に届いたらしい。
美晴ってば……
摩天楼のレストランに行けるはずが、ラーメン屋になっちゃって、多少なりともがっかりしたんじゃないかと思ったのに、ずいぶん嬉しそうだ。
恭嗣さんとしては、美晴が怒り返すだろうと予想して言ったに違いないのに。
「ラーメン屋でいいそうです」
「なんだ、謝罪がずいぶん安く上がったな」
恭嗣はつまらなそうに言う。やっぱり、美晴とバトれると思っていたようだ。
「ならば、柊二たちもつれていってやろう」
「えっ、柊二さんたちも? いいんですか?」
「五人になったところで、ラーメン屋ならば、摩天楼のレストランの一皿分にもならないだろう」
「確かに……それにしても、恭嗣さん摩天楼に行ったことあるんですか?」
そのことがびっくりだけど。
「いや、ネットで見た情報しかしらないな」
「それで、本気で行こうとしてたんですか?」
「行ったことのないところだったから、面白そうだと思ったんだ。……だが、相棒が拒否るのではどうしようもない」
相棒?
その言葉に、笑いが込み上げる。
恭嗣さん、美晴のこと、相棒認定なんだ?
いいかもぉ。凸凹コンビは相棒同士♪
「歩佳、何をにやにやしてんのよ? 恭嗣さん、何か面白いことでも言ったの? まさか、またわたしのことを、ちびっこって言ったんじゃないわよね‼」
「ううん。美晴のこと、相棒だって」
「あ、相棒?」
「では、柊二君たちは私が誘っておこう。君らは予定通り六時に迎えに行く。ではな」
簡潔に伝え、恭嗣は電話を切った。
美晴はほっとしているが、ひとのことながら、摩天楼を蹴ったのはかなりもったいなかったんじゃないかなぁ。
それにしても、柊二さんたち一緒に行くのかな?
もし、一緒に行くなら、また柊二さんに会えるんだ。
口元がどうにも緩む歩佳だった。
六時ぴったりに恭嗣は迎えに来てくれた。
柊二と宮平も一緒だ。宮平が助手席に乗っていて、美晴と歩佳で柊二を挟んで乗り込んだ。
「美晴、摩天楼はよかったのか?」
顔を合せてすぐ、柊二は美晴をからかう。
「わたしが摩天楼を諦めたからこそ、あんたたちもラーメンを奢ってもらえることになったんだから、このわたしに感謝しなさいよっ」
美晴ときたら、居丈高に言う。
「何言ってんだ。奢ってくれるのは恭嗣さんだし、美晴はあそこが高級すぎてびびっていけなかっただけだろうが」
まったくもって柊二さんのおしゃる通りだが、弟に事実を指摘されて美晴はぐうの音も出なくなっている。
「柊二さん」
それ以上、美晴を刺激しないように、歩佳はたしなめるように柊二に呼びかけた。
「ごめん。わかった」
苦笑しつつ柊二は言う。
そんな彼の表情は魅力的で、どうにも胸がきゅんとする。
「僕は感謝してますよ。思いがけず、このメンバーでラーメンを食べられるなんて嬉しいです」
そう言ったのは宮平だ。
「ラーメンでか?」
恭嗣が愉快そうに宮平に聞き返す。すると宮平は素直に頷く。
「はい。ますます絆が深まっていくようで……こういう経験これまでなかったんで、最高です。おまけに次の週末、歩佳さんと国見さんのご実家にお邪魔させていただけるとは……歩佳さんの誕生日会は賑やかになりそうですね。田舎の家に泊まれるなんて、楽しみで仕方ありません」
宮平はかなりの興奮ぶりだ。
すると、美晴が急に噴き出した。
「美晴?」
「いや、絆って言葉がさ……確かに、このメンバーでどんどん絆が深まってく感じするなと思って……妙に可笑しくなっちゃって」
「絆か」
柊二までも感慨深そうに口にする。
「ひとの繋がりというのは理屈ではないからな。私も、君らと絆を深められて嬉しく思うぞ」
なんだかよくわからないけど、みんな嬉しそうだ。もちろん歩佳だって、この五人で絆を深められたら、嬉しいし楽しいなと思う。
ひとの繫がりは理屈ではないか?
美晴に恭嗣さんに宮平君……三人がいてくれるから、私は柊二さんとお近づきになれたんだよね。
歩佳は心の内で三人に感謝した。
つづく
|