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第9話 聞きたい答え
「ふあぁあっ」
美晴がずいぶんと眠たそうな欠伸をした。
「もう眠たい?」
そう声をかけたら、「なんの、まだ頑張る!」なんて返事をする。
歩佳は勢いよく噴き出してしまった。
それぞれベッドと布団に寝転がり、就寝前に、おしゃべりに花を咲かせているところ。
おしゃべりのほとんどは、お互いの仕事のことだ。
職種は違うけど、うまくいったりいかなかったり、先輩の苦言をもらい落ち込んだり、ちょっと褒められていい気になったり、そういうことは変わらない。
美晴と話していると、不思議と心の整理ができてすっきりするのだ。
美晴もまた、歩佳と同じ気持ちなのが伝わってくる。
「美晴、仕事で疲れてるんなら、寝ないと。明日、楽しく遊べなくなるよ」
「大丈夫。まだまだ若っかいも〜ん。明日の朝は、すっきり爽やかな顔して起きるってぇ」
「本当にぃ?」
疑わしげに聞いたら、ベッドから足が勢いよく飛び出てきて、びっくりする。
「もうっ、美晴!」
「へへへっ! だって、楽しくてさ。歩佳が、ひさしぶりに泊まりに来てくれたから……」
うん?
言葉の途中で美晴が不自然に黙り込んでしまい、歩佳は頭を持ち上げて、ベッドの上の美晴に視線をやった。
「美晴? 眠っちゃったの?」
話しながら寝てしまったのかと思ったら、そうではなかった。
美晴はベッドの端っこまでにじり寄ってきて、「なわけないよ!」と、ワザと声を荒げる。
「眠そうだったし、黙り込んだから寝ちゃったかなって」
「こんなわたしでも、色々と考えることはあるわけよ」
その言葉に首を捻ってしまう。
「話の途中で、急に考え込んでしまうほど、深刻な悩みがあるってこと?」
「まあ、いや……深刻なんてことじゃないんだけど……」
「深刻じゃないけど、悩みがあるんだ?」
「うーん……家を建て直してる間の事とか考えると、まあ、色々とね」
美晴は伯母さんの家にお世話になるってことだったけど……
もしや、気を使って生活しなければならないとかで、精神的負担になってるのかな?
あっ、そうだ。柊二さんは家を建て直している間、どこで暮らすのか気になってて……
「わたしさ、歩佳のところにお世話になりたいなーとか、かなり本気で迷ってるんだ。ねぇ、本当にお世話になっちゃってもいい?」
「えっ? ほんとに?」
美晴と一緒に暮らせたら、もちろん自分は嬉しい。
「いいよ、大歓迎だし! うちにおいでよ」
「そう? なら、両親に話して、了解取ってみるかな」
「うん♪ ……そっかぁ、数か月とはいえ、一緒に暮らせるんだねぇ」
そういうことなら、さっそく部屋を片付けないと。あれこれ物が置いてあるから……
「ねぇ、引っ越してくるのはいつのことになるの?」
「二週間後くらい。家が建つのに半年近くかかるそうだから、お正月もお世話になることになるけど……歩佳は、いつも実家に帰ってるもんね。わたし、家主がいなくても、いてもいい?」
「もちろん」
そう即答したものの、もっといいことを思いついた歩佳は、「美晴!」と叫んで布団から起き上がり、勢い込んで口を開いた。
「ねぇ、いっそのこと、わたしと一緒に実家でお正月を過ごさない?」
これまではそれぞれの家族と過ごしてきた。けど、今回美晴は家族バラバラで暮らしてるのだ。
いくら滞在先が親戚とはいえ、やはり余所様の家だ。家族全員集まって一緒に過ごすのはさすがに無理だろう。
「そんな、いくらなんでも、お正月にお邪魔するのは」
「大丈夫よ。うちのお母さん、美晴のこと大好きだもん。遠いけど、美晴ちゃんがもっと遊びに来てくれたらいいのにって、実家に帰るたびに言われてるもん」
「へーっ。嬉しいじゃんかぁ」
嬉しさを滲ませてにやにやしている美晴を見て、こっちまで嬉しくなる。
……お正月、柊二さんは、どうするんだろう?
「あ、あのさ」
「うん?」
「柊二さんは、どうするの?」
「柊二? ああ、友達のアパートに身を寄せるんだって」
「友達のところ?」
「うん。実家が遠くて、独り暮らししてる子がいるの。それがさぁ」
柊二の話題になり、ドキドキしてくる。
「変わった子なんだよ」
「変わった子?」
な、なんだ……柊二さんの話かと思ってたのに、柊二さんの友達のことか……
歩佳は肩を落としたが、美晴は気づかず、話を続ける。
「うん、神っぽいの」
「は、はいっ? カミッポイ……って?」
言葉が理解できずにカタカナ変換で口にしたら、美晴が「あはは」と笑う。
「神だよ。神様の神」
「か、神? 神っぽいって……あの、一体全体どういうことなの?」
「本人に会えばわかるよ。逆に言えば、会わないことにはわかんないだろうねぇ」
「なにそれ?」
「とにかく、その子のところに厄介になることになったの。家賃として一万円払って、掃除洗濯なんかを、柊二が引き受けるんだって。ご飯は、その子が作ってくれるってことらしいよ。柊二は料理のほうは、からきし駄目だからね」
「へーっ。高校生の男の子なのに……その、神様みたいな子は、ご飯が作れちゃうの?」
感心しつつ言ったら、美晴が「ぷふっ」と軽く噴く。
「神様みたいな子って……」
「だ、だって、神っぽいって……美晴が言ったんじゃない」
「ぽいだよ、ぽい。みたいじゃないの。まあ……口にしてるわたしも、よくわかんないけど……その子と数回会ってさぁ……なんか、ちょっと怖いかな」
「怖い?」
神っぽくて、怖いって……どういう子なんだろう?
「うん。じっと見つめられると、心の中を見透かされる感じがしちゃってさ……わたしより三つも年下なうえに、ちびのくせにって、ちょっとイラっとさせられる」
「まさか、その子、美晴より……その……小さいの?」
「……」
美晴が黙り込んだ。
これは、言葉の選択を間違えたか?
食らっている眼差しに、ちょっと気まずくなり、そーっと視線をそらす。
「……男の子にしてはちびだもん」
「美晴、その子に何か気に障るようなことでも言われたの?」
「そういうことじゃないけどさぁ……見下されてるってわけじゃないんだけど……それに近い雰囲気あるっていうか……」
「ふーん。それなら柊二さんと同じね。柊二さんも美晴のこと……」
「いやいや、あれでいて、柊二はわたしのことをちゃんと年上として見てるよ」
「へーっ」
「ふぁーっ。あー、どうしたんだろう。なんか急に眠くなってきた。そろそろ、寝る?」
「うん。……あ、あのさ……もうすぐ柊二さん誕生日だよね?」
寝ることになりそうで、焦った歩佳は、柊二の話題を持ち出した。
「ほえっ。なんで知ってるの?」
驚かれ、ついドギマギしてしまう。
知っているのは、以前、美晴に聞いたからなのに……
美晴は歩佳に話したことを忘れてしまっているらしい。
美晴が教えてくれたよと言おうとして、取りやめた。
友達の弟の誕生日をしっかり覚えてるなんて……相手を強く意識してることがバレバレだ。
こんなことで、美晴に訝しがられたら非常に困る。
「その……今日、柊二さんに迎えにきてもらったとき、柊二さんが、もうすぐ誕生日だから運転免許証が取れるって、話を聞いたの……」
「ああ。あいつ、歩佳にも話したんだ。そうなんだよ。あの子、教習所に通うのを、すっごい待ち遠しがってるんだよね」
その言葉に、歩佳は思わず笑みを浮かべてしまう。
「わたしが免許取って、マイカーも手に入れたもんだから、羨ましいみたいだよ。ところで、歩佳のほうは? 免許、まだ取らせてもらえそうにないの?」
「うん。いまのところ、可能性ゼロ!」
美晴が自動車教習所に通うことになった時、自分も一緒に通いたくて、両親に免許を取りたいと頼んだら、大反対されてしまったのだ。
いまの感じだと、一生取らせてもらえそうにない。
うちの親、すっごい心配症なんだよねぇ。
田舎暮らしなためか、都会は危険なところだと思い込んでるし。
ひとり暮らしさせてもらえたことが、奇跡と言いたくなるくらい。
これも、恭嗣さんが味方についてくれて、両親を説き伏せてくれたからこそなんだよね。
だから、あのお方を、そうそう粗末にできないわけで……
恭嗣さんが免許の必要性を説いてくれれば、免許取得も夢じゃなくなるんだけど……
免許に関しては、恭嗣さんが率先して反対してて、どうにも味方についてくれそうにない。
「車があると便利なのにねぇ」
「だよね。やっぱり、両親に内緒で取っちゃおうかな」
「それはダメ!」
「美晴?」
「まずは、恭嗣さんを味方にしなよ。それがいいって」
「うーん」
それがもっとも難しそうなんだけどなぁ。
「何、ダメっぽいの?」
そう口にする美晴は、すでにかなり眠そうだ。ちょっと呂律が怪しい。
「うん。ダメだろうね。それで、話を戻すけど、柊二さんに何をあげるの?」
「……あげるぅ?」
すでに眠りの森に片足を突っ込んだようで、美晴は鸚鵡返しに言う。
「誕生日のプレゼント。柊二さんから、何かねだられたりした?」
「ああ……ねだられたなぁ」
いまにも眠りに落ちそうな相手から、歩佳は必死になって聞きたい答えを引き出そうと頑張ったのだが……
結局、答えを聞き出す前に、美晴は熟睡してしまった。
「あー、残念」
気落ちした歩佳は、暗い天井を見上げ、小さな声で呟いたのだった。
つづく
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