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第1話 望まぬ占い
「いいよなぁ。ああいう特技があるとさ」
羨ましげなその言葉には、活字を目で追うのに集中していたもので気づけなかったが、「おい、逢坂」といういささか乱暴な呼びかけとともに背中を叩かれ、逢坂柊二は顔を上げた。
「人が話しかけてんだぞ。ちゃんと聞いとけよ」
むっとした顔で身勝手な言葉を吐くこいつは、柊二の友人である根木和友である。
「なんだ?」
そう聞いたら、和友は呆れた表情で柊二を見てくる。
「お前の耳は飾り物か?」
さげすんだように言われ、柊二はため息をついた。
和友というこの男は、残念なことに投げた言葉のボールを傲慢というバットで思い切り打ち返す。つまり、会話が心地よく進むということがないのだ。
友人というよりおおいに世話の焼けるダチである。
「和友、御託はいいから言いたいことを言え」
脱線しかけている会話の進行を軌道修正し、先に進めようというつもりで問い掛けたのだが、和友の機嫌を損ねたようだ。
「御託だ? お前の耳が飾り物だという言葉が、なんで御託なんだよ?」
俺に取っては御託だ。と心の中で思うにとどめ、柊二は「いいから、何か言いたいことがあったんじゃないのか?」と柔和に尋ねた。
感情に煽られるまま和友と言い合っても、得るものはない。いや、それどころか失うものが増えるばかりだ。
柔和に尋ねたのが功を奏し、和友は視線を余所に回した。
視線の先を追うと、女子が一塊になって楽しそうに騒いでいる。
その中心にいるのは彼らの友人である宮平偕成だ。
偕成は、女子に頼まれてタロット占いをしているのだ。
先に帰ってもよかったのだが、別段急いで帰る必要もないから、占いが終わるまで待つことにした。
和友とふたりきりで帰るというのも、躊躇われるしな……
和友の扱いは偕成の方がうまい。
饒舌すぎる和友は、どちらかといえば寡黙なたちである柊二には荷が重い。
偕成もよくしゃべるが、あいつは傲慢バットは持っていないからな。
それどころか、偕成の話は怖いほど為になる。
タロット占いもよく当たるらしい。
「女子って、ほんと占い好きだよなぁ」
偕成を囲っている女子に聞こえないように配慮してか、和友は呟くように言う。
「お前も好きじゃないか。昼に占ってもらったろ?」
そう言ったら、和友は渋い顔を見せる。
「どうした?」
「どうしたって……お前、俺が占ってもらってるの見てただろ?」
「見てはいたが……」
あの時も、この本を読んでいたからな。ところどころ拾い聞きはしたが……
こいつが占ってもらうのは、いつだって恋愛運だ。
「なんだ、占いの結果が良くなかったのか?」
それもいつものことだと思うのだが……
「良くなかったってか……なんか今回引っかかってさ」
「引っかかるとは?」
「悪い結果が出たもんだから……言葉を濁されたみたいな……気がした」
「ふーん」
「けどな。俺、今回自信あるんだ」
「自信?」
「ああ。実はな、毎朝通学途中で目の合う子がいてな」
「そうなのか?」
「それが、めっちゃ可愛い子なんだ。で、俺のことを意識してるのがもうバレバレなんだよ」
それから和友は、そのめっちゃ可愛いという子について延々としゃべり始めた。
別に返事は望まれていないようなので、適当に相槌を打っておく。
そうこうしていたら、占いが終わったのか女子の群れは解散し、偕成が彼らのところに戻ってきた。
「お待たせぇ。帰ろうか」
「なんだよなんだよ。宮平、お前エネルギー満タンって顔しやがって」
「まあね。今回の占い、収穫が多かったからね」
収穫?
「占いしてやって、収穫ってなんだよ?」
和友が首を傾げて偕成に問いかける。
「占いのコツが、またひとつ掴めたって感じでさ」
「占いにコツがあるのか? もしかして、そのコツを掴めたら、俺にもタロット占いできんのか?」
和友は期待満々で偕成に尋ねるも、「君は無理」と即座に否定された。
「はあ? なんで無理なんだよ?」
「和友君は煩悩が強いからだよ。ああ、でもそれは君にとって悪いことじゃないからね」
偕成は爽やかな笑顔で告げる。
妙に笑いが込み上げてきてしまい、柊二はふたりに悟られぬように顔を逸らして笑いを堪えた。
「煩悩が強いだ?」
和友はむっとして聞き返す。
「だから、悪口じゃないって。煩悩あっての君だからね」
にっこり微笑まれ、ムカついていたはずの和友は気が抜けたように表情を変えた。
「意味わかんね」
「わからなくていいんだよ。ところでさ」
偕成は柊二に向き、何か言いたそうな眼差しを向けてくる。
「なに?」
「占ってあげようか?」
「俺はいい」
「なんでだよ。せっかく占ってやるって言ってんだから占ってもらえよ」
なぜか和友は喧嘩腰で勧めてくる。
「占いに興味はない。占ってほしいこともないしな」
そう言ったら偕成はちょっと考え込み、また口を開いた。
「なら、言い換えるよ。柊二君、占わせてよ」
占いをごり押ししてくるなんて、なんでだ?
「なんで?」
「なんでって……ただ占いたくてムズムズするんだよぉ。これは絶対……」
興奮した様子でしゃべっていた偕成が、急に口を閉じた。
「占いたくてムズムズするって、なんだよそれぇ。おっかしなやつぅ。ずっとおかしなやつだと思ってたけどよ、やっぱお前って変な奴な」
言いたい放題の和友の言葉を耳に入れているのかいないのか、偕成はポケットに手を突っ込み、タロットカードを取り出した。
断ったというのに、どうあっても占うつもりらしい。
もう何を言っても無駄なようだと悟り、柊二は椅子に座り込んでタロットを器用な手つきで切る偕成を見つめたのだった。
「なんで結果を言わないんだよ?」
駅に向かって歩きながら、和友は唇を突き出して偕成に聞く。
その言葉を口にするべきは俺だと思うんだが……
実は偕成は、柊二について占っておいて、その結果を口にしなかったのだ。
そのときは、偕成らしいと思ってスルーしたのだが……だんだん気になって仕方なくなってきた。
偕成は、いったい柊二の何について占い、どんな結果が出たというのか?
結果を口にしないのは、そうとう悪かったからなのか?
だが、何を占っての結果なんだ?
「だから言ったでしょ、結果を伝えるために占ったんじゃないって」
「なら、本人の柊二が結果を教えろって言えば、教えるのか?」
「……柊二君、どうなの?」
偕成から問いを振られ、柊二はなんと返事をすればいいのか困った。
「……何について占ったのか、聞かせてくれ。そいつが気になる」
「ははぁ」
偕成は楽しそうにこくこくと頭を上下に振る。
「だよな。まずはそれを聞かな……」
和友はそう言いつつ、きょろきょろと辺りを見回している。
「どうした、和友?」
「あん? いいや、別に……いいんだけどよ」
返事にならない返事をしながらも、和友は辺りを見回し続けている。
すると、偕成は柊二の腕を掴んで引っ張る。
夕方近い駅の構内は他校の学生たちも大勢いて、偕成に引っ張られるまま移動してしまい、和友とはぐれてしまった。
どちらにしろ、この駅からは三人とも違う電車に乗るのでバラバラになるのだが。
「偕成、いったいどうしたんだ?」
「ちょっと色々あってさ……それより柊二君、占いについてだけどさ」
「あ……ああ」
「君はもうすぐ恋を知るよ」
「はあ?」
恋を知る?
訝しく思いつつ偕成を見る。
「偕成、お前何を言ってんだ?」
「何を言ってんだろうねぇ」
偕成ははぐらかすようにくすくす笑う。
「偕成?」
「まあ、そういう結果が出たってことで、心に止めときなよ」
偕成はそういうが、こちらはもどかしい。
別に占ってほしかったわけじゃない。なのに、恋を知るだなんて結果を突きつけられて、いらだちを感じてしまう。
「俺、恋愛なんかに興味ないんだよな」
「だよね」
「だよねって……恋を知る気もしないし」
「うん、だろうね」
「偕成! 俺を苛立たせたいのか?」
「そんなつもりないよ。僕は……ああ……まあ、押し付けだったかもしれないね。やっぱり君に言うことじゃなかった」
そう言われて、柊二は顔が赤らみそうになった。
そうだった。偕成は占った結果を口にしようとしなかったのに……俺が妙に気になってきて、何について占ったのかこちらから聞いてしまったんだった。けど……
「なんで占ったんだよ?」
「僕にもわからないよ。……しいて言えば……高揚感かな」
まったく、また意味の分からないことを……
「なんだ高揚感って?」
「うーん……未来の君の?」
未来の俺?
「ますます訳がわからないんだけど」
「実は僕もだよ」
困ったような表情の偕成に、納得はできないながらも、もう柊二は口にする言葉が見つけられなかった。
つづく
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