シュガーポットに恋をひと粒


柊二編



3 遅れて感謝



「和友のやつ、どうしたんだろうな?」

柊二は、偕成に小声で話し掛けた。

いったい何があったのか、和友は学校に来た初めから、口も利かずにぶすっとしっぱなしなのだ。

昼飯は一緒に食ったのだが、食い終わったら早々に自分の机に戻ってしまった。

いつもは休み時間が終わるギリギリまで、しゃべり通しなのだが。

でも、時折目が合うんだよな。どうも俺のことが気にくわないようだ。

だけど、和友に何をした覚えもない。昨日は、駅ではぐれてそれきりで、メールや電話もしてないしな……

「気にすることないよ」

自分の机に突っ伏している和友を見つめて思案していたら、偕成がそう声を掛けてきた。

視線を偕成に向けてみると、彼は真剣な眼差しで手にしたタロットを一枚一枚じっくりと眺めている。

「またなんか占ってるのか? あっ、そうだ、偕成。和友がなんで機嫌を損ねてるのか、占ってみてくれよ」

「そんなことは占えないし……占う気もないよ。意味がないからね」

「そうかもしれないが……。なら、偕成が占うのは、意味のあるものだけってことか?」

そう尋ねたら、偕成が柊二を見つめてきた。

「残念ながらそうでもないな。……そうだな、今回の和友に関しては、個人的に必要がないと思っているから、と言った方がいいかな」

「なら、昨日、俺のことを占いたがったのは、占いが必要だと思ったからってことか?」

「……必要かどうかじゃなく、あれは僕が占いたかったのさ」

「なんで?」

「そうしたいという思いを抱いたことに対して、なんでと問われても答えようがないよ」

それはそうか……

にしても、恋をするとか……いや、恋を知る……だったか……あんなこと言われてしまっては、どうしたって気になってくるもんなんだよな。

「暗示をかけないでくれよ」

顔をしかめて抗議するように言ったら、偕成は「暗示?」と口にして、笑いを堪える。

「あのな、あんなことを言われたら、これまでそんなこと意識したこともなかったのに……妙に気になってくるに決まってるだろ」

「うーん」

偕成は何やら考え込む。そして、「だってさ、応援したいんだって」と言う。

「応援だ?」

訝しく思いつつ言葉を繰り返したら、机の上になにやら桃色のものがひらりと落ちてきた。

なんだ、手紙?

そう確認し、顔を上げてみたら、自分の机に突っ伏していたはずの和友が背後に立っていた。

「和友?」

「渡したからな」

ぶっきら棒に言い捨て、和友はまた自分の机に戻ってしまった。

柊二は眉をひそめ、和友が持ってきた封書に目をやった。

すると偕成が、封書を指に摘まんで取り上げた。

「どうやら、ラブレターのようだね」

「はあ?」

和友が俺にラブレター?

「なわけねぇだろ!」

顔を歪めて声を荒らげたら、「違う違う」と笑いながら偕成が手を振る。

「渡してくれって頼まれたんだろうね。しかも、これを柊二君に渡してくれと頼んだ相手は、和友君が誤解をして有頂天になっていた相手のようだ」

「誤解? 有頂天ってどういうことだ?」

「とにかく、これは君に渡すよりないか」

指でつまんだ封筒を見つめ、なぜか偕成は渋るように言う。

「いらねぇ」

そっけなく言い、柊二は読みかけの本を取り出して開いた。

恋を知るなんて言われた直後ということもある。ラブレターだと言われた代物に目を通す気にはなれない。

「まあ、読む読まないは君の自由だ。……柊二君、ほんとに読まないんだね?」

偕成は確認を取るように聞いてくる。

「ああ」

厄介ごととしか思えない。

「了解」

そう答えた偕成は、その手紙を自分のポケットに仕舞い込み、なにやら意味深な目をして柊二に顔を寄せてきた。

「今度の金曜日、僕ところに泊まりに来ないかい? 和友君のことについて、僕なりの見解を話してあげるよ。」

その申し出を、柊二は即座に受け入れた。





「ますます険悪になったな」

校門を走り抜けていく和友の背中を見つめ、柊二はそんな呟きを漏らしてため息をついた。

渡された手紙を読まなかったこと……というか、まったく興味を持たなかったことに、和友は激怒したらしい。

勝手に頼みを引き受け、受け取らなかったからといって俺に腹を立てるってのは、違うんじゃないかと思うんだが。

「気にすることないよ。そのうち機嫌を直すから」

隣にいる偕成が取り成すように言う。

柊二は偕成に向き、頷いてから「それじゃな」と声を掛けた。偕成は自転車なので、ここで別れることになる。

「駅まで付き合うよ」

そう言って、偕成は先に歩き出した。

「自転車は?」

「今日は電車で帰ることにする」

「どうして?」

「その方がよさそうだからだよ」

「……まさか、何かあるってのか?」

訝しく思いながら聞いたら、「かもね」なんて返事をする。

まあいいか。
電車で帰ろうが自転車で帰ろうが、偕成の自由だ。

駅までは五分ほど、改札口に向かっていたら、他校の制服を着た女子が三人、柊二と偕成に駆け寄ってきた。

知り合いでもなく、まったくの初対面だ。

「読んでくださったんですね?」

ロングヘアの子が、柊二と目を合わせて言う。

読んで……というと……あの手紙か?

「読んでませんよ」

どう対処していいものかわからずにいたら、偕成が横合いから言ってくれた。

ロングヘアの子は眉を寄せて偕成を見てから、柊二に視線を戻してきた。

その顔には、どうしてか納得という表情を浮かべている。

すると彼女は、ずいぶんと仕方なさそうな笑みを浮かべ、口を開いた。

「実は、あなたといつも一緒にいる方に、手紙を渡して欲しいとお願いしたんですけど……渡して下さらなかったんですね」

「ううん、彼はちゃんと渡したよ。けど、受け取らなかったんだ」

今度も偕成が返答を引き受けてくれた。

相手の女の子がひどくいぶかしそうに偕成を見つめる様に、柊二は笑いそうになった。

「……そうなんですか。ああ、手紙を渡した相手が、わたしだってわからなかったからですね。あの方、ちゃんと説明してくださらなかったのね」

自分勝手な考えで納得している様子に、イラッときた。

美人の類だが、自己顕示欲が鼻につくほど強すぎるようだ。

自分自身に根拠のない自信を持っているタイプか……

まさかこの子が、俺が恋をするという相手じゃないよな?

なんてことが頭のすみをかすめ、柊二は即座に否定した。

この子には、これっぽっちもときめかない。それどころか……心底うざい。

こんな風に関わっているのも嫌になってきた。

「偕成、あの手紙は?」

そう尋ねたら、偕成はポケットを探って手紙を取り出した。それを受け取り、柊二は相手に差し出した。

すると彼女は、差し出された手紙を驚き顔で見つめる。

こんな事態は毛ほども想定していなかったようだ。

さっさと手に取ってくれればいいのに、手を出そうともしない。

柊二は彼女の隣にいる子に手紙を受け取ってもらい、その場を後にした。

改札を抜け、ホームに向かう。

「根に持たないといいけどねぇ」

偕成が苦笑しつつ言ってくる。柊二は顔をしかめた。

「嫌なこと言うなよ」

「けど、そうなりそうだよ」

「断言するのか? やめてくれよ」

「そう言われても。柊二君のビジュアルがよすぎるせいなんだから、受け入れるしかないね。わかってないようだけど、君にひそかに思いを寄せてる子はいっぱいいるんだよ」

楽しそうに冗談めかして言う偕成を、柊二は睨みつけた。

「からかうなよ」

偕成ときたら、なんなんだ。昨日からその手の話題ばかり……

「からかってないよ。事実だよ。君はその事実をちゃんと知っておく必要があると思って、あえて言いました」

バカバカしい。

話を続ける気にならず、柊二は「じゃなあ」と手を振り、やってきた電車に乗り込んだ。ドアが閉まり、ホームにいる偕成は手を振ってくる。

そこで、ふと思う。

偕成のやつ、自転車で帰らずに駅まで俺についてきたのは……あの女子の登場を予見していたからじゃないのか?

偕成がついてきてくれて、すっげぇ助かったよな。ひとりで相手をしなきゃならなかったとしたら……

想像するだけでげんなりし、柊二は偕成に遅れて感謝の念を抱いたのだった。





つづく



   
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