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5 恋はやっかい
「柊二君」
窓際の席に片膝を立てて座り、校庭を眺めていた柊二は、呼びかけとともに肩を叩かれて我に返った。
叩いてきたのは偕成だ。
「なんだ?」
「いい男は何をやっても絵になるねぇ。それしにても、夕暮れの空を眺めてメランコリックになっているのかい?」
メランコリックだ?
「何言ってんだ」
「恋わずらい、とまでは言わないよ。けど、近いでしょう?」
「まったく近くないな!」
「そう?」
「ああ。帰るぞ」
ぶっきら棒に答えて柊二は立ち上がった。
偕成が日直で、その仕事が終わるのを待っていたのだ。
今日は偕成のアパートに泊まらせてもらうつもりでいる。
そろそろ歩佳さんが、俺ん家に泊まりに来るかもしれないんだよな。
だいたい二カ月に一度くらいの割合で、彼女は泊まりにやって来るからな。
歩佳に会いたい気持ちと会いたくない気持ちがせめぎ合う。
彼女が泊まりにきても、柊二が歩佳と話すチャンスなどないのだ。
夕食は姉貴の部屋で食ってるし、たまたま部屋から出て来た彼女と鉢合わせたことがあるくらい。
結局、彼女が逢坂家にいる間、柊二は落ち着きなく時間を過ごす羽目になる。
それが耐えられない。
だから、彼女がやってきそうだと思うと、偕成のところに泊まらせてもらうようにしているのだ。が……
なんなんだろうな? 俺の勘ときたら、外れっぱなしなんだよな。
「アタックすればいいのに」
うん?
こいつ、いまなんてった?
偕成に振り返り、「なんだって?」と聞き返す。
「アタックすればいいのにって言ったんだよ」
少々焦る。
歩佳さんのことは、偕成にはいっさい話してないってのに……
「わけがわからないな。俺にそんな相手はいない」
「そうですかねぇ」
「本人がいないと言ってるんだぞ」
「素直じゃないねぇ」
「……素直な性格じゃないことは認めるけどな」
シニカルな笑みとともに答えたら、偕成が派手に噴く。
それにしても、アタックとか、できるわけねぇだろ。
「できるよ。柊二君次第だよ」
は?
「俺いま、口にしてないよな?」
「否定感が、バリバリ表情に出てるよ」
柊二は無言で偕成を見つめ返した。
「普通は、そんな風に人の表情を的確に読めないぞ」
「そんなことないよ。相手をちゃんと見ていれば、伝わってくるもんだよ」
こともなげに言うと、偕成は通学鞄を手に取り、教室を出ていく。柊二はため息をつき、偕成の後を追った。
昇降口から出ると、冷たい風が吹き付けてくる。柊二はマフラーで顔を覆った。
「もうすぐ冬休みだね」
「だな」
そしてクリスマスも目前だ。
歩佳さんは、どこで誰と、どんなイブを過ごすんだろうな?
けど、歩佳さんに彼氏なんていないはずだ。
俺は安心してていいよな?
偕成の自転車に荷物を積み、柊二が自転車を押して歩く。
近道を使えば、十五分もあればアパートにつける。
夕飯は偕成が作ってくれるので、柊二は掃除機をかけ、食後の片付けを引き受けるようにしている。
偕成のところに泊まらせてもらうことで、これまでやったことのない家事をやるようになったんだよな。
このまま経験を積んでいけば、大学進学とともに一人暮らしもできそうだ。
だが、まだ高一。
大学受験なんてずっと先の話だ。
将来の希望もまだ曖昧だし、大学も決めていない。
偕成が風呂に入り、ひとりになった柊二はそわそわし始めた。
歩佳さん、泊まりにきたのかな?
いや、きっと来てないよな。これまでだって外れてばっかだったし……けど、もしかすると来てるかもしれない。
もし来ていたとしたら、わずかでも会える機会を逃したことに、気持ちが落ち込む。
なんていうか、俺、最悪だな。
けどさ……歩佳さんもまんざらでもない気がするんだよな。
俺と話してるとき、恥ずかしそうに頬を染めるし……あれは俺を異性として意識してるってことじゃないのか?
……だからなんだってんだ?
告白して、付き合えるようになるとでも?
現実味がない。
いまの関係を、ぶっ壊すだけな気がする。
けど、偕成はアタックすればいいのにと言った。
その気になりそうになり、柊二は強く首を振った。
いや、あり得ないな。異性と付き合うとか、俺には無理だ。それがたとえ、歩佳さんであってもだ。
そんな風に思いつつも、柊二は無意識に携帯を取り出していた。
我慢出来ず、姉の携帯に電話してしまう。
「柊二、なあにぃ」
能天気な姉の声にほっとした。
この反応から察するに、歩佳さんは泊まりに来ていないようだ。
だとすると、来週か……
そんな風に考えている自分に、愕然とする。
「違う」
「あん? 柊二、違うって、何が?」
「あ、ああ……なんでもない」
「で、用件はなによ?」
「ああ、俺の部屋の窓、鍵をかけてない気がしてさ。確認しといてくれ」
「なんで命令口調? お願いしなさいよ。……って、ああ歩佳、よく温まってきた?」
えっ? と思った瞬間、「うん」と答える小さな声が耳に届いた。
歩佳さん……マジで泊まりに来てんのか?
無性に胸が締め付けられ、顔が歪む。
外れるとばかり……
って、何言ってんだ、俺。思考回路、滅茶苦茶だぞ。
苛立ちとともに、自分の頭を殴りつけてしまう。
「うん? いまなんか鈍い音がしたけど……なんの音?」
「なんでもねぇよ。それじゃ美晴、頼んだぞ」
柊二は携帯を切り、苛立ちに駆られて思い切り腕を振り上げた。
勢いだけでやったことで実際に携帯を投げつけるつもりはなかったが、最悪のタイミングで偕成が戻ってきた。
「おやおや」
面白そうに偕成が声を掛けてくる。柊二は偕成を睨み、携帯をポケットに戻した。
「何か気に食わないことでもあったのかい?」
「別に」
「ねぇ、柊二君。今度でいいからさ、君の家に泊まりに行かせてもらいたいなぁ。君のお姉さんにもお会いしてみたいんだ」
「別にいいぞ」
泊まらせてもらいっぱなしだからな。
「なら、来週にでも泊まりに来るか? 冬休みに入るしな」
そう言ったのは、今週歩佳が泊まりに来ていたからだ。二週続けて彼女が泊まりに来るなんてことはない。
偕成と歩佳さんを会わせたくない。
彼女を見たら、俺が意識している相手であることに、偕成は容易に気づくだろう。
それにしても、堪んないな。
心が揺れっぱなしで……
恋ってのは、ほんとやっかいだ。
つづく
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