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7 いまやるべきこと
「へっ、なんだって?」
偕成が、とんまな顔で聞き返してきた。
偕成のアパートに邪魔をしているところだ。今夜は泊めてもらうつもりでやってきた。
昨日、泊まりにやって来た歩佳は、まだ柊二の家にいる。だから家に居続けられなかったのだ。昨夜、あんな会話を聞いてしまったから。
くっそぉ。
警察官らしい恭嗣という男のことが、気になって気になって……
「だから、そうする方法って、なんかないのか?」
イラっとしながらも、柊二はいま一度問いを繰り返した。
なんせいまは、藁をも掴むという心境なのだ。
「そういう方法って……? あのさ、柊二君、もう一回言ってくれない?」
柊二は顔をしかめた。
そう言われると、どうにも素直に口にしたくない。だいたい、偕成が聞き逃した筈はないのだ。
「ちゃんと聞き取ったろ?」
睨みつつ言ったら、偕成はポリポリと鼻の頭を掻く。そして、「それは、まあ」と口にし、なぜかため息をついて肩を落とす。
「恋心を消滅させる方法?」
言葉にされて顔が歪んだ。
なんか、とんでもなくいたたまれないんだが。
「このところ、ずいぶんと思い悩んでいるようだったけど……いったい何があったのさ?」
別に何も、と言いそうになり、柊二は途中で諦めた。
プライドとか気にするなら、初めから口にすべきじゃなかった。そして、もう口にしてしまったのだ。
ちっ、いまさらだな。
「なんかもう……疲れた。疲れ果てた……誰もいない孤島に行っちまいたい」
それが、ひたすら正直な気持ちだった。だが、言葉にしてしまったら、顔に熱が生じてきた。
くそっ。何言ってんだ、俺。
当然からかわれるだろうと身構えたが、偕成はただただ真面目な眼差しを向けてくる。
からかわれなかったことにほっとするべきな気もしたが、無性に腹が立ってきた。
「なんだよ⁉」
吠えるように言ってしまう。
「羨ましいなと思ってね」
「は? 羨ましいだ?」
「そういう思いを感じてみたいもんだけど……」
「何を言ってんだ。感じなくていいぞ」
「そうかな? よし。とにかく、君の心を落ち着かせるとしよう」
「なんか、その言い方、超絶腹が立つんだが!」
「怒んない怒んない」
偕成がなだめるように声を掛けてきて、さらにむかっ腹が立ちそうになったが、ストンと怒りの熱が冷めた。
自分でもきょとんとするくらいだ。
いま自分の身に起きた現象に眉を寄せ、偕成の目を見る。
「いま、なんかしたか?」
「なんのこと?」
もっと突っ込みたかったが、そんなことをしたところで解決などしないだろう。
「……なんでもねぇ。それで?」
「うん。まずは話して欲しいな。君が孤島に行きたくなった詳細を」
孤島……?
いや、そう口にしたのは俺なんだが……
畜生! 詳細か……
「実は、年上なんだ」
「ははあ。この学校の先輩かい? それとも教師とか、近所のお姉さん?」
偕成がつらつらと上げた答えが正解とは違ったことに、なんかほっとする。
こいつ、何もかも見通せているわけじゃないんだよな。
「姉貴の友達」
ほっとした反動なのか、素直に口にできた。照れ臭くて、つい「三つも年上」と付け加えてしまう。
「年上だから、諦めるのかい?」
「……昨日、ちょっとな。そしたら、なんかもう、こんな気持ちを抱えていること自体が嫌になったってかな」
「みんな同じだと思うよ。残念ながら僕は未経験だけどさ」
みんな同じか?
「まあ、そうかもな。けど、俺はもうやめたいんだ。だから……」
「恋心を消し去る方法を知りたいと」
「ああ、あるもんならな」
「僕に答えを求められている故、真摯に答えるけど……あるかどうか知らない」
「そうか」
普通な答えをもらい、さらに自分も普通に答えた途端、バカらしくなった。
俺ときたら、何をトチ狂ってバカな質問をしてんだか……
柊二は勢いよく息を吐き出し、そのまま床に寝転がった。
偕成のアパートの部屋の天井を、意味もなく見つめる。
「きっと大丈夫だよ」
「はあ?」
柊二はむっくりと身を起こし、偕成を見やった。
「大丈夫って、何を根拠に?」
「君を不安にさせたこと。けど悪い感じがしないんだ。だから大丈夫だろうと思うよ」
悪い感じがしない?
「何を感じて、そんなきっぱり言えるんだ?」
「感覚だから、答えようがないよ。それより、君がいまやらねばならないことは、いい男になろうと努力することだね。ぐずぐず考えて腐るよりもさ」
その言葉は、柊二の胸に突き刺さった。
無意識に心臓の辺りをさする。
「それよりさ、柊二君、君に話したいことがあるんだ」
「話?」
「うん。君と出会って、展望が見えたというか……僕さ、会社を興そうと思ってるんだ」
「……」
偕成は、瞳をキラキラさせている。
偕成ではない男が、将来の展望が見えたとか、会社を興そうと思っていると口にしたなら、笑い飛ばしてしまっただろうが……相手はこの偕成だ。
「どんな会社を?」
「まだわかんないよぉ」
偕成は笑いながら言う。
「なんで笑う? 会社興すって言われたら、普通そう聞くだろう?」
「これから柊二君と決めてくのさ」
「俺?」
「そうだよ。柊二君は僕の相棒だよ」
つまり、俺は偕成の興す会社を手伝うってことか?
「人の将来、何を勝手に決めてんだよ?」
「君と出会ってピンと来たからさ。僕の勘は外れないんだ!」
きっぱり言い切った偕成だが、急に眉を寄せた。そして、「ごめん」と謝ってきた。
「確かに、勝手に決めつけられたら、受け入れたくなくなるもんかな?」
そう問われて、言葉に困る。
「まあ、いいや。いまのは僕の勝手な構想ってことで。さて、そろそろお昼ご飯作るかな」
よっこらしょっと偕成は立ち上がった。つられて立ち上がった柊二は、「手伝うよ」と声を掛けてキッチンに入った。
「昼飯、何にするんだ?」
「あんかけチャーハンにトライだ」
あんかけチャーハン?
「作るの、ずいぶん面倒くさそうだな」
「柊二君、面倒くさいという言葉は、人生の辞書から消した方がいいよ。その言葉を使うとどんなことも楽しくなくなる」
「……かもな」
「手間をかけることを、楽しまなきゃ」
そう言った偕成は、有言実行、手間のかかる料理に楽しそうに取り掛かる。
やれやれ、俺はもっとこの友を見習うべきのようだな。
そんなことを苦笑しながら思いつつ、偕成の指示に従ってネギを洗う。
しかし……大丈夫、か。
俺は、歩佳さんの恋人の影にイラついて腐るより、いい男になろうと努力すべきなんだろう。
柊二はふっと微笑んだ。
重かった心は、少し軽くなっていた。
つづく
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