シュガーポットに恋をひと粒


柊二編



8 蛍作戦



「蛍?」

「うん。柊二君家の近くに、蛍の見られる川があるんだってさ。チャンスは来週まで。……君、地元民なのに知らないのかい?」

そんなことを言われても、そんな情報は柊二の耳に入ってきていない。

「そんなわけだからさ、泊まりに行ってもいいだろう?」

「泊まりに来るのは構わないさ」

「よし、決まりーっ。楽しみだなぁ」

偕成はふやけた笑みをこぼしていたが、視線を柊二に向け、にやっと笑った。

「なんだ?」

「情報を流しなよ」

情報を流す?

「なんの話だ?」

よく分からず問い返したら、偕成は「やれやれ」と口にしつつ肩を落とす。

「君と僕。ツーカーの仲にはまだなれないか」

ツーカーって……

「ちゃんと説明しろよ。情報を流せって、どういうことだ?」

「つまりね。お姉様に蛍の情報を流すのさ。さすれば……ねっ?」

今度はわかっただろうと言いたいらしい、わくわくとした眼差しをもらう。

確かに、わかった。

蛍が観られると聞けば、あの行動力のある姉のことだ、きっと行きたがる。そして、仲のよい友である歩佳を誘う確率は高いだろう。

「確かにな」

「夜半であれば、女性ふたりで出かけるなんて危険だよ。君はボディーガードとして一緒に行けるってわけさ」

その通りだな。
姉も一緒であるとしても、歩佳さんと蛍を見に夜出かけられるのか? 魅力的ではある。

「で、お前もついて来るわけか?」

「いんや。僕、今週来週とも、週末は予定があって無理なんだ。だから平日に泊まらせてもらって……まあ、女性ふたりのお供をするのに、下見をしておけば役に立つよ。だろ?」

「確かにな」

偕成はうんうんと頷いて笑い、窓の外に目を向けた。つられて柊二も外を見る。

激しく雨が降っている。窓にバチバチと音を立てて雨が当たり、いくつもの筋になって伝い落ちていく。

梅雨時期だけど、あまり雨は降らなかったんだが……

「風が強くなってきたな。ちょっとした嵐だな。帰るときまで振り続けるのかな?」

俺、傘持ってきてないんだよな。

「帰るころには止むらしいよ」

そうか、よかった。

柊二はほっとしつつ、頬杖をつく。

「ムシムシした日が続いてたけど、ちょっと気温が下がってありがたいね」

「だな」

言葉が少しけだるいものになる。瞼も重くなってきた。

弁当を食い終えて満腹になったからか……眠いな。

偕成に借りたミステリー小説が面白くて、夕べ一時過ぎまで読んでしまったから、寝不足なのだ。

そうだ。本を返さないとな。

「あの本、面白かったよ」

あくびをかみ殺しつつ、柊二は通学鞄を取り上げる。

「なあ偕成、蛍の観られる川ってどこら辺りなんだ?」

「蛍?」

突然、近くにいた女子が話に割り込んできた。
さらに三人して口々に……

「蛍って、なあに?」

「宮平君たち、蛍を観に行くの?」

「わあっ、わたしもみたーい」

などと言いつつ、偕成と柊二の横に並んで立つ。

「ねぇねぇ、どこで見られるの?」

「内緒だよ」

偕成が笑いながら言う。

「えーっ、宮平君のケチぃ」

そのあとしばらく、偕成は女子三人と軽口を交わし合う。

混ざる気はないので、柊二は頬杖をついて雨を眺めた。

「ところでね。わたしたち、今度の週末に遊園地行くんだ」

蛍の話がひと段落したのか、ひとりがひときわ声高に話題を変えた。その甲高い声に、柊二は反射的に視線を向けてしまう。

偕成は、「ふーん」と興味があるのかないのか曖昧な返事をする。

「よかったら一緒に行かない? その、逢坂君も一緒にどうかな?」

付け足しのように誘われ、柊二は「俺はいい」と断った。

偕成は女の子たちと仲が良く、よく誘われる。そして偕成を誘うのであれば、いつも一緒につるんでいる柊二のことも誘ってやらねば悪いと思うらしい。

それにしても遊園地か……いつか、歩佳さんと行ける日がくるだろうか?

けど、遊園地に一緒に行ったとして……楽しんでもらえる自信はないな。

いい男になる努力をしろと偕成に言われて、あの言葉は常に心にあるのだが……口下手なのも相変わらず、愛想よくもできない。

もっと、そういうところをなんとかすべきか?

「柊二くーん」

気難しい顔で考え込んでいたら、目の前で手のひらが小刻みに振られた。

半分瞼を閉じていた柊二は、偕成を見返した。

「なんだ?」

「眠たいの?」

「寝不足なんだ」

そう答えたところで、借りた本を返す為に通学鞄を机の上に置いたことを柊二は思い出した。
鞄を開けて本を取り出し、偕成に差し出す。

「ありがとな。偕成が勧めてくる本に外れはないな。またお勧めがあったら貸してくれよ」

「文学青年だねぇ。ますます男ぶりが上がっちゃうねぇ」

「からかうな。だいたいお前の方がよっぽど文学青年じゃないか。月に何冊読んでんだ?」

「数えたことはないよ。それより、残念がってたよ」

偕成はそう言いつつ視線を教室のドアに向けた。そこで気づいたが、さっきの三人の姿は教室から消えている。

「残念?」

なんの話か分からず、首を傾げて聞き返したら、偕成はかくんと頭を落とした。

なにやらぶつぶつと呟いていた偕成だが、シャツのポケットに手を入れて折りたたんだ紙を取り出す。

「蛍のいる場所、ここらだよ」

紙には地図が印刷されていた。確認すると、柊二の家から歩いて十分かからない場所だ。そのあたりは田畑が多い。けど……

「こんなところに、ほんとに蛍がいるのか?」

「市のホームページで紹介してたんだから、絶対いるさ」

そんなわけで、家に帰った柊二は、姉も同伴とはいえ、歩佳との夜半のデートを期待して、作戦通り美晴に蛍の話題を振ったのだった。





つづく



   
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