冒険者ですが日帰りではっちゃけます



◇77 ティラ 〈巡り合えど〉


「ガダスが出たのか?」

両親と夕食を食べながら今日の出来事を報告をしているところ。父はガダス情報に眉を寄せた。

やつは瘴気を放つやっかいものだからねぇ。ガダスが群れで飛び回っていたというのはいい報せではない。

なぜ、あんなところを飛んでいたのか? あのあと飛び去った先も気になるところだ。
「闇魔の森で何かあったのかしら?」

母が父に言葉を向ける。

「確かに瘴気を産む場所としては、あそこが一番近いか……」

「原因を探る必要があると思う?」

「一応……そうだな」

ほほお、両親は闇魔の森に行くのか? わたしもまだ行ったことがないから、興味はあるけど……いまは冒険者で、パーティーのメンバーだからなぁ。

「ねぇ、闇魔の森ってどんなところなの?」

「もちろん瘴気だらけの森よ。人の踏み込める場所ではないわね」

「ガダス以外の魔獣も生息してるんだよね?」

そう聞き返したら、父が答えてくれる。

「瘴気にさらされても生きられるものだけはな」

「つまり、ガダスみたいなのばっかりってこと?」

「そこらの魔獣と見た目は変わらないぞ。ただ、瘴気のせいで中身は変化する。肉も食えなけりゃ魔核石も価値がなくなる」

「いいとこないね」

闇魔の森への興味が急激に消え失せた。

「そんな森なのに、調査しなきゃいけないの?」

「そうだな。後々何か事が起こっては困るからな」

両親も大変だなぁ。いつも気楽に飛び回ってる感じだけど、そういう旨味のない仕事もやらなきゃならないとは……

「そうそう、そのガダスとの戦闘の時、ゴーラドさんが槍のスキルを発動させそうになったんだよ」

「ほお」

父の目がきらりと光る。

「けどね、わたしが余計な言葉をかけちゃったもんだから、迷わせちゃって、不発に終わっちゃった」

「そうか。だが、すぐにスキルを発動させるとは、楽しみだな」

父は満足そうに頷いている。

この父に認めさせるとは、ゴーラドさんはなかなかの才能の持ち主のようだ。

自分のことを褒められたような気分になり、ティラは胸を膨らませたのだった。


◇ ◇ ◇

それから三日間、宿の前でふたりと合流し、アラドルを目指して街道をひたすら歩く日々が続いた。

そしてついに……

「あそこがアラドルか」

ゴーラドが町を見下ろして感慨深げに呟いている。

丘のてっぺんに辿り着いたところで、眼下に大きな町が広がっている。
町や村というのは、魔獣の侵入を防ぐために柵や塀で囲まれているのが大半なのだが、ここはそのようなものはない。

「塀も門もないんだな?」

「いや、あるぞ」

「そうなのか? 見たとこ、どこにも……」

「中央にあるんだ。主要施設はほぼその中にある。だがこの辺りは魔獣も狩りつくされていて、安全なのさ。で、塀の周りにどんどん町が広がっていったんだ」

キルナの説明にゴーラドは驚いているようだ。

こういう町は、けっこう多いんだけどね。ここは都に匹敵するくらい大きな町だし、人口も多い。当然、冒険者や兵士も多くいる。

「討伐依頼も多いんでしょうね?」

「ああ。門外の地域を安全に保つためには、常に魔獣を狩らねばならないからな」

「町から討伐する地域までが遠そうだが」

ゴーラドの懸念に、キルナは笑いながら「冒険者を運ぶ定期馬車があるんだ」と説明する。

「定期馬車?」と驚くゴーラド。

「運賃はタダだぞ、無料で運んでくれる」

「へーっ、至れり尽くせりなんだな。あっ、けど、タダだと乗り心地が悪いとかか?」

「いや、整備の行き届いた馬車だし、道も悪くないから、乗り心地はまずまずだ」

「キルナさんが褒めるってことは、かなりいいと思ってよさそうだな」

ほほお。定期馬車なるものに、わたしも冒険者として乗れるのか? これは楽しみだね。

「ギルドも東西南北に支部があって、中央に本部がある」

「こ、この町、五か所もギルドがあるのか?」

ゴーラドは目を丸くしている。

「わたしたちは、どこのギルドに行くんですか?」

「中央に行くつもりだ。私はそこで依頼を受けていたんでな。中央は全部のギルドの依頼が集まるから、選択肢が広がるんだ」

「となると、中央にある宿に泊まるのか? それって高いんじゃ」

「多少は高いかもしれんな。中央の宿でなくてもいいが、広い町だから通うのは大変だぞ、ゴーラド」

キルナは当然中央のお高い宿に泊まるらしい。ゴーラドさんだけ安宿に泊まるとなると、かなり不便だろうねぇ。

「装備に金がかかるし……俺は安いところを見つけるとするさ」

ずいぶんと元気のなくなったゴーラドを見て、ティラは元気づけようと背中をさすった。「ありがとな」と苦笑をもらう。


話している間に丘を下りきり、かなり町に近づいてた。街道の行き来はさらに活発になり、ひっきりなしに荷馬車や幌馬車が三人の側を通り過ぎていく。

そんな中、一台の豪奢な馬車が止まった。

馬車の窓が開けられ、脂ぎった顔の中年男が顔を覗かせた。

「おお、やはり! これはこれは漆黒の君ではありませんか?」

声までも脂ギッシュだね。このおっさん、濃いわぁ。色んな意味で……

しかし、漆黒の君?

「こんなところでお会いできるとは、なんという幸運。それにしても、歩いて町まで戻られるのですかな?」

「不都合はない」

キルナはそっけなく返す。どうやらキルナは、このおっさんにいい感情を抱いていないようだ。

「よかったら、私の馬車で送らせていただくが?」

「いや、けっこうだ」

申し出をバッサリ切るその潔さ、かっこいいです。脂ギッシュなおっさんは、一瞬表情に悪意を覗かせた。お知り合いになりたくない第一線だね。

「そ、そうですかな。……残念ですな。あの、そちらの方々は、漆黒の君の?」

「詮索か? 不快なのだが……」

「これは失礼を」

慌てたように言うが、横柄で感じが悪かった。キルナの冷淡な態度に、気分を害しているようだが、表情だけはにこやかにと、必死に努めている模様。

「では、失礼しますよ。……もういいぞ、出せっ!」

丁寧に挨拶した後、腹立ちを御者にぶつける。

あーあ、いい雇い主じゃないねぇ。御者さんお気の毒。

「ありゃ一体誰だったんだ?」

ゴーラドに尋ねられ、キルナは遠ざかって行く馬車に一瞥をくれ、顔を歪めた。

「あいつはギヨールだ。商品の売買をしているそうだが、いい噂を聞かない。かなりの悪党だぞ」

「悪いことをしてるってわかってても、捕まえられないってことですか?」

「ああ。尻尾を掴ませないらしい。あいつというより、あいつが雇っている部下がそうとうな切れ者だって話だ」

「悪がのうのうと蔓延るとか、町的にかなり残念さんですね」

「その通りだな」と、キルナは苦笑いだ。

そんな話をしていたら、ついにアラドルの町に到着した。けど門とか塀はないので、いつの間にか町に入ったって感じだった。

畑やら果樹栽培の区画があったりと、のどかな風景が続いていたが、町らしく家が並ぶ地域に到着した。

「中央地区まで乗合馬車に乗ってもいいが、一時間もあれば着けるし、どうする?」

「わたしは町をゆっくり見たいから歩きがいいですけど、ゴーラドさんは?」

「俺も歩きでいい。よさそうな宿を探しながら行くとするよ」

「地図を持ってるんだから、ゴーラドそれを使え」

「地図?」

「知らないのか? 大きな町のいくつかは、拡大すれば詳細が分かるようになっているんだぞ」

「なんだそりゃ?」

ゴーラドは首を捻りつつ地図を出す。

「ほら、こうやるんだ」

キルナが指で地図を撫でると、地図の様子が劇的に変わった。

「うわっ、おもしろーい」

ティラは笑って叫んだが、ゴーラドは言葉もなく地図を見つめている。

「この印が宿だ。ここらだと三件あるな」

ゴーラドは地図を見て、現在地から一番近くにある宿を探す。

「あ、あれか?」

「地図に載っていない宿はやめた方がいいぞ」

「ほほお、この地図……というか、冒険者に親切ですねぇ。あっ、でも高ランクしかもらえないんですよね?」

「欲しかったら、上を目指せってことだな」

「ははあ、納得です」

「よし、とにかく私の贔屓にしている鍛冶屋に行くぞ」

キルナとゴーラドが並んで歩き出し、ティラはふたりの後について行く。

初めての町は、見るものすべてに興味を惹かれる。

通りに並んでいるのは商店が多く、入りたくてうずうずするけど、いまは我慢だ。

なんたって、鍛冶屋だもんねぇ。わたしの大剣も見つかるかもしれないし、なんだったら注文して作ってもらうってのもありだよね。

ルンルン気分でスキップを踏みつつ進んでいたティラは、ある古道具屋を目に入れ、自然と足を止めていた。

店の作りは古めかしいけど掃除が行き届いていい感じだ。そしてティラを招くように特殊な魔力を発しているものが……

誘われるように店に入ったティラは、まっすぐに奥まで進み、そこに立てかけてある大剣を見つめた。

「けど、サビサビのボロボロだね」と正直に感想を述べる。

「いらっしゃい」

かなり年老いた店主が声をかけてきた。

「お嬢さん、その大剣が気になるのかね?」

不思議そうに言う。

「触ってみてもいいですか?」

「そりゃ、構わんが……」

ティラは大剣の柄を掴み、少し持ち上げてみた。

おっ、軽いな。

「お、お嬢さん、なんで持ち上げられるんじゃ?」

驚かれて、慌てて大剣を床につける。

「お、重かったですっ! はーっ、はーっ、はーっ」

かなり演技はヘタクソだったが、店主は「そうだろう、そうだろう」と、納得して頷く。

「鍛冶屋で打ち直してもらわんと使い物にはならんだろうし、実は鞘から抜けんのじゃよ。……だが素材は逸品でな、安くはないんじゃ。おかげで買い手がなくての。もう三十年近くここにある」

「へーっ。おいくらなんですか?」

「白金貨七枚じゃ」

き、きたねぇ、白金貨!! 金貨七十枚分!
わたしの懐に白金貨は一枚もありませんわ。と、心の中でお手上げ状態。

ようやくわたしの大剣さんに巡り合えたと思ったのに……

けど、必ず手に入れる!

「また来ます」

店主に挨拶し、ティラは意気揚々と古道具屋をあとにした。





つづく



 
   
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