冒険者ですが日帰りではっちゃけます



82 ティラ 〈釘を刺す〉


「おはようございまーす」

いつも通り、冒険者の休憩所の調理場で朝食の用意を終えて待っていると、ふたりが揃ってやってきた。
最初は高い宿と安宿で、別々の宿に泊まっていたふたりだけど、いまは同じ宿に泊まっているらしい。互いに納得のいく、いいところが見つかったんだとか。

三人揃ったので、さっそく朝食をいただく。

アラドルにやってきてから、毎日いい感じで依頼をこなしている。それなりにお金も貯まってきたけど、白金貨七枚分を稼ぐにはまだまだだ。

アラドルは大きな町なので、とにかく依頼には事欠かない。

けどねぇ、報酬のいい高ランクの依頼ばかり受けてるから、わたしは正式に参加できなくて、ランクは上がらないままなんだよね。

「ゴーラドさんの防具、ついに明日ですね」

ティラは瞳を輝かせながら口にした。

自分のものではないけれど、竜の素材で作られるという最高級の防具はとっても楽しみだ。

「ああ」

ゴーラドも楽しみなんだろうけど、なによりいまのぼろっちい防具とおさらばできるのが嬉しいんじゃなかろうか。

キルナさんも、ゴーラドさんの防具が出来上がれば、すぐさま緑竜退治にいくつもりだからねぇ。

もちろん、わたしもついて行くつもりだ。


むふふふふ。と忍び笑いを洩らしつつ、片づけを終えたティラはふたりと向き合った。

「わたし、これから行きたいところがあるので、今日の依頼はおふたりで受けてもらえますか?」

「行きたいところ?」

「ティラちゃん、どこに行くんだ?」

「ちょっとした野暮用でーす。それじゃ、行ってきますねぇ」

手を振って、たったかその場を後にする。

そして家に帰る時の転移場所として重宝している公園にやってきた。

森の中に分け入り、そこで変身する。と言っても、服を着替えるだけなんだけどね。

見習い治癒者らしく見える服。ありふれた水色のローブに袖を通し、髪も後ろに一つにくくり、同色のフードをかぶる。最後に小さめの杖を持つ。

よし、これで完璧!

準備万端で森を出たティラは、町の中央に向かう。

道行く人たちは、この姿のティラを特に気にするでもない。時々似たような服装の人を見かけるんだから、注目されるはずもないんだよね。

さて、目的の場所がどこにあるのか知らないんだけど、大通りを歩いて行けば見つかるだろう。

周りを確認しつつ歩いていたら、ようやくそれらしき建物を見つけた。

ここだよね?

中央治療院。
個人の治療院でなく、町が運営している治療院だ。かなりでかい。

建物の中に入ったティラは、まっすぐ受付に向かう。

「こんにちは。ティラと申しますが、こちらの最高責任者の方にお目通りしたいのですが」

名を名乗った瞬間、受付が何か返事をするより早く、奥にいた恰幅のいい紳士が駆け寄ってきた。

「ティラ様ですね。お待ちしておりました。推薦状を拝見できますでしょうか?」

緊張した面持ちで問いかけられ、母からもらった封書を差し出す。
紳士は推薦状を確認し、深々と頭を下げてきた。

「私はこの医療院の院長、ガハルドと申します。では、ご案内したします」

母から連絡がきているようで、ありがたいことにすべてがスムーズに進む。

ガハルドについて行こうとしたティラだったが、その前に……

入り口の方に振り返ると、キルナとゴーラドがいた。このふたり、ずっと後をつけてきていたらしい。

「ティラ様、どうされましたか?」

「知り合いが一緒に来ていまして……同席を許していただけますか?」

「それはもちろん構いませんが」

「ありがとうございます」

お礼を言い、キルナたちのところに歩み寄る。

「ついてきちゃったんですか?」

「お前、これはどういうことだ?」

「説明はあとで。ついてくるなら、ついてきていいそうです」

それだけ言い、ガハルドのところに戻る。そして案内されてついて行く。

病室に入ると、担当らしい治癒者が患者の容体を教えてくれる。

「こちらの患者は三日前に運ばれてきて、手を尽くしましたが体中に毒が回ってしまい、もう手の施しようがないのです。それでも治せますか?」

患者はどす黒い顔で、意識もないようだ。
患者の側には疲労困憊した様子の家族らしい者が数人いたが、突然現れた医療院の職員やティラを、ただ絶望の色をした目で見つめるばかりだ。

いまさら誰が何をしたところで、助かることはないと思っているようだ。

ティラは患者の側にゆっくりと近づいていくと、身体の真上に静かに両手を差し出した。
瞑目し、最高ランクの解毒の魔術を行使する。
手のひらからまばゆい光が発しはじめ、その濃厚な光は患者の全身にまとわりつくように覆っていく。

その現象に「おおっ!」っと、どよめきが上がる。
この場にいる者たちの期待が、一気に膨れ上がったのを感じる。

ティラは目を開き、さらに光の濃度を上げた。

周りの期待に応えるように、どす黒く染まっていた患者の顔が綺麗な肌色になっていく。その変化はゆっくりと全身にも現れ始める。

用を終えた光は、徐々に薄れていき最後には消えてしまった。

「はあっ」

それまで意識のなかった患者が大きく喘ぎ、瞼をピクピクさせたかと思うと、薄く目を開けた。
家族の者たちが一斉に集まり、患者の顔を覗き込んだ。
ティラは邪魔にならないようにすっと後ろに身を引いた。

「えっと……ここは、どこだ?」

戸惑ったような問いかけに、家族たちはワッと泣き出し、患者に取りすがった。

「お見事です。これほどの腕をお持ちとは……ティラ様、恐れ入りました」

ガハルドが感嘆を込めて言ったが、ティラは患者の家族一人一人の背に向けて、癒しを発した。すると疲れを滲ませていた顔から疲労の色が消えていく。

よし、ここはこれでいいかな。

「次に行きましょう」

ティラは小声でガハルドに囁き、病室の外に向かう。

「あっ、お、お待ちください。治癒者様、お礼を!」

家族の一人に呼び止められ、ティラはゆっくりと振り返って微笑んだ。

「お礼は必要ありません。ただ、この偶然に感謝してください。では」

そのあとも、ティラは死を待つばかりだった者たちを、次々と完治させていった。
ガハルドは、感謝の言葉とともに、ティラを治癒者として認める正式なカードを用意してくれた。報酬はカードでいいと、推薦状にしたためてあったのだ。


医療院を後にしたあと、当然というか、ティラはキルナとゴーラドから質問攻めに遭った。

「ティラ、いったいどういうことなんだ?」

「これを手に入れたかったんですよ」

手に入れたばかりの治癒者のカードをふたりに見せる。

「ティラちゃん、治癒者だったのか?」

「正確には、たったいま正式に治癒者になったところですね」

「お前なぁ」

キルナは呆れたように声を上げる。

「これさえあれば、緑竜退治に正式に同行できますからね」

「そういうことか」

「それにしても、治癒者だなんてな。……し、しかも、ランクが……SSになってるぞ!」

ゴーラドはそのことにいま気づいたらしく、仰天して叫んだ。

確かに、治癒者カードには、SSと金文字でランクが刻まれている。

「手の施しようがなかった患者をあっさりと完治させたんだから、当然だろうな」

「キルナさん、あっさりってわけじゃないですよ。それに、欠損部位を治すのは、治癒魔法だけでは無理ですけどね。というわけで、これからユシュさんのところに行こうと思いますが?」

「ユシュか」

キルナはなんとも言えない表情をティラに向けてくる。

「今度はついて来ないでくださいね!」

ティラは微笑みつつも、強烈な釘をふたりに刺したのだった。





つづく



 
   
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