冒険者ですが日帰りではっちゃけます



90 ティラ 〈大人げない〉


全部の魔核石を取り出し、緑竜を袋に詰める作業をしていたら、キャンプの施設のドアが様子を窺うよう開けられた。

「あ、あんたら」

その呼びかけが耳に入り、ティラは作業の手を止めて、顔を向けた。

髭面冒険者が困惑した様子で、緑竜を回収しているティラたちを見つめている。

「な、なんで無事なんだ?」

そう言った後、数歩外に出てきて周りを見回し、愕然とする。

「う、嘘だろ?」

「キルナさん、あの人たち冒険者ですよね?」

「ああ」

「なら、あの人たちも、緑竜を狩りに来たんじゃないんですか? なんで狩らなかったんでしょう?」

「緑竜が群れで襲ってきたせいで、ほとんどのものが怪我を負ったんだ。ここから逃げようとするたびにさっきのように群れで襲ってきて……まあ、戦意喪失したわけだ」

そういうことか。

「つまり、怪我人がいるってことですか?」

そう聞いたら、キルナは思案し、小声でティラに話しかけてきた。

「いる。だが、私の手持ちの薬でそれなりに治療した。町に戻れば回復できる。だから、お前の治癒は必要ないぞ」

治癒魔法は使うなってことだな。

そう納得していたら、ゴーラドが歩み寄ってきた。

「キルナさん」

「なんだ?」

「痛みのある者と足を痛めている者は、ティラちゃんに軽く治療してもらうといいかもしれない。いまのままじゃ、町まで帰るのは大変だろう」

「……まあ、それもそうか……ティラ、微妙に治療するってのはできるか? ただ、今回も適正な治療費を受け取るんだぞ、いいな」

これだけは譲ってはならないと言わんばかりに言われ、ティラは素直に頷いた。

残る緑竜はゴーラドに頼み、キルナとキャンプ施設の中へと入った。

「こいつはそれなりに治癒魔法が使える。痛みのあるやつと足を怪我した者はこいつに治癒してもらうといい。もちろん治療費は払ってもらうぞ」

キルナが言うと、「ありがてぇ」と数人が頷く。

「昨日の回復薬の代金と合わせてちゃんと払わせてもらう」

「俺もだ。足がやられてちゃ、戻るに戻れねぇ」

ティラは足を痛めている冒険者に歩み寄り、すっと手のひらを当てた。ふわっとやさしい金色の光が放たれる。

「おおっ、痛みが引いたぞ」

その人は、立ち上がり足踏みして、少し顔をしかめた。

「やっぱ、まだ完治ってわけじゃなかったな。それでも歩けそうだ。治癒師様ありがとよ」

「どういたしまして。治療費は、ちょっとおまけして、銀貨五枚でけっこうですよ」

銀貨五枚というと、中ランクの回復薬の値段相当なので、適正価格だと思う。

「それならすぐに払わせてもらう。それと回復薬の分も払わせてもらうよ」

キルナにも金貨を一枚渡している。こちらもかなりおまけしてあげたらしい。完治は難しかったようだけど、かなり高ランクの回復薬を使ったらしいことは、傷痕を見ればわかる。

もうちょっと高レベルの治癒を行えば、傷痕も消えちゃうんだけど、やりすぎは駄目なんだろうな。

他の人たちも、痛みが引くくらいの軽い治癒を施し、それぞれ治療費を受け取った。

「それじゃ、帰るとしようか?」

丸坊主の冒険者がみんな声をかけると、緊張を見せて頷くひとがほとんど。

それから身支度をし、みんなして町に帰ることにしたようだ。

「まだ緑竜の群れがいるんじゃないのか?」

「俺たち、無事に戻れるのか?」

不安そうに言いあっている声が耳に届く。

かなりの数を討伐したわけだが、確かにまだ襲ってくる可能性はある。もちろん、ティラにとっては嬉しいことなのだが……

「それなら、危険区域の入り口まで付き添ってやろう」

キルナが申し出た。

「ほんとうか? あんたらがいてくれたら心強い。助かるよ」

丸坊主の冒険者は笑みを見せて言ったものの、その次の瞬間大きく肩を落とした。

「なんか、情けねぇなぁ」

「ああ、俺ら余裕がなくて、あんたらに恥ずかしいところをいっぱい見せちまった」

髭面冒険者も口にし、仲間のひとたちと顔を見合わせる。

落ち込んでるようだ。元気づけてあげたいけど……

「そうだ。朝ご飯、みなさんまだですよね? すぐに用意しますから食べてから帰りませんか?」

誘ってみたが、みんな首を振って断ってきた。

「ここから脱出して、とにかく早くアラドルの町に戻りたい」

こんな強そうな冒険者がそんな弱音を吐いてしまうほど、怖い思いをしたってことなのだろう。

「なあ、あんたらは何者なんだ? べらぼうに強いし、有名な冒険者パーティーなんだろ?」

「名乗るほどの者じゃないさ。さあ、戻るなら出発するぞ」

キルナは彼らを促し、先に部屋を出て行く。ティラもそれに続いた。


外は綺麗に片付いていた。ゴーラドはひとりで空を見上げている。

「ゴーラド、緑竜は?」

「ああ、気配はないな」

三人で固まって話していると、キャンプの施設からぞろぞろとみんな出てきた。そしてすぐに出発となった。

ゴーラドが先頭、それに冒険者たちが続き、最後尾をキルナとティラで歩く。
みんな空ばかり気にしてビクビクしていたが、時々襲ってくる魔獣には的確に対処していた。

このひとたちかなり強いんだよね。
けど竜の群れ相手にはレベルが足りなかったってことなのだ。



山をいくつか越え禁止区域の入り口まであと数キロと近くなってきたら、髭面冒険者も余裕が生まれたようで、色々と話をした。

それでわかったのだが、ふたつのパーティーはそれぞれ緑竜を二体ずつ討伐したらしい。最初は群れでなく一体ずつ現れたんだそう。

色々あったようだが、二体狩れたなら討伐依頼達成の褒賞金に加え、緑竜を売れば十分な稼ぎになる。

彼らはアラドルの町の者ではなく、王都に近いカララドという町を拠点に冒険者をしているとのことだった。緑竜退治の依頼を見て、これはいい稼ぎになると遠路はるばるやってきたのだそうだ。もう一つのパーティーも、かなり遠くからやってきたらしい。

それでかと、アラドルで有名人のキルナさんを知らなかったのも頷けた。

緑竜は現れることなく、禁止区域の入り口の近くまで辿り着いた。

決まり悪そうなお礼をもらい、護衛料を払おうとしてくれたが、キルナが必要ないと断った。

手を振ってくれる彼らに手を振り返し、姿が見えなくなったところで、ゴーラドが「腹が減ったぁ」と愚痴をこぼす。

思わず母が持たせてくれた弁当を取り出して渡そうとしたら、キルナが横からかっさらった。

「こいつは私が食べてやろう」

「キルナさん、ティラちゃんは俺にくれようとしたんだぞ!」

ゴーラドは弁当を掴みにかかるが、キルナは取られまいと逃げる。

「私だって腹が減っているんだ。いや、お前の何倍も腹が減っている!」

真剣な鬼ごっこの勃発だ。どっちも機敏だから互角の戦い。だが執念とでもいうのか、ついにゴーラドはキルナに追いつき弁当を掴んだ。

「キルナさんでもこの弁当は譲れないぞ」

どっちも弁当を放そうとしない。

「放せゴーラド、せっかくの弁当がつぶれるだろうが」

「キルナさんこそ、いい加減放してくれよぉ」

大人げなさすぎる弁当の取り合いにケラケラ笑っていたティラだったが、自分もお腹が空いてきた。

大人げないふたりは放っておくことにし、ティラは朝食の準備に取り掛かったのだった。





つづく



 
   
inserted by FC2 system