募る思いは果てしなく



プロローグ 果てしない恋の始り その3


 その日から、響は頻繁に家にやってくるようになった。

 初対面の日の尚のドキドキは、ずっと続いている。

 いや、悪化の一途を辿っていた。

 そんな自分が嫌なのに、どうにもできない。

 ただ、響もなんとなく尚を気にしてくれている気がした。

 彼に目を向けると、ふたりの目がよく合うのだ。

 言葉はなかなか交わせなかったが、その眼差しだけで、尚は幸せを噛み締められた。

 成道と響が父の将棋の相手をするようになり、居間にいる間、尚は響の横顔が見える位置に座り、静かに本を読んだ。

 ポーズだけでは後ろめたいので、一生懸命文字を追う。

 けれど、中身はまるで頭に入って来なかった。

 本を読むかたわら、時折響を見つめる。
 それは、尚にとって至福の時間だった。
 
 だが、ちょっと気になることもあった。
 それは、彼が時折見せる表情……

 寂しさなのか悲しみなのか……とにかくそういった感情を、響は心の奥底に抱え込んでいるように見えた。


 ふたりが初めて言葉を交わしたのは、梅雨に入った頃だった。

 その日は日曜日で、響がいつもやって来る時間になって、急に雨が降り出したのだ。

 それに気づいた尚が外に出てみると、自転車でこちらに向かってやってくる響の姿が見える。

 尚は慌てて家に駆け戻ると、タオルを手にしてまた外に出た。

 ちょうど、びしょ濡れになった響が到着したところだった。

 速まる鼓動を抑えつつ、尚は響にタオルを差し出す。

「こ、これ、使って」

 緊張しすぎて喉が渇き、声を出しづらい。

 我知らず大きく息を吸い込んだりして、そんな自分に気づくと恥ずかしくてならなかった。

「あ……ありがとう」

 もごもごと礼を言った響は、自転車を停めると、ぎくしゃくした歩みで尚の方にやってくる。

 その瞬間、息が止まりそうになった。

 初めて響と会話をしたという事実で、尚の胸はもういっぱいだ。

 自分が響に特別な思いを抱いていることはわかっていたけれど、尚はそれを認めたくはなかった。

 だって、高校生の自分が中学生の男の子に本気で恋をしているだなんて認めたくない。


 そうして秋になる頃、響はほぼ毎日、家でご飯を食べていくようになった。

 そのことに、当時の尚はなんの疑問も抱かなかった。
 ただ、響と一緒に食事できるのが嬉しかった。

 この頃には大分会話もできるようになっていたが、響は元々無口な子で、尚も彼のことを意識しすぎるあまり長く会話は続かない。

 それでも響がますます尚の特別になっていくにつれ、尚は響に恋をしている事実を認めるしかなくなっていた。

 一年が過ぎ二年が過ぎた頃、友達の奈都子が担任の教諭を好きになった。

 叶わぬ思いに胸を切なくさせている奈都子に共感し、尚も自分の思いを話した。

 奈都子は尚の好きな相手が中学生だと知っても、バカにしたりせず、それどころか『私より可能性があるよ、頑張れ』と励ましてくれた。

 それからはほとんど変わらぬ日々が続き、響はいつも近くにいたが、ふたりはずっと同じ距離を保っていた。

 父や成道と居間で将棋をする響の姿を、尚はずっと見ているだけだ。

 それでも、響はもしかしたら自分のことを好きなんじゃないかと、ふと目が合うたびにそう思ってしまう瞬間があって……

 けれどいつだって最後は、三つも年上の私を好きになってくれるわけがないという結論に至り、結局は切ないため息をつくのだった。





   
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