募る思いは果てしなく


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気合入れまして


「やはり、光を意識すると、こんなにも違うんだねぇ」

 お客様のいくぶん高揚した声に、尚なおは微笑んだ。

 ここは『ヒナモト照明』のショールームで、尚は社長の雛本に付き添い、新規の顧客となりそうな人物を相手にしているところだった。

 古株の顧客から紹介されてきたとかで、嬉しいことに話はとんとん拍子に進んでいる。

 尚がこの会社に勤めてもう四年。

 二十六歳になった尚は、照明コンサルタントとして『ヒナモト照明』に就職した。

 かなり小規模な会社だが、スタッフたちはみな、顧客のために親身になって頑張るし、社長である雛本の経営方針を尊敬している。

 この会社に入社できて、本当に幸せだ。

 大学に入学当初はインテリアコーディネーターを目指していたけど、学ぶうちに照明に興味を惹かれて、照明デザインを学ぶことにした。

 そして卒業前に、照明コンサルタントの資格を努力の末になんとか取得した。

 とはいえ、照明コンサルタントとしては、まだまだひよっ子。学ぶことは膨大だが、努力のし甲斐もある。

(私はこの道を究めて、立派な照明コンサルタントになるんだ。頑張るぞーっ!)

 尚は気合を入れ、会話をしながら移動していく顧客と雛本の後をついていった。





「おかえりなさーい」

 オフィスに戻ると、二年後輩の吉田奈緒美よしだなおみが、元気な声で出迎えてくれた。

 目のくりくりっとした可愛らしい子だ。

 けれど、尚より十センチは背が高く、ヒールの高い靴を好んで履いているため、いつも見上げる感じになってしまう。

「それで、例の顧客、どうでした?」

「うん。いい感じよ」

「やったーっ! この話が決まれば、十階建てのマンション一戸分の仕事が転がり込んでくるんですね。我が社はウハウハ、私たちのボーナスもギューンとアップですよ」

「奈緒美ちゃんったら」

 くすくす笑いながら自分の席に座り、さっそく仕事を始めようとした尚だが、隣に座る奈緒美からやたら視線を感じる。

 ちらりと見てみたら、案の定、奈緒美が潤んだ目で尚を見つめていた。

「相沢先輩って、ほんと綺麗ですよねぇ。肌は透き通ってるし、目鼻立ちもこれでもかっていうほど整ってるし……おまけに仕事もできて、もう完璧なんですもん」

 うっ! また始まったか。

 憧れてくれるのは嬉しいのだが、ここは職場で周りには社員たちの耳がある。

 称賛を受けては、恥ずかしいことこの上ない。

 それに完璧ってのは言い過ぎだ。

「奈緒美ちゃん、私は全然完璧じゃないから……とにかく仕事しましょう。ねっ」

「はいっ。頑張ります」

 その言葉にほっとして仕事に取り掛かろうとすると、奈緒美がまたおしゃべりを始めた。

「この会社の男性たちの憧れの存在なのに、誰にも振り向かず、仕事に生きてる感じがたまりません」

 誰にも振り向かないということではないんだけど……いまだに過去を引きずっているせいで、新しい恋ができないでいるだけで……

「まあ、いまは仕事一筋だから」

「だけど、女の夢は結婚ですよ。断じて仕事じゃありません!」

「仕事じゃないだあ?」

 少し離れたところに座っている、時々鬼と化す社長の雛本が脅すように声をかけてきて、ふたりは一気に緊張した。

「吉田君」

「さ、さて、仕事しましょう!」

 奈緒美は、雛本社長にみなまで言わせまいと、慌てふためくパフォーマンスをしつつ仕事に戻り、尚も笑いを噛み殺しながら仕事を始めた。

 それにしても、女の夢は結婚か……

 あのキスから八年も経つというのに、いまだに尚の心は響ひびきに囚われたままだ。

 彼のことを忘れられない限り、私には望みなんてない。

(あー、もおっ! この厄介な存在、誰かどうにかしてくださいっ!)

 心の叫びとともに、思い切りエンターキーを押してしまい、その音にびっくりしたみんながこちらを向いた。

「すっ、すみません。ちょっと気合が入りすぎてしまって」

「相沢先輩、美人で大人な雰囲気なのに、時々超面白いですよね」
 
 奈緒美はぼそりと口にしたのだが、その声はオフィス内によく通り、しばし職場は笑いで満ちる。

 おかげで尚は、真っ赤な顔のまま仕事をする羽目になってしまった。





   
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