募る思いは果てしなく


刊行記念番外編



3 答えは簡単



二人分のチャーハンを作り、響は形の違う皿に盛りつけた。

「成道、起きろよ。昼飯ができたぞ」

そう声を掛けながら、響はチャーハンをテーブルに運んだ。

成道は昨夜徹夜でゲームをやっていたようだ。
響の方は、眠くなったところで、成道に構わずさっさと寝た。

朝の七時に響が起きた時も成道はまだやっていて、一緒に朝食を食べたあと、さすがに睡魔に抗えなくなったようで寝てしまったのだ。

「うーん……いい匂いがする……」

もごもご言いながら、成道はベッドから身を起こした。

眠そうな顔で頭を掻き、さらにあくびをしつつベッドから出てきた。

「うん、うまそうだな」

そうは言うが、声には覇気がない。

響はコップにウーロン茶を注いでやり、自分もスプーンを手に取った。

「しかし、チャーハンを丼で食うというのは、やはり斬新だな」

成道は自分の分のチャーハンが入っている丼を持ち上げて笑う。

響のは平皿だ。同じ皿がないのだ。成道がやってきて一緒に食べることも多いのだから、揃えようかと思うのだが、思うばかりで……

「まあ、口に入れば一緒だしな」

「確かにな」

納得したように言うと、成道は笑ってウーロン茶を飲む。

「それで、ゲームは進んだのか?」

「いや、それが思ったよりなかなか難度が高くてな」

「そうなのか?」

「清純派なのに一癖二癖あるっていうか……性格が読み取れん」

気難しい顔でR指定のゲームキャラの性格を語る成道に、笑いが込み上げる。

「まあ、簡単に進んじまっても、やりがいがないからな……難しいくらいでいいんだけどよ」

「そうか。……ちょっと胡椒を利かせすぎたかな」

ゲームの話に相槌を打ち、自分の作ったチャーハンの味に眉を寄せていたら、「俺はこれくらいが好きだぞ」と成道が取り成してくる。

響は顔を歪めた。

「なんだよ響、その顔は?」

「なんか、虫唾が走った」

そう言ったら、成道がにやりと笑う。そして、急にくねくねと身をくねらせ始めた。
こ、こいつ、またやる気か?

と身構えたら、案の定……

「響さーん、美味しいご飯を作ってくださってありがとう」

成道は両手を合わせてかわい子ぶる。

強烈にイラッとする。

「いい加減にしろよっ! 二度と作ってやらねぇぞ」

「ええーっ、怒らないでよん。成ちゃん悲しい」

ぶちっと切れた。

響は手に持っていたスプーンを思い切り振り上げ、成道の頭頂部に振り下ろす。

だが、成道は素早く身をかわした。

さらに、「けへへっ」と響をバカにして笑う。

「命が惜しくないようだな?」

ずりっと成道に接近し、鋭い言葉をかける。

「命は惜しいぞ。それにしても、普段クールなのに、この話題ではムキになるよな」

「ムキになってんじゃない。キモイんだっ!」

「そうそう、この間、尚がさあ」

尚の名を唐突に口にされ、響は固まって成道をじっと見つめた。

「えらく深刻な顔で、俺の部屋にやって来たんだ」

深刻?

話がどうにも気になってしまい、成道が語るのを待つ。

「そしたら、照明器具の資料を持ってて、独身の男はどんな照明器具を好むのか? って聞いてきたんだ」

照明器具か。尚さんは照明コンサルタントだからな。けど、そんなことより……

「なんでそんな質問を?」

独身の男がどうのという内容が、物凄く気になる。

まさか、恋人ができたというんじゃあるまいな?

表情に出しはしなかったが、胸の内では不安が渦巻く。

成道の情報によれば、これまで尚に恋人の影はなかった。

まさか、だよな?

急激に焦りに駆られてしまい、そんな自分の反応に舌打ちしそうになる。

「なんとなく、男の気配を感じるだろう?」

成道は首をこちらに回し、にやつきながらそう聞いてくる。

何か言葉を返そうと思うのに、結局何も口にできない。

すると、そんな響を見つめ、成道は何か言いたそうにする。

響は、「なんだ?」と、けん制するように言葉を投げた。

「なんでもねぇ」

成道はそう言ったきり、食事を再開してしまった。

話が宙ぶらりんなままだ……強烈にもどかしい。

だが、話題が尚のことであれば、こちらから話を蒸し返すこともできない。

まさか本当に、尚さんに恋人ができたんじゃないよな?

響はチャーハンを口に頬張ったが、飲み込もうとしても喉を通らない。

くそっ!

胸の内で毒づいた響は、ウーロン茶でチャーハンを喉の奥に流し込んだ。

成道はそのあとも黙々とチャーハンを食べていたが、急に「でさ」と言ってきた。

思わず成道に目を向けてしまう。

「男ができたのかって聞いたんだ」

話が核心に触れ、口の中に嫌な味が広がる。

こいつ、勝手に話を続けてくれればいいものを、俺の反応を見るようにいちいち言葉を止めやがって。

早く話せよっ!

だが成道は、最後のひと口をスプーンですくい、口に入れる。

この野郎‼ いい加減にしろよっ! と、吠えたいが、それはできない。

苛立った響は、チャーハンを続けざまに口に入れた。

尚のことを頭から消し去り、チャーハンを食べることに専念する。

「そしたらな」

成道がまた話し始め、じろりと視線を向けると、こちらを楽しそうに見てくる。

「何を楽しんでる?」

「楽しんでいないとは言い切れないが……俺はお前の心を読もうとしてるだけだ」

「はあっ?」

「なら、単刀直入に聞こう。なあ響、いまのお前にとって、尚はどういう存在なんだ? 胸の内を正直に語ってくれたら、俺すっげぇすっきりするんだけどな」

「馬鹿だろ、お前」

「馬鹿ではない。俺様は、友人思いのお人よしさんだ」

成道の言いぐさに、どうにも堪らず響は噴き出した。しばらく笑い、笑いを消化した響は、改まって真剣な顔を成道に向けた。

「尚さんがどんな存在かなんて……俺自身もわからない。八年も会えてないしな」

「会えてないし……か。なら、会えばいいだろ」

なんでもないことのように成道は言う。

響は苦い笑みを浮かべた。

「簡単に言うな」

「簡単なことだけどな。……お前自身が分からないんなら……なおさら会った方がいいと思うぞ」

「簡単じゃない」

「わかんねぇなぁ。八年も会ってないってのに……なんでそんなにこだわってんだ?」

なんでそんなにこだわっているのか?

その答えは簡単だ。尚さんへの思いを捨てられないからだ。

だが、それを成道には言いたくない。

そして、尚さんに会えないのは、現実を見たくないからだ……会わないままでいれば、まだ希望を持っていられる。

八年か……前に踏み出すべきなんだろうな。

尚さんが他の男のものになり、希望を持っていられなくなる前に……





   
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