その4 摘み取られた恋心
新城との友情暦三ヶ月になった時、希美への罪悪感が日増しに募っていたせいだろうか、楽しい日々に身を置いている自分に、沙由琉は自ら爆弾を投下した。
「新城君って彼女いるんじゃないの? 私なんかと逢ってていいの?」
あ、言っちゃったよ、この人。と自分に驚く。
なぜか、この先のストーリーをすでに知っているような気までした。
爆弾は、不発で終わらない限り、何かを爆破する。
不謹慎ないつものワクワクも、今日は苦く重かった。
読んでいた本から目を上げて、新城が不思議そうに沙由琉を見つめた。
「いないよ。いたら彼女とデートしてるさ。いま、こうやって君と会ってないんじゃない」
それが本当なら、彼女とは別れたのだろうか?
それとも彼は、平然と嘘をつけるのだろうか?
別れたのが本当なら、希美に教えてあげるべきだろうか?
彼女はそれを聞きたいだろうか?
「気難しい顔して何を悩んでんだよ」と愉快そうにくすくすと笑う。
沙由琉はためらいがちに口にした。
「あのさ。彼女いたことある?」
「あのさぁ。そういう質問を繰り返されると、君が僕に気があると思わざるを得なくなるぞ」
沙由琉は「うっ」と詰まった。
「でも、そうは思えないんだよな」
開いていた本をパタンと閉じて、彼は顎に指を当てた。
「結構数多く女の子と付き合ってきたから言えるんだけど、君の態度や声に恋らしきものはまったく感じられないもんな」
苦笑している新城をみて、沙由琉は納得した。彼はやはり正直だ。
それに気をつけなければならないが、かなり鋭くもある。
「それじゃ、今は本当に誰とも付き合っていないわけ?」
「僕はさ、女の子と話すの好きだよ。もちろん男友達もいるし、そいつらと話すのも楽しい。まあ彼女っていうものより、愛とか恋とか度外視した女の子の友達が欲しかっただけなんだ。異性はそれだけで違う感性もってるし、話も面白いから」
沙由琉は、その考えに思わず共感した。
「だけど、僕のクラス、男子だけでさ、女友達ってなかなか恵まれづらい環境なんだよな」
そこまで言うと、新城は話をとぎり、一旦冷めたコーヒーを口に含んで、ゆっくりと飲み込んだ。
こういう仕草が実に魅力的だ。
そう考えた自分の思いを、沙由琉は急いで払いのけた。
「友達になって欲しいって言われて、友達付き合い始めるんだけど、一対一で会ってるのが良くないのか、結局は恋愛感情が露骨に出てき出すんだよな」
新城はさも嫌そうに眉をしかめた。
「だから女の子同士を合わせて、友達づきあいなんだってこと再確認してもらおうと思って行動にすると、互いが反目しあってごたごたになるんだ」
その言い方は、女の子達に対してあまりにもひどく感じて、沙由琉はむかむかしてきた。
新城の気持ちは分かるし、その言い分も理解できた。
だが、彼は女の子達の気持ちをまったく理解しようとしていない。
自分の都合だけに終始している。
好きな男の子に告白するとき『友達になって』という安易な言葉は、告白の常套句だ。
それくらい告白の経験がない沙由琉すら知っている。
この男はそれが判らないのか。と、沙由琉胸の中で新城を罵倒した。
「僕にはどの子にも恋愛感情なかったし、ただ楽しいから話すし一緒に行動することもあったけど…他人に色々制限されるの嫌なんだ…」
「で、うっとうしくなったら別れる訳」
露骨で辛辣な言い方に、新城は幾分傷ついたらしい。
「別れるとか言うなよ。友達なんだからそういう言い方おかしいだろ」
沙由琉は怒りがふつふつと湧いてきていた。
「それに、彼女たちの恋には真剣さなんてなかったと思う。飾り物的な彼氏が欲しかっただけさ」
「本当にそう思ってるの!」
怒りが爆発して噛みつくように言った沙由琉に、驚いたらしい新城が目を丸くした。
希美の為に沙由琉は怒っていた。希美は真剣だったのだ。
「真剣だった女の子だっていたわよ。友達付き合いって言ったとしても、それは女の子の精一杯の告白に決まってるでしょ。新城君だって分かってるばずよ、ほんとは。彼女達の気持ちにまともに向き合いたくなくて、無理に決め付けてただけでしょ」
新城は痛いところを突かれたように唇を噛んだ。
「真剣だって分かる子もいたよ。そういう子には相手が僕のこと嫌いになるようにし向けた。僕のことを酷いやつだって嫌ってくれればと思って」
新城が同意を求めるように言ったけれど、沙由琉は頷かなかった。
「新城君のやったことは、単なるやっかいばらいにしか思えない。それに、その女の子はあなたを嫌いになってないかもよ。ただ新城君が連れてきた女の子を憎むだけかも」
むっとした新城の頬が紅潮している。
怒りをぐっと我慢しているらしいのが、手に取るように分かった。
沙由琉は、彼の怒りに対抗するように肩を怒らせた。
「相手がひどく傷つくと思わなかったの? 勝手に悲しんでればいいとでも言うの? それって最低の行為だよ」
沙由琉の言葉の途中で、なぜかしら悟ったような色を見せ、新城は頷いた。
「で、君は誰のためにここにいて、僕に説教してるの? 誰の友達?」
沙由琉はたじろいだ。やはり、彼は鋭い。
「私は希美の友達よ。希美が…その、可哀想で、だから…」
新城はぎゅっと口を引き結び、腕を組んで肩を怒らせた。
初めて触れた新城の怒りに、沙由琉は震え上がった。
「なによ。あなたが悪いのよ。結果的には女の子の心をもて遊んだようなものだし。ううん、弄んだのよ。希美がどれほど悲しんだが知らないくせに。独りよがりの残酷男のくせにっ」
あくまでもここは喫茶店だ。
辺りをはばかるために小声で罵声を浴びせている。
沙由琉は胸が痛かった。
本当はこんなこと言いたいわけじゃない。なのに、希美の怨念でも取り付いてしまったのか、口から出る言葉がとめられなかった。
本当は新城の気持ちに同調してもいたのに。
新城との友達付き合いは、とても心地良かったのに…
沙由琉はぐっとこみ上げてきた涙を堪えた。
いま気づいた。
わたしは新城に恋をしている。
「それじゃ、君との友情もこれまでだな」
新城のおしまいの言葉に、沙由琉は立ち上がった。
「ぐずぐずせずに、さっさと言いたいこと言ってもらいたかったな。手間暇かけすぎだぜ」
苦々しい彼のその声を最後に、彼女は喫茶店を飛び出した。
沙由琉は重い心で家路についた。
ワリカンの喫茶店の支払い。
大好きな本で盛り上がる会話。
何もかもが心地よかった。
新城は誠実だった。いつだって正直だった。
そうわかっていたけれど、希美のことを忘れてはいけないと自分を戒めていた。
いつの間にか芽生えていた新城への恋心。
芽生えに気づいた途端、陽の当らないところに押し込めるしかなくなってしまった。
見ることは叶わなくなった今、新城の笑みが苦しいほど恋しかった。
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