友情と恋の接線

その5 奇遇な出会い



数日経った今、沙由琉は新城とああいう形で破局を迎えることになってよかったのじゃないかと思い始めていた。

彼に逢えない辛さは日増しに募ったけれど、恋心を自覚した以上、ふたりの関係はどのみち終わったのだから。

新城は沙由琉に友情しか求めていない。
彼女の恋心に気づいたら、希美の時と同じ経緯を辿ることになっただろう。


「ええっ。うっそー」

沙由琉の告白に、希美は腰を抜かすほど驚いた。

彼女は、新城との間に起こったすべてを話した。
もちろん、彼女の恋心だけ除いて。

新城は希美のことを思いやって、あんな酷い仕打ちをしたのだということを知って欲しかったのだ。
希美のためにも、新城のためにも。

「そっか」

すぐに落ち着きを取り戻した希美は、クッションに身を沈めると言葉を選ぶようにして話し始めた。

「わたし、ほんとは、分かってたんだよね。気づきたくなかったんだ。でも、新城君、優しくてさ」と、ふふと笑う。

「私はふたりが付き合ってるつもりだったげと、今思い返すと、言葉とか態度も友達以上じゃなかったんだよね。ただ、彼と会っているってだけで舞い上がって、勝手に恋人って思い込んでた…みたいな」

希美は、身体を起こすと、テーブルに手をついて頭を下げた。

「ごめん。私、沙由琉にあんな非常識なこと押し付けちゃって。ほんと、友達失格だよ」

そう言うと、希美はシュンと萎れてしまった。

「もういいよ。それに希美も嫌な思いしたけど、それもこれもみんな新城君の優しさだったんだから、希美の辛い思い出も、少しはいいものに変えられるじゃない?」

「うん。そだね。ありがと、沙由琉」

希美の顔が少し明るくなったようで、彼女は話してよかったと思った。

「でも、新城君、これで望みの女友達が出来たんだ。ちょっと嫉妬感じちゃわないこともないけど、まあ、沙由琉ならいいや」

ふたりの友情はすでに破綻してしまったのだと告げようかと思ったが、その言葉は、どうしても口から出てこなかった。





学校の帰り道、希美と肩を並べて歩いていると、希美がはっと息を呑んだ。
彼女の視線の先を見ると、見覚えのある頭があった。

「男連れだよ。良かったぁ」

希美が胸をなでおろすようにして言った。

新城の隣にいるのは、彼よりいくぶん背の低い男子生徒だった。
新城とは違う学校の学生服を着ている。

よく見れば、沙由琉達と同じ学校の制服だ。

「ありっ? あれって橋田君じゃない? へえー、ふたりって友達だったんだ」

橋田は隣のクラスだ。
放送部に入っていて、彼の低音の声が流れると、小さな声でキャーっと叫ぶ女子が必ずいる。

「モテ男、ふたりかぁ、ちっ、絵になるねぇ」

「希美ってば」

沙由琉は思わず笑ったものの、逢いたくない人物が目と鼻の先では、落ち着けない。

「声、掛けようよ」

希美がとんでもないことを言い出し、沙由琉は慌てた。

「駄目よっ」

「なんで? ああ、私ならもう平気だよ。友達見かけたのに声を掛けないのって、その方がおかしいじゃん」

沙由琉は天を仰いだ。
きちんと本当のことを言っておくべきだったと悔いても遅い。

彼女が止める暇もなく、希美が声を上げた。

「新城君、ひさしぶり」

あーーー、最悪だ!

会いたくなかった。
いや、本当は会いたくてならなかった、男。

「……」

振り向いた新城は、硬い表情になった。当然だろう。

ああ、視線が、視線が、刺さるっ!

「あれ?」と、橋田が声を上げた。

「橋田君、新城君と友達だったのね」

「ああ、中学が一緒で、それ以来の腐れ縁だけど、君もこいつと知り合い」

「うん。私たちふたりともね」

沙由琉をちらりと見てから、希美が意味深に笑う。

「それにしても、世の中って狭いわねぇ」

希美の適当な言葉に、沙由琉は思わず笑いがこみ上げた。

「いい度胸じゃないか?」

潜められた声で耳打ちされて、沙由琉は笑い顔のまま固まった。

鋭い視線が刺さったままだ。

新城と沙由琉のぴりぴりした空気に気づかないのか、恥ずかしげに頬を染めた希美が新城に話しかけた。

「新城君、沙由琉からみんな聞いたわ」

「そう」

「うん。新城君は、私のこと思ってしてくれたんだってこと、聞いた」

「……」

黙って聞いている新城に、橋田が「なんのこと」と彼に耳打ちしている。

「私、ひとりで盛り上がっちゃって、新城君に迷惑掛けちゃって、ほんと、色々ごめんなさい」

「あの、そろそろ行こうよ。彼らも予定あるだろうし」

そう言いながら、沙由琉の足は、すでに一歩踏み出していた。
視線が痛すぎて、これ以上耐えられそうになかった。

「僕らに予定なんかないよ。そうだ、せっかくだし、これから…カラオケ行かない?」

沙由琉と希美は二人同時に「えっ」と叫んだ。

見るからに優等生の橋田の口から、よもやカラオケなどという言葉が出るとは思いもしなかったからだ。

「超意外、橋田君がカラオケ?」希美が叫んだ。

不思議なものを見るような目で見られ、橋田はかわいそうなくらい赤くなっている。

「希美ってば、そんな言い方、失礼よ」

「えっ、そう?ごめん、橋田君。あんまり意外だったから」とペロリと舌を出す。

「へえーっ、君ってこんなひとだったんだ」

そうつぶやくように言った新城に、三人が同時に振り向いた。

「新城お前、真鍋さんを呼び捨てにするような仲なのか?」

「馬鹿、違うよ。きみ違い」

なんだか収拾がつかなくなってきた。
沙由琉はどっと疲れを感じた。

「あの、それじゃ」と言って、強引に歩き去ろうとしたが、希美に腕をむんずと掴まれた。

「沙由琉、どうしたの? もしかして、ふたりなんかあった?」

「なにかあったって、知ってるんだろ?」

新城に怒鳴られて、希美がぴょんと跳ねた。

「な、なんかわかんないんだけど、とにかくここから移動しない。僕ら、歩行者の迷惑になってそうだし」

橋田のフォローで、四人は近くの公園へと移動することになった。





   
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