友情と恋の接線 番外編

番外編U

その1 横着過ぎる相談者



長電話は嫌いだった。
自分でするのも嫌いだが、一緒にいるやつが自分を放っておいて長話しするのは、さらにむかつく。

「うん。それでさ、昼休み時間の放送中に…うん。そう、そうなんだ。あれには驚いたよ」

祐樹は、自分を無視して、嬉々とした顔でしゃべり続ける橋田に、辛抱が折れた。
彼はテーブルの下の橋田のむこうずねめがけて、片足を蹴り出した。

「イテッ!うっくぅ〜」

よほど痛かったのか、橋田はテーブルに突っ伏し身もだえた。

『は、橋田君、ど、どうしたの?』

橋田の手にしている携帯から、良く知っている声が洩れて聞こえる。

「真鍋さん、新城に、け、蹴られた。むこうずね」

突っ伏したまま、橋田は携帯に向かって情けない声で訴える。

「何バラしてんだよ。もう一発、見舞うぞ」

「や、やめろよ」

橋田はガバッと身を起こし、痛みに顔をしかめ、新城の危険な足を避けて椅子の端へと移動した。

「目の前の親友無視して、いつまでも長電話してんじゃねぇ」

橋田は文句を言おうとしたようだが、新城の危険な目の光に言葉を飲み込んだ。

「わかったよ。…コホン。真鍋さん、また後で電話するよ。うん。そうなんだけど…え、明日。うん。大丈夫だよ。それで、どこに行く?…ああ、いいね。僕も見たい映画…ウガッ!」

もう片方の脛の痛みに涙目になり、ようやく電話を終えて切る橋田に、新城は鋭い視線を向けていた。

「自分たちがうまくいってないからって、癇癪起こしてさ…」

「なんだって?」

新城の鋭さが増した視線を避け、橋田は、長話のせいですっかり冷めているはずのコーヒーを啜った。

「相談に乗ってくれって君が頼むから、彼女との約束を反故にしてまで、こうして相談に乗ってあげてるのに、その態度はないんじゃないかなぁ」

乗ってあげてるの言葉に、新城のプライドが鋭く反応しそうになったが、彼はなんとか自分をなだめた。

「乗ってもらってると言えるか?無駄な長電話ばかりしてたやつに」

祐樹と沙由琉は、正月の休みに仲たがいして以来、新学期が始った今もまだ仲直り出来ていなかった。

激しく立腹しているだろう沙由琉に対して、自分の方から、悪かったと頭を下げられるほど、残念だが彼は素直な性格をしていない。

好転を見られず、さらに悪化してゆくだけの事態に困窮した祐樹は、頑丈すぎるプライドをなんとか折ることに成功し、橋田に助けを求めたのだ。

ふたりの仲たがいは、ほんの小さな誤解から生まれたものなのだから、彼が素直に誤解を解いて謝れば、すぐに仲直りできるということはわかっているのだ。

だが…

シニカル過ぎる自分のこの曲がった性格に、祐樹自身、ほとほと手を焼いていた。

女の子らしい服を着た沙由琉に、どうしても普通に接することができないし、胸に甘酸っぱい感情が湧くと、彼の性格が総力を挙げて、全否定しようと邪魔をする。

…育ち方、間違ったのかな?

「それで?どうするのさ?」

考え事の中に割り込んできた橋田の言葉に、祐樹は顔を上げた。

「どうするって?」

「だから、仲直りしたいんだろ?鈴川さんと…」

「あ…ああ」

祐樹は赤らんでくる頬を、意志の力で押さえ込もうとするように顔に力を込め、ぶっきらぼうに答えた。

「とにかく、新城から電話しろよ」

電話の一言に、新城のこめかみがぴくりと痙攣した。

橋田には告げていないが、電話は一度掛けたのだ。

電話に沙由琉が出たあと、無言の時間が、いたたまれないほど流れた…

結局、ごめんの一言は、彼の口からどうしても出て来なかった。

「わたしも…悪かったわ。ごめんなさい…」

業を煮やしたのか、自分から折れるしかないと思ったのか、沙由琉は「も」の言葉を強調しつつも、静かな声でそう言ってくれた。

彼の胸は、沙由琉のやさしさにジンとしたのだ。

いや、僕の方こそ悪かった。
彼の心は、そう、真実、素直な思いを抱いていたのに…口から零れた言葉は…

「いや、…あ、明日の10時、いつもの本屋で会おう。買いたい本があるんだ」

「…分かったわ」

沙由琉が返事をするまで、ずいぶんな間があった。当然だと祐樹も思う。

分かったという言葉から、納得していない感情が露骨に伝わって来ていたが、祐樹はそれを無視した。

とにかく、彼女と会えることになったのだと、安堵して…

「君、明日はちゃらちゃら着飾ってくるなよ…」

ほっとした心は、ぽろりと本心を口にした。

僕の精神のために…

それは祐樹の切なる願いだったが、言われた沙由琉に、彼の真意を汲める筈もない…

「いっぺん死んで来い!」

あの時の沙由琉の哀しさを含んだ暴言は、いまだに祐樹の耳奥でガンガンと繰り返し衝撃音を発する。

一度死んで、素直な性格になれるものなら、死んで出直したいと祐樹も思う。

「新城?」

ぼうっと考え込んでいた祐樹は、橋田に問うように声を掛けられてしばらく口ごもった。

「電話…したんだ」

「え?そうなのか?それで、なんで仲直り出来なかったんだよ?」

「いろいろあって…とにかくだ。その、何か、電話以外で簡単に仲直りできる方法ってないか?」

「えーっ?あとは、そうだな…メールとかかな?」

「メール?」

「うん。直接話すより間接的で、一言一言考えて言葉を送れるし…」

「いいなそれ!」

祐樹は橋田のナイスなアイディアに感嘆の声を漏らした。

なぜ気づかなかったんだろう?

「あっ」

橋田の叫びに、新城は顔を上げた。

ふたりは、ファミレスの道路沿いのテーブルについていた。
窓の外に目を向けた橋田が、誰かに手を振った。

祐樹が橋田の視線の先に目を向けると、希美が橋田に手を振っていた。

希美はもちろん沙由琉と一緒で…その沙由琉は、なぜか大勢の女の子に取り巻かれて歩いていた。

凛々しい顔で笑みを浮べ、話しかけてくる女の子たちに頷いている。
希美と違い、沙由琉は祐樹にまったく気づかずに通り過ぎてゆく。

希美もことさら、ここに祐樹がいることを、沙由琉に告げるつもりはないらしい。
通り過ぎて行った沙由琉を目で追っていた祐樹は、物足りなさに胸がむかついた。

「あの集団の前には、出てかない方が、身のためだよ。新城」

たしなめるように橋田が言った。なぜか声を潜めている。

「なんでだ?」

「あの集団、鈴川さんの取り巻きだから」

「取り巻きぃ〜」

意外が過ぎて、新城は彼らしくない、尻上がりに間延びした驚きの声を上げた。
橋田が神妙に頷いた。

「あの鈴川さんに彼氏がいるなんて知れたら、どんな騒ぎになるか…」

「なんだそれ?意味がわかんないんだけど…」

「鈴川さんの顔ってさ、整ってて綺麗なんだけど、かなりきりりとしてボーイッシュにも見える。それに彼女、すっごい運動神経がいいんだよ。つまり、そこいらの男どもより女心をくすぐるわけ」

「沙由琉は…女だぞ」

「もちろんそうだよ。鈴川さん自身は、あの後輩連中に慕われてると思ってるだけさ」

本人の気づかぬうちに、険しさを増した祐樹の顔からぎこちなく視線を逸らし、橋田は冷めたコーヒーもう一口啜った。

「でもさ、鈴川さんって、ものすごく女らしい面もあるんだ」

それは新城も知っている。
そういう部分の彼女に触れると…どうしようもなくパニックに襲われる。

他の男もそんな沙由琉を感じているのかと思うと腹が立つが…

「だから彼女に恋してる男も多いよ。けどさ…」

けど?

「あの取り巻きの連中に阻まれてるんだ。そりゃあ凄いんだよ」

橋田はなぜかひどく嬉しげに身を乗り出してそう言った。

「お前、なんでそんなに楽しげなんだ?」

「え?そ、そっかな。そんなことないよ」

橋田は両頬を押さえ、顔を神妙なものに取り繕った。

「とにかくだよ。新城は他校で良かったよ。彼女と付き合ってること、バレる確率少ないし…」

新城はもう一度窓の外に目を向け、すでに遠のいた沙由琉を取り巻く集団を確認した。

「彼女達、侮っちゃ駄目だよ。大変な目にあうよ。ほんと怖いんだからさ…」

新城は彼の身を案じてか、しつこく訴えてくる橋田に目を戻した。

何を見て何を知っているのか、橋田の瞳には、先ほどまでとは一転して、いまや強烈な怖れが浮かんでいる。





  
inserted by FC2 system