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第十一話 噛み合わない会話
居間でお客と対面したマコは、驚きが過ぎて言葉が出てこなかった。
こ、この方は?…この方が炎の魔女?
酷くとっつきにくい態度と表情をした炎の魔女は、マコに向けて軽く頷いてきた。
「い、いらっしゃいませ」
挨拶をしていなかったことにいまさら気づき、マコは慌てて頭を下げた。
サンタの方は、すでに椅子に腰掛けている。
マコに向けて手を差し伸べてきた炎の魔女に、彼女は手に抱えていたトレーの上からティーカップを取り上げて渡した。
「おいしいわ」
一口啜った炎の魔女は、サンタとマコに向けて笑みを浮かべた。
「それは良かった」
自分が入れたものではないマコは、困って頷くにとどめた。
「あの、貴女様は…」
「ああ」
炎の魔女に問い掛けていたマコは、サンタの発した言葉を耳にして、視線をサンタに向けた。
まるで、問いかけに対する返事のようだったが…
「えっと…あの?」
マコは眉をひそめた。
サンタはマコに向いていない。
不思議なことに、炎の魔女にすら視線を向けていない。
誰もいない方向をじっと見つめていらっしゃるのだ。
その姿は、まるで誰かの言葉を真摯に聞いているように見える。
おかしなことに、炎の魔女まで同じだった。
マコはふたりを、戸惑いに駆られながら見つめた。
「トモエ王は何もしていない。マコは帰って来ている」
誰も居ない空間に向けてサンタが言った。
マコは困惑した。
「あ、あの。サンタ様。いったい…?…あの?」
「ああ。いる」
いる?
マコの戸惑いは、手に余るほど膨れ上がった。
サンタがマコに向き、ふたりの目が合った。
炎の魔女も自分を見つめている。
い、いったい?
…この部屋で、いま、何が行われているのだ?
マコは黙っていられずに魔女に向かって口を開いた。
「あの、貴女様は、今朝、王の愛馬であるブラックに乗って、私の前に現れたお方ですよね?」
「黙って」
炎の魔女にきつく叱責されて、マコは反射的に口を閉じたものの、頭の中では困惑が増すばかりだった。
マコはサンタに向いたが、サンタはまたあらぬ方向を向いている。マコは堪らず、余所見をしているサンタに呼び掛けた。
「あの、サンタ様?わ、わたし…いったい何が?…私に分からない何かが…」
「まあ、いいから。そこに、黙って座ってなさい!」
炎の魔女から、強く命ずるように言われて、マコは思わず身体を竦めた。
どうしてなのか、炎の魔女は、凄まじく苛立ちをみせている。
そのうえ、まるで何かがそこにあるかのように、視線を何もありはしない方向にさ迷わせるのだ。
「あ、あの…いったい…?」
「あーもう、ごちゃごちゃと、いらついてくるわっ」
炎の魔女が強い口調で叫び、ぎょっとしたマコは椅子の上で縮こまった。
「まあまあ、炎の魔女殿。そう苛立たず…」
サンタは、相変わらずの鷹揚さで、くすくす笑いながら炎の魔女をなだめた。
「あなたは、よくもそう落ち着いていられるものね」
炎の魔女はサンタに噛み付くように言った。
「慣れていますからね」
そう言いながら、サンタは苦笑を浮かべた。
「さあ、話を進めましょう。マコが人間に戻るためには…」
マコはサンタの言葉にはっとした。
彼女のことについて、相談してくれようとしているのだ。
嬉しさを感じたマコだったが、サンタは、誰かの言葉を聞いているかのように唐突に言葉を止め、誰も居ない方向を見つめている。
マコは顔をしかめた。
もちろん、炎の魔女も、そこに誰かがいるのが見えているかのように、同じ方向を見つめている。
つまり…
彼女に見えない何かが、そこにいる…?
もう、そうとしか考えられなかった。
だが、そんな馬鹿なこと信じられない。
目に見えない人間など、この世に存在するわけが…
だが、いま現在、魔女様とサンタ様は、そのマコには見えない相手と話しておられる。
もし、万が一、本当にそこに人がいるとすれば、サンタ様と魔女様のふたりには見えてるということに違いない。
炎の魔女が突然噴き出し、上体を倒して甲高い声で笑い始めた。
「あ、あの?」
マコは困惑し、笑い続ける炎の魔女とサンタを代わる代わる見つめた。
「あのサンタ様。まさか…まさか、そこにどなたか…あの、存在していらっしゃるとでもいうのですか?」
マコは空いている椅子を指さしてサンタに尋ねた。
心の中には、強い疑いと、鳥肌が立つほどの恐れが混在していた。
「カズマ殿」
マコは、空間に向かってカズマの名を呼んだサンタを、まじまじと見つめた。
「サンタ…様?」
「あなたはもうおいでだ」
おいで?
い、いま。サンタ様は…カズマ様と…?く、口に…
「サンタ様?いったい?あの?…いま、いま、カズマ様と…」
サンタ様が、カズマ殿と呼び掛けられた…ということは?
そこに…?
「ここよ」
彼女の思いに応えたような炎の魔女の言葉に、マコは驚いて振り返った。
そっぽを向いた炎の魔女は、マコの方を手で指し示していた。
「あなたも、そこの彼と同じということよ」
彼と同じ?そこの彼とは誰のことなのだ?…カズマ、カズマだというのか…?
けれど、彼はいま、深い傷を負っているはず…
マコは困惑を通り越してパニックに陥った。
「私の孫の頭は悪いほうでないと思っていたのに…。がっかりだわ」
炎の魔女は、そう言うと、わざとらしく肩を落とした。
孫?炎の魔女の?
炎の魔女の、孫であるお方?
そうであるならば、彼女の目に見えないのも、なんとなく納得がいく。
だが…カズマ様ではなかったのか?
いったい…?
真子は眉をひそめた。
炎の魔女様の孫だというお方が、空いている椅子に座っておいでで…けれど、なぜかそのお方は、マコには見えないらしい。
もちろんそんな馬鹿なこと…本気で信じられたわけではなかった。
それよりマコは、先ほどサンタが口にしたカズマの名が気になってならなかった。
なぜサンタ様は、カズマ様の名を口にされたのだろう?
「サンタ様、炎の魔女様のお孫様が、…あ、あの、ここに?いらっしゃるというのですか?」
マコは、自信のない風情で言葉を終えた。
口にしている質問が、愚問に思えてならなかった。
サンタの方は、半信半疑でそう言った彼女を、悪戯っぽい瞳で見つめ返してきた。
「あの、サンタ様?」
「言葉のままよ」
マコは、彼女の言葉をさえぎるように、唐突に口にした炎の魔女に向いた。
「ここはサンタ様の家」
本当にそこに魔女様の孫がいて、炎の魔女はその人に向かって説明しているように見える。
「いえ。分かっていないわ」
「カズマ殿、私の家は、ここ一つしかないのですよ」
マコは息が止まった。
「カ、カズマ様?ま、ま、まさか、まさか…」
「ええ」
マコの言葉をはっきりと肯定するように、炎の魔女は確固たる返事をし、仰天しているマコをじっと見つめてきた。
マコは両手で口元を覆い、誰も座っていない椅子を、真っ白になった頭で愕然として見つめ続けた。
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