シンデレラになれなくて


その1 天敵との遭遇



「くやしい。くやしい。くやしーいっ」

ヒステリックに喚く藤堂蘭子(とうどう らんこ)を前に、早瀬川愛美(はやせがわ まなみ)は、できることなら他人のふりがしたかった。

遊園地内のファーストフードの店内に、女三人座っているが、日曜日ということもあって、店の中は空いた椅子がないほど混み合っている。

周囲が騒々しいとはいえ、蘭子のヒステリックな叫びは、周りの注目を否応無しに集めているに違いなかった。

「たいした男を連れてたわけでもないくせに。あのクソ女!」

愛美は、友の罵声の恥ずかしさに唇をかみ締め、頬を真っ赤に染めた。

愛美の隣に並んで座っている、一風変わった性格の桂崎百代(かつらざき ももよ)は、くすくす笑っているばかりだ。

愛美は視線を巡らして、自分の親友のはしたない言葉に対する周囲の反応を窺った。

そして、すぐ近くにいるアベックが、こちらをちらちら見ながら笑いを押し殺しているのに気づき、彼女は慌てて顔を逸らした。

蘭子の罵声に注目しているのは、そのアベックだけではもちろんなかった。

「蘭ちゃん、周りに人がいることを忘れないで欲しいんだけど…」

愛美は顔を赤らめつつも、頭から湯気を立てんばかりにカッカとしている蘭子を、彼女に出来うる限り咎める口調でたしなめた。

「そうそう。とっても見苦しいわ」

百代があっけらかんとした顔で、声を潜めもせずに付け加えた。

とたんに蘭子の頬が怒りに歪んだ。

「なんですってぇ〜」

名前のようにあでやかで華のある綺麗な顔は、台無しだ。

自分の美しさを鼻に掛けすぎるきらいがある蘭子の鼻先に、鏡をつきつけてやりたいものだと、愛美はため息をつきながら思った。

「とにかく、あんなやつらに負けてなるものですか。こうなったらなにがなんでも彼氏を作るわよ」

怒りに震える声で、蘭子は宣言するように言う。

愛美と百代のふたりは互いに目を見交し合った。

強情さに掛けては誰にも引けを取らない蘭子だ。こうと決めたらとことんやるだろう。

しかし、この傲慢で自己中の塊である蘭子と付き合おうという、殊勝な男性など果たしているものだろうか?

「まあ…、頑張っては、どうかしら」

愛美は気楽に励ました。どうせ、ひとごと…と。

「もちろん、あんたたちも彼氏を作るのよ」

とんでもない発言に、驚きが過ぎた愛美の口から、しゃっくりのような音が飛び出た。
愛美は蘭子をまじまじと見つめた。

「あの三馬鹿トリオですら男がいるんだもの、わたくしたちが本気になれば、至極簡単な事よ」

平然とそう言うと、蘭子は見下したように、目を細めて愛美と百代を睨んできた。

「私一人じゃ、トリプルデートなんて出来ない事が分らないの」

愛美はぞっとした。

蘭子は、どこからか男を適当に見繕ってきて、強制的に彼女たちに押し付けるつもりじゃないだろうか…愛美は頭を抱えた。

それもこれも蘭子を敵視している奥谷静穂(おくたに しずほ)を頭とする仲間、三人のせいだ。
この三人はことあるごとに、彼女たちに絡んでくるのだ。

蘭子はその性格が祟って敵を作りやすい。
なかでも静穂は、蘭子に対して憎悪に燃えていると言ってもいいぐらいだった。

静穂は家柄もよく容貌も秀でているのだが、どうしたって蘭子に負けている。

愛美にすれば、そんなことはどうでもいいことだと思うのだが、静穂のプライドはそれを許さないらしかった。

それなのに、つい先程、この遊園地内で奥谷一派が彼氏を連れているのにばったり出くわしたのだ。

もちろん、それが偶然とは、誰ひとり信じていない。

「遊園地に女だけで遊びにくるなんて可哀相に、もてない女にはなりたくないわぁー、私」

優越感を声にも顔にもおおっぴらに滲ませて、すれ違いざま、静穂は聞こえよがしにのたまった。

そんな侮辱に、この蘭子が黙っているわけがない。

愛美は反論しようとして口を開きかけたが、そのまま閉じた。

いままでの経験からいって、蘭子を諭すなんて無駄なことだ。
どんな論争も平行線を辿るだけ…

ここは蘭子を落ち着かせるために、この場は話を合わせておくのが一番いいと愛美は結論を出し、百代に向けてこっそり目配せした。

愛美の考えを察知してくれた百代が、間を置かず頷いた。

「うん、そうだね」

百代はこの事態が面白いらしく、目玉をくるくるさせている。
何を考えているのか分からない彼女だが、頭の回転は速いのだ。

自分の意見が指示されたことで、途端に蘭子の機嫌は良くなった。

「そうと決まれば、まずはリストを作らなきゃね」

リスト?

眉を寄せた愛美と百代の方へ、蘭子はぐっと身を乗り出して来た。





   
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