シンデレラになれなくて


その2 恋人候補者リスト



翌日の午後、三人は学校から車で十五分のところにある、百代の家にいた。

百代の思考も発言も変わっているが、彼女の趣味も同じようにとても変わっていて、この部屋にも普通のものがない。

グロテスクといえるようなぬいぐるみを、可愛いと叫びながら抱き締める彼女の私服も、その類に洩れない。

当然というか、棚に並ぶDVDも本も、おどろおどろしいものがずらりと並んでいるのだ。

愛美がその背表紙にすら、視線を向けられないようなものが…ずらりと。

百代や蘭子と愛美が友達になったのは、ここ半年のことだ。

父親の徳治(とくじ)が、蘭子たちの通う名門私立高校の大学部の陶芸の教授として雇ってもらえることになり、それに応じて3年になると同時に、愛美は編入して来たのだ。

芸術家肌というのか、愛美の父は、百代とは違う種類の、言葉は悪いが変人で、笑い顔などたまにしか見たことがないほど無愛想で偏屈なひとだ。

自分の思いを偽って、ひとの機嫌を取るなんて逆立ちしたって出来る人ではなく、それが祟って、以前勤めていた大学は首になった。

ここへ来るまで、陶芸の窯のある山の中の家で、父の造る陶芸品を糧にして、親子ふたり暮らしていたが、いまは、学校の近くにあるいくぶん老朽化したアパートに移り住んでいる。

山の中の暮らしは、本が生きがいの愛美には、気に入りの世界だった。
たっぷりの自然と、木と語らえる静寂。そして窯から立ち上る、独特の匂い。

工房には、父が他者を入れることを嫌って入らせてもらえなかったが、工房の外で、もらった土をこねては、実用に使う皿や鉢などを作らせてもらっていた。

自分が土をこねて出来上がった皿を手にしたときのジーンとする静かな感動は、父を理解できたと思える特別な瞬間だった。


「候補者は出揃ったわ」

蘭子がすでに勝ちを収めたように、自分の書きあげたリストを高々と掲げて叫んだ。

切り取ったレポート用紙を前に、シャープペンシルを握り、愛美は真剣に考え込んでいるふりをした。

真向かいに座っている蘭子は、テストの時より真面目な顔で見直ししはじめた。

右隣にいる百代の紙を見ると、これが驚いたことに、びっしりと書き込まれているではないか。

立ち上がった蘭子が、愛美と百代、双方の紙を点検するように上から見下ろしてきた。
愛美は慌てて真っ白な用紙を隠そうとしたが、間に合わなかった。

「もうー、愛美ったらやる気あんの。白紙のまんまじゃないの。誰でもいいから早く書きなさい!」

がみがみと噛み付くように怒鳴られ、むっとした愛美が言い返す前に、蘭子は標的を百代に変えた。

「百代。あんたってば、学校中の男子生徒の名前全部書いてんじゃないの?真剣にやりなさい、真剣に」

真剣なのは、やはり蘭子だけのようだ。愛美は胸を撫で下ろした。

「だってさ」

百代は面白くなさそうに呟いた。

「言い訳はいいわ」

蘭子はぴしゃりと言い、平然とした百代をねめつけた。

「とにかく、百代の彼氏候補から選ぶわ。せめて三人ぐらいにまで絞らなきゃね」

そう言って考え込んだ蘭子が、ぽんと手を打ち、指で紙面をさした。

「この中から、いますぐでも、キスしてもいいと思う男だけ残しなさい」

「キス?」

百代はぽかんとして繰り返した。

「誰ともいやよ」

「なら、手を握られてもいいかなと思う人でもいいわ」

そう言われて、百代は紙をじっと見つめ、ほとんどの名前を二重線であっさり消した。
それでも数人の名が残ったようだった。

一人は同じクラスの石井慶介(いしい けいすけ)。もう一人は彼女のいとこだと言う。

「石井か。そう言えばあんたあいつと仲良かったよね。だけど、あいつじゃねえ」

愛美は石井の顔を思い浮かべた。人の良さそうな垂れ目の男子だ。

「…冴えないんじゃないかな。三馬鹿との対決には…こう、もっと、ねえ…」

蘭子は顔を斜に向けてため息を洩らした。
その表情から、石井が、百代の恋人候補から消されたのが分かった。

「まあいいか。それじゃあ次。愛美ね」

愛美はどきりとして後ずさった。

「私は…その、とにかく、蘭ちゃんの後でいいわ。まだひとりも書いてないし…」

ありがたいことに、蘭子は愛美の提案に素直に従ってくれた。

蘭子の候補者の名を上から順に辿っていく途中、愛美は頭が痛くなった。
一緒にみていた百代は、ヒクヒクと口元を歪めている。

ほとんどが年上で、高校生などひとりもいない。
それどころか、有名タレントの名や、超人気アイドルに俳優の名前まで書き込んであった。

確かにこの中の一人をゲットできたら、間違いなく静穂の鼻はあかしてやれるだろうが…

愛美は、リストの一番最後に書かれた名前が、すでに線で消されているのに気づいた。

「これは誰なの?」

ちょっとした興味を引かれて愛美は尋ねた。

ご機嫌な笑顔で、ランク付けのために番号や丸や二重丸の記号を名前の前に書き込んでいた蘭子だったが、愛美の問いに焦りを浮かべ、消された名前を真っ黒に塗りつぶしてしまった。

「問題外よ。見栄えはなかなかなんだけど。性格の方が…ね」

「性格?いったい誰なの?」

「とんでもなく尊大で、高飛車な男なのよ。呆れかえるぐらい傲慢で意地が悪いの」

愛美はぐっと笑いを堪えた。
その説明に、蘭子その人を思い浮かべずにいられようか…

「ぷっ、ぶははは…」

愛美と同じ思考を辿ったのか、百代が派手に吹いた。
お腹に手を当て、海老のように背中を折って苦しげに笑っている。

「何がおかしいのよ。変な娘ね」

蘭子は、笑いの理由にまったく思い至らないらしく、怪訝な顔で百代を睨んだ。

そのおかげで百代の笑いは増長され、愛美は笑いを散らす為に自分の腿をぎゅっと抓った。

夕焼けが室内をオレンジ色に染め始めた頃には、愛美も同じ学校の男子生徒を、候補者として無理やり押し付けられていた。

週末ごとに戦果を報告しあうということになったが、もちろん愛美は実行に移すつもりなどなかった。

適当に言い繕っておけば、熱しやすく冷めやすい蘭子の事だ、そのうちに彼氏獲得作戦熱も冷めるだろう。





   
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