シンデレラになれなくて


その3 恋人の取得と喪失



残念なことに、蘭子の熱は冷めるどころか加熱してゆくばかりだった。

それもこれもあの静穂が、ことあるごとに蘭子に彼氏がいないことを嘲り、不憫そうに同情を込めて慰めの言葉をわざとらしく耳に入れるからだ。

そして、言い返す言葉もなく怒りで真っ赤になった蘭子を見て、静穂は満足そうに去って行くのだ。

厄介事がもうひとつあった。

蘭子の天敵であるシニカルな櫻井比呂也(さくらい ひろや)が、取材と銘打って、蘭子の神経を逆なでに、頻繁にやってくるのだ。

櫻井の書く記事は狙いが確かで、他人事の奴には大うけするが、記事にされた本人にとっては愉快ではいられない。

櫻井と蘭子のふたりは、会うと当たると火花を散らしていたが、今は一方的に櫻井が蘭子をやり込めている。

静穂も櫻井も、いくら何でもやりすぎだった。

愛美すら腹に据えかねてきた。
らしくなく腹を立てている彼女とは対照的に、蘭子は無口になっていった。


そんなある日、蘭子がはればれとした顔で登校してきた。

彼女は一日中ご機嫌で、静穂の皮肉も、櫻井もまったく相手にしない。

櫻井はいつもの攻撃が功を奏しないことに、苛立ちを隠しきれない様子だ。

櫻井は、去りぎわに愛美を捕まえ、蘭子の変貌の理由を聞きたがった。

記者魂が騒ぐのだろうか?

櫻井に腹を立てていた愛美は、櫻井をそっけなくあしらった。
愛美の態度に櫻井がむっとしたのを見て、愛美はいくらか胸がすっとした。

三人は放課後を待って、また百代の家に上がりこんだ。

「私、ついにやったの。やったのよー」

蘭子は嬉々として叫んだ。

行動力のある蘭子だ、予想はしていたがやはり驚いた。

「誰?」

愛美と百代は声を揃えた。

蘭子は勝ち誇った顔で、ふたりの知らない名をあげた。有名国立大の二年だという。

「本当に付き合うの?」

百代が呆れた顔で聞いた。

「もっちろんよ」

「蘭ちゃん、その人のこと好きなの?」

愛美はかなり不安な面持ちで尋ねた。

二人に向けて蘭子はひとさし指を振り、ちっちっと舌を鳴らした。

「そんなことは問題じゃないのよ。賢さとルックス、それだけ揃ってればいいの」

愛美は思わず天を仰いだ。
さすがの百代も心配そうに顔を曇らせている。

「やっぱり、高校生の私たちには同じ年齢くらいの…」

「何言ってるの!」

愛美は、言い終わらぬうちに蘭子に噛み付かれてひるんだ。

「奴の彼氏も大学生なのよ。高校生の彼氏なんかじゃ到底勝てっこないじゃないの」

恋愛に対して、勝つだの負けるだのと口にしている蘭子を、心配せずにいられるだろうか…

「さあ、これであいつを見返すのも時間の問題」

勝利を手にしたマウンド上のエースピッチャーのように両腕を高々と上げ、開けっぴろげに笑むと、蘭子はふたりに向き直り、こう宣言した。

「さあ、お次はどっち?」





残念というべきか、喜ばしいというべきか、蘭子と彼の仲は一週間とたたぬうちに亀裂が入り、二週間を迎える前に崩壊した。

自己中な蘭子であれば、十日もっただけでも驚きに値すると愛美には思えた。

相手が見切りをつけたのか、蘭子の言葉通り、彼女が飽きたのか真相は分からなかった。

そして次の朝、ひと悶着あった。

蘭子の破局を、面白おかしい記事にして、櫻井がばら撒いたのだ。

「櫻井ったら、くやしい。くやしい。くやしーっ」

喚きたい気持ちは理解できないでもない。
なので、愛美は蘭子を思う存分喚かせておくことにした。

結局は、口の軽い蘭子の身から出たさびなのだ。
のろけてばかりいた女が突然口をつぐめば破局が匂う。

蘭子は正直が取り柄で嘘がつけない。
勘の鋭い櫻井にずばりと聞かれて口ごもったのでは…

気の済むまで喚いた為か、蘭子が急に静かになった。
そして間を置き、吐き捨てるように言った。

「ルックスのいい男なんていくらでもいるわ。櫻井、見てらっしゃい!」

…攻撃の対象が、いつの間にか変わっていた。





   
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