シンデレラになれなくて


その11 頭の中のもやもや



「今なんて?」

「申し込みがあったって言ったのよ。百代には3人、愛美には5人。その中から一番良いのを選んでおいたわ」

まるで、買い物に行って、大根でも選んできたような軽い口ぶりだった。

昨日のパーティーから一夜開けて、いまは午後の3時だった。
蘭子が集合を掛けてきて、運転手付きの車でふたりを迎えに来て、こうして三人揃って喫茶店にいる。

「どうして蘭子のところに、申し込みがくるのよ?」

蘭子のおごりの、チョコレートパフェを頬張りながら、さっぱりわけが分からないというように、首を捻った百代が聞いた。

愛美の前にはフルーツパフェが置かれている。
ウエイトレスが運んできたばかりで、いましも食べようと、愛美がスプーンを手にしたところで、蘭子が爆弾に匹敵する発言をしたのだ。

「私がめぼしい殿方に、宣伝しておいたからに決まってるじゃない」

「宣伝?」

愛美は百代と声を合わせて叫んだ。

「私が、自分のことばかりにかまけていたとでも思ったの?目標はトリプルデートと初めから決まっているのに」

「蘭子も?」百代が驚きを混ぜて聞いた。

「当たり前じゃない。ちゃんと掴まえたわ」

百代と愛美は目を丸くした。これが一番驚いた。

「私の相手は、大学四年で、まずまずの家柄、マスクも合格点。性格はおとなしくて使いやすそうな感じなの」

「使いやすい?なんじゃそりゃー」百代が喚いた。

愛美は言う言葉がなくて黙り込んでいた。
彼女自身は、あの日のパーティーでのことを、なぜか、ほとんど覚えていなかった。

ヒールの高さに何度もよろけそうになったこと。
百代と一緒に美味しいものをいっぱい食べたこと。

そして…車の中で眠ってしまった愛美を、百代が起こしてくれたときには、家の前だった。

百代の説明によると、愛美は間違えてお酒を飲んだらしく、吐く息がアルコール臭かったらしい。

愛美は家に帰りつくと、お風呂に入ってすぐに眠った。

そしてそれまでみたことのない、リアルな夢を見た。
夢の中に素敵な男性が現れて、彼女に…彼女に…

「愛美?どうしたのよ。あなた頬っぺたが真っ赤よ」

蘭子に指差された愛美は、ぎょっとして両頬を手のひらで隠した。

「何を想像して赤くなってるのよ?」

「な、なにも」

「まあいいわ。それで、初トリプルデートの段取りだけど…」

「ト、トリプル…デート?」愛美は上ずり声で繰り返した。

「本気なの?」百代が呆れたように言う。

「あたりまえでしょう。ふたりは、相手とは会った当日に即デートってことになるけど、ふたりきりのデートってわけじゃないんだから、安心なさい」

「わたしは、いいわ。知らないひととデートなんて…」

愛美の言葉を、蘭子が手を上げて制した。

「まったく知らないわけじゃないわよ。会ってるんだから」

「会ってる?」

「向こうは、パーティーで、あんたたちと話して気に入ったから、申し込んできたのよ。どいつのことかわからなくても、ちゃんと会ってはいるわよ。…そうそう」

蘭子が、意味深な視線を愛美に向けてきた。

「な、何?」

愛美はパニックに駆られながら問い返した。

「愛美の相手の人、あなたの落し物預かってるって言ってたわ」

「落し物?わたし、別に…何も落としてないけど」

「髪飾りよ。あなた小さな花の髪飾りいっぱいつけてたでしょ?それを拾ったらしいわ。私に返してって言ったら、本人に直接渡したいって。背が高くて、とってもハンサムなひとよ。名前はねぇ…」

「ねっ、ねっ、わたしの方は?どんなひとなの?」

「百代の?」

蘭子は百代の急くような反応が嬉しかったらしく、即座に顔を向けた。

「もちろん、ハンサムよ。そうでなくちゃ選ばないわよ」

「黒が似合いそうなひと?」

「黒?」

「だって、黒がぴったり似合うひとでないと、わたしとの波長があわないでしょう?」

蘭子はしばらく無言で百代をみつめた。そしてやっと、口を開いた。

「まあ、そうね。…黒も似合いそうよ」

百代がまだ問いを口にしそうになるのを、蘭子は身振りで止めた。

「あとは会ってのお楽しみってことにしましょ」

「そうね。楽しみは多いほうがいいわ。それで、どこに行くの?」

百代の瞳はキラキラと輝き始めた。
彼女の思考は、スイッチひとつの単純さで、デート受け入れ状態に切り替わったらしかった。

「遊園地といいたいところだけど、まずは喫茶店で互いのお相手と顔を合わせるってことで、日時を決めておいたわ」

「喫茶店?どこの?」

「ある男が、とある喫茶店で、アルバイトをしているという情報を得ているのよ」

なぜか蘭子の言葉には、隠しようもない喜びが滲んでいる。

「アルバイト?誰?」

「櫻井。まずあいつの目玉に、とくと思い知らせてやるのよ。あいつが記事にしてくれれば、静穂の鼻もいっぺんに明かしてやれるのだけど…。櫻井が、私に有利な記事を書くはずはないから…、あとは学園内に、さりげなく噂を流すことにするわ」

「考えてるわね」百代がひどく感心したように言った。

「まあねぇ」蘭子は鼻高々だ。

「テストの時も、それくらい頭使ったら、赤点ぎりぎりなんて成績取らずにすむのにね」

百代が眩しいほど明るく言った。

「余計なこと言わないで!」

蘭子の叫びとともに、百代の頭が小突かれた。

「あ、あの。百ちゃん」

ふたりの途切れのない会話に、やっと間が空いたところで、愛美は急いで口を挟んだ。
ずっと抱えている気掛かりがあるのだ。

「なあに?」

「わたし、おかしなことがあるんだけど…」

百代は視線を合わせているのに、その問いに問い返すことも、頷くこともせず黙っている。
それが妙に意味ありげで、愛美は問いを続けるのが、なんだか怖くなった。
知らない方がいいことを知ってしまいそうな、嫌な悪寒がした。

「おかしなことって?」

百代の代わりに、蘭子が先を促してきた。

いまのとんでもないトリプルデートのことも、もちろんひどく気になっている。
けれど、頭の中にある普通でないものは、そんなものより、もっとずっと愛美を悩ませているのだ。

「あの。頭の中で…ね」

愛美は自分のおでこに手を当てて、蘭子をみつめ、それから百代に疑るような視線をあてた。

「なにかがあってね、それが邪魔してるの」

自分でも馬鹿な問いに聞こえる。愛美は泣きたくなった。

けれど確かに、愛美の中に、はっきりしない何かはあって、それが物凄く気になってならないのだ。

「ああ。それね」

百代はあっさり肯定した。
愛美は百代を疑っていたくせに、仰天した。

「や、やっぱり、こ、これって、百ちゃんの仕業なの?」

そんな気がしたのだ。
愛美自身は何も知らないのに、別次元の愛美は知っているという、ひどく奇妙な感覚…

「仕業?」

百代は、愛美の言葉の選択に不興顔をし、唇を突き出した。

「あの夜、愛美酔ってたし、でも、お化粧してたの落とさないで寝たら、せっかくの綺麗な肌が大変なことになると思ったの。意識があやふやでも、クレンジングだけは忘れたりしないようにって、やったのよ」

「クレンジング?やった?やったって何を?」

「クレンジングよ、忘れなかったでしょ?」

たしかに、クレンジングは使ったようだ。
ぼんやりとだが、お風呂場に、もらったクレンジングの容器を持って入ったことは覚えている。

今朝になって、中身の少なくなった容器を、愛美はお風呂場で見つけていた。

「忘れなかったけど…いったいどういうこと?」

「おまじないしただけよ。忘れないように…。で、愛美は忘れずにクレンジングして…だから、お役ごめんになったの。で、愛美が気にしてるそいつは、その名残りみたいなもの」

「い、意味わかんないんですけどぉ」

愛美は、尻上がりに悲鳴のような声を上げた。

「気にしないでほっとけば、そのうち消えるわよ」

百代はそんな言葉で、愛美のパニックをあっさりと切り捨てた。

「で、でも」

愛美は百代に縋るように両手を突き出した。

「だから、気にするほどたいしたもんじゃないってば!」

百代はうざったそうな顔つきと態度になり、いくぶん怒鳴るように言った。

「面白いじゃないの」

蘭子が愛美をぐいっと押しのけて前に出てきた。

「百代、そんな面白いことできたの。私にもやってよ」

「いま、蘭子にそれは必要ないわ」

事も無げにそういうと、百代はまたパフェに向き合った。

「ね、正確に表現して、どんな感じなの?」

蘭子の瞳は、好奇心にめらめらと燃えている。
愛美は答えられなかった。

「必要なくなったら、消えるってば」

「ほんとに、それを待つしかないの?」

ひどくどうでもいいように、百代が大雑把に頷いた。

「で、でも…」

「ふたりとも早く食べたほうがいいわ。アイスが溶け始めてる」

相手をするのがうっとうしくなった百代は、寄ってきた野良犬を追い払うような仕草で、愛美に向けてめんどくさそうに手を振った。





   
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