シンデレラになれなくて


その12 トリプル初デート



「言うの忘れてたけど…」

愛美の髪を梳きながら、蘭子がふと思い出したというように言った。

愛美はどきりとした。
蘭子の口から出る言葉は、この最近、ろくなものじゃない。

今日は蘭子の仕組んだトリプルデートの日なのだ。

午前中、藤堂の屋敷で、百代と愛美を変身させ、1時に約束の場所で待ち合わせをし、目的の喫茶店に出かける手筈となっているらしかった。

「あなたたち、二十一ってことになってるから」

「二十一、なにそれ?」

自分で化粧している百代が、アイシャドーを塗る手を止めずに聞いてきた。

「年齢よ」

「どうして?」愛美は驚いて聞き返した。

「百代の相手の方は、大学院に通っているひとだし、愛美のお相手は社会人なのよ。ちょっとばかり…まあ、年が離れてるの。せめて成人超えてないと、相手にされないでしょ?」

「そんな誤魔化しするなんて、わたし嫌だわ」

百代が眉間に皺を寄せて抗議した。

「真剣にお付き合いするつもりないんだもの。構わないわよ」

「そ、そういうのって…よくないわ」

愛美も黙っていられずに、百代の抗議に加わった。

「愛美、真剣に付き合うつもり、あったの?」

「そ、そりゃあないけど」

「でしょう。はい、出来たわ」

蘭子は櫛を鏡台に置き、愛美の髪を手のひらに載せて、その感触を楽しんでいる。

「それと」

「まだなにかあるの?」

「名前、百代は、桂もも、愛美は、早瀬まなってことになってるから」

「はぁー?」

唇に色をつけていた百代が、気に食わないというように唸りをあげた。

「いいわね。それじゃあ、あとはお化粧よ。愛美、こっち向いて」

「ね、こんなことやめない。やめるならいましかないと思うの」

蘭子はそんな愛美の言葉など歯牙にもかけない。

愛美の眼鏡を取り上げると、蘭子はさっそく化粧水を含ませたコットンを、顔に叩きつけてきた。

「そんなに引っ込み思案でどうするの。なんでも体験よ。体験がひとを創るのよ」

説得力のある言葉だが、蘭子の口から出ると、説得力の欠片も感じられない。

だが、ここまできて、蘭子が素直に取りやめるはずもないだろう。
愛美は覚悟を決めるしかないようだった。

おまけに、頭の中のもやもやは、まだ取り付いていて消える気配もないのだ。

このふたりと友達になってよかったのだろうか?という自分に対する問いがふと浮かび、愛美はそれを即座に退けた。

このふたりのせいで、たとえどんな火の粉が飛んでこようとも、愛美はふたりが大好きなのだ。





待ち合わせの場所は、なぜか駅前だった。
蘭子の言うには、デートの待ち合わせの定番だからだという。

百代は、すでに不平を言うのを止めてしまい、愛美も開き直るしか仕方がなかった。
彼女ひとりがいまさら何を言っても、無駄なことだ。

三人が駅前に着くと、すでに蘭子のお相手の男性は待っていた。
彼は輝くばかりの蘭子の容姿に、すでにめろめろのようだった。

次に来た男性は、彼女たちを見つけると、ゆっくりと近付いてきた。

その男性が、まず百代の前に立って挨拶したことから、彼が百代の相手だとの説明がなくてもわかった。

彼は黒っぽい服を身につけていて、百代はその服装だけは、すぐさま受け入れたらしかった。

愛美の相手は、時間が過ぎてもなかなかやって来なかった。

「遅いわね。時間にルーズなひとではないのだけど…」

「誰なんですか?」

蘭子の相手のひとが、どうでもいいことのように聞いてきた。

彼は遅れてくる人物が誰でも興味はなく、ただ、蘭子との会話のきっかけにしたかっただけのようだった。

「保志宮さんよ、ご存知?」

「保志宮?保志宮…まさか、保志宮輝柾(ほしみや・てるまさ)氏ではないですよね?」

「彼よ」

あっさりと認めた蘭子とは対照的に、蘭子の相手は驚愕の色を浮かべている。

「あ、あの方が、こんな場所にお見えになるんですか?」

「こんな場所?」

蘭子の目が、不快げにきらりと光った。

「あなただってやって来たじゃないの。わたしもやって来たのだけど?」

どんな文句があると言わんばかりに、蘭子は嫌味を込めて、とげとげしく相手に言った。

「え、あ、いや、た、ただですね…」

相手が、いささか震え上がったのが分かった。
愛美は彼が気の毒になってきた。

「あ、あの方は、こういう形でデートなどなさる方ではないなと…」

蘭子に鋭く睨まれつつ、彼はもごもごと言い訳の言葉を押し出し、途中で黙り込んだ。

「いらしたようだわ」

蘭子の言葉に、みんなが蘭子の視線の方向へと頭を巡らした。

ひと目を引く風貌の背の高い男性が、颯爽とした足取りでこちらに歩いてくる。
他を圧するような物腰で、とても存在感があるひとだった。

その人は、蘭子を先に見つけ、彼女に向けて笑みを見せた。
蘭子の言葉どおり、とてもハンサムな人だった。

パーティーで会話をしたはずと蘭子は言っていたが、これだけ存在感のあるひとだというのに、愛美は彼を覚えていなかった。

もしかして、いま着ている服装が、こざっぱりとした飾り気のない私服だからなのだろうか?
会場では、彼もスーツだったはずだから…

「遅くなってしまい、申し訳ありません」

「言い訳なさらなかったのは、高く買いますわ」

保志宮というひとは、ふっとやわらかな笑みを浮かべた。
そして百代、それから愛美に視線を向けてきて、微かに首を傾げる仕草をした。

愛美は申し訳なさが湧いた。
きっと彼は、いまの愛美の姿にガッカリしたに違いない。

簡単に紹介を終えると、蘭子は全員の先頭に立って、目的の喫茶店に向けて歩き出した。

蘭子の相手は、嬉々として彼女の横に並んで歩き出した。





   
inserted by FC2 system