シンデレラになれなくて


その13 デートの結末



「イメージがずいぶん違うので、すぐには気づきませんでしたよ」

歩き出してすぐ、保志宮が小声で愛美に言った。
ふたりはみんなの最後尾についている。

それはそうだろう。
あの夜の愛美と、今の愛美は、同一人物とは思えないくらい違う。
服もクリーム色の豪華なドレスなどではない。

それでも、蘭子が以前にくれたベージュのワンピースを着て、髪を垂らした愛美は、いつもとは比較にならない。

もしかすると、少しはエレガントに見えるのかも知れない。たとえ、眼鏡を掛けていても…

「ですが、その眼鏡は、とても可愛らしい」

そのかなり強引と思える褒め言葉に、愛美は返事をしなかった。
あまりに不自然で、なんと言葉を返せばいいのかわからなかった。

保志宮はそんな愛美を見て何を感じたのか、軽い笑みを浮かべている。

大人の男性だ…
このひとと愛美では、まったく釣り合いが取れていない…

パーティーの時の愛美ならば…まだ見た目だけは、釣り合ったのかもしれないが…

「すみません」

保志宮と並んで歩きながら、愛美はそっと謝罪を口にしつつ頭を下げた。
彼は眉を上げて、首を傾げた。

「どうして謝るんですか?」

「貴方を、がっかりさせてしまいましたから」

「そんなことは、まったくありませんよ」

「やさしい方ですね」

愛美は保志宮に向けて微笑んだ。彼も小さな笑みを返してきた。

「不思議なひとだな。貴方は」

愛美はその言葉に面食らった。

不思議…?

「わたしが…?」

愛美はきょとんとしたまま首を傾げた。

「マイナスなイメージを与えてしまうような言葉なのに、何気なくて…そう聞こえない」

「そうでしょうか?」

保志宮はもう一度、愛美を見つめて微笑んだ。

「蘭子さんとは、お友達なんだそうですね」

「はい。仲良くさせていただいています」

「どこで知り会ったんですか?彼女とは歳が違うでしょう。どこかのクラブか何かで仲良くなったんですか?」

どうやらこのひとは、蘭子の本当の歳を知っているらしかった。

彼の言葉からすると、愛美が21だという年齢を疑っているようではない。それに、詮索とかでもないようだった。
単に問い掛けているだけらしい。

それでも、嘘の苦手な愛美には、うまい言葉が思い浮かばない。

「保志宮さん、愛美。着いたわよ」

ありがたいことに、蘭子がいいタイミングで声を掛けてきてくれた。

「はーい」

愛美は飛びつくように返事をし、蘭子の側に駆け寄って行った。

「いい感じみたいじゃないの。ほんとの恋人同士のように見えたわ」

そんな呑気なことを言っている場合ではないのだ。

「蘭ちゃん、やっぱりわたし…」

蘭子は、さっと愛美の唇に指を押し付けてきて、彼女を黙らせた。
すぐ後ろに、保志宮がやってきたらしかった。

店内へと入った愛美の視界に、櫻井の姿が飛び込んできた。
彼は感情のない顔で蘭子を見つめていたが、すぐに店の奥へと引っ込んだ。

どうやら蘭子のひとつの目的は、あっさりと達成したらしい。

六人はテープルを囲って座ったが、気心がしれていない者が多いせいで、落ち着かない雰囲気が漂った。

愛美の前に保志宮、その隣が蘭子の相手、そして蘭子。愛美の左隣は百代で、その横に百代の相手が並んで座った。

蘭子の相手は、自分の隣に座っている保志宮の存在がネックになっているらしく、ひどく緊張した面持ちで固くなったままだ。

百代の相手は、もともと寡黙なのか、自己紹介をしたあとは、あまり口を開いているようではなかった。

百代はというと、そんな相手に無関心な様子で、どうやらこのカップルの成立はありえないようにみえた。

困った蘭子ときたら、バイトをしているはずの櫻井ばかり気にして、自分の勝利の味をもっと貪欲に味わおうとしている。

愛美は目の前に悠然として座っている保志宮を改めて見つめて、おかしさが込み上げてきた。

こんなに素敵な大人の男性が、愛美などに付き合いを申し込んできたとは、受け入れがたい。
きっと、これは何かの間違いなのだ。


盛り上がらない会話をしていたところに、櫻井が注文した品を運んできた。

蘭子の注文したカフェラテを、彼女の前に置いた櫻井に、蘭子はつんと澄ました顔で、横柄に「ありがとう」と言った。

櫻井が怒りにぐっと歯を噛み締めたのが分かり、愛美はハラハラした。

櫻井はやり込められて、負けていられる性分ではない。
こんなことをするから、自分が窮地に立つのだと、どうして蘭子は分からないのだろう。

蘭子は自分の相手に少し寄り添うような振りまでして、仲の良さをアピールしている。
そのアピールに、蘭子の相手は単純に喜び、笑顔を見せている。

「それで、保志宮さん、愛美の落とした髪飾りは?持ってきてくださったの?」

シンと静まっていた場を気にしてか、蘭子がそう言った時、彼女の頭にザーッと水が降ってきた。

蘭子の相手も、多少のとばっちりを受け、「わっ」と叫んで、蘭子を押しのけるようにして飛びのいた。

彼は隣に座っていた保志宮にドンとぶつかったが、保志宮はさほど驚いた様子もなく、たいした反応もしなかった。

櫻井の方に顔を向けた愛美は、片手に空のポットを持った櫻井が、うっすら笑みを浮かべているのを目撃した。

「お客様、すみませんでした。手を滑らせてしまいました」

申し訳なさそうに櫻井が言った。

「なっ、なにするのよ。櫻井!」

あまりの出来事に声が出ないでいた蘭子は、大きく息を吸うと同時に怒鳴った。

店内が騒然とした雰囲気に包まれた。
騒ぎを聞きつけたのか、店の奥から店主と思しき男性がすっ飛んできた。

「どうしたんだ?いったい何があった?比呂也?」

「マスター、すみません。手を滑らせてしまって」

「じ、冗談じゃないわ!」

蘭子は頭から湯気を立てんばかりだ。
水の量はハンパでなく、蘭子の全身は、ぐっしょりと濡れそぼっている。

綺麗にセットした髪も、みるも無残な有様になってしまい、とんでもないことに水でぬれた服が透けて、ブラジャーがはっきりと分かるほど浮き上がって見えていた。

「蘭子、ふ、服が…」愛美は取り乱して叫んだ。

バッグからハンドタオルを取り出した百代が、さっと立ち上がり、テーブル越しに蘭子の胸の辺りを覆った。

「店の奥に行って、タオルを借りた方がいいわ。わたしもついてゆくから…愛美も」

混乱してどうしていいか分からなくなっていた愛美は、百代の言葉に反射的に立ち上がった。

櫻井に文句を言い続けている蘭子を挟んでうながしながら、百代と愛美はマスターの後について、店の奥へと向かった。





   
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