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第十二話 噂の真実
ひんやりとした水で顔を洗い、タオルで顔を拭いたアークは、爽快な気分で部屋に戻り着替えを始めた。
今日は戦だ。
アークは手を開き、ぐっと握り締め、身の内にある魔力を感じた。
魔力は充分戻っているに思えた。
ジェライドの薬湯、そしておとなしく寝ていたおかげだろう。
聖騎士の制服を身につけ終えたアークは、両親に出立の挨拶をし、歩いて館を出て、聖なる屋敷の敷地内にある厩へと向かった。
アーク、そして両親の馬三頭の住まいだ。
厩には三頭が駆け回るのに充分な起伏の飛んだ敷地が備えられている。
「おはよう」
アークは、厩の中で自分に背を向けている愛馬シーダに声を掛けたが、シーダは振り向きもしないどころか、声など聞こえなかったかのようになんの反応も見せなかった。
「シーダ」
アークの再度の呼びかけに、シーダはまるで舌打ちをするように鼻を鳴らした。
どうやら、この最近まるで構ってやっていなかったせいで、相当に機嫌を損ねているらしい。
「シーダ。私も色々と忙しかったんだ。それでも、君に顔を見せにこなかったのは悪かったと思ってる」
シーダはちらりと顔を向け、じろりと睨んできた。
それでもこの反応は、歩み寄りの気持ちが出てきた証拠。
「戦だ。シーダ、今回もよろしく頼むぞ」
シーダは、仕方なさそうにいななき、アークが扉を開けると外へと出てきた。
馬には数種の種類がいるが、シーダはその中のウッドロという戦闘向きの馬だ。
他の馬よりもごつくて大きい。
すでに昨日のうちから厩番に知らせは届いていて、シーダの準備はぬかりなく整っていた。
アークは、シーダの世話係に礼を言い、シーダもろとも姿を消した。
広場には、数人の聖騎士と賢者や賢者の修行者がいた。
アークの姿に気づいた者達が、次々に頭を下げてくる中、フィゼル騎士団長が歩み寄ってきた。
「アーク様」
「もう全員揃っているのですか?」
周囲を見回しながらフィゼルに尋ねていたアークは、こちらに向かって歩いてくるジェライドに気づいた。
「うん?」
ジェライドとともに、いささか風変わりな人物が一緒にやってくる。
「あれは?」
アークの言葉にフィゼルも首を回したが、ジェライドと一緒にいる人物を目にし、驚きを見せて眉を上げた。
「セサラサーですな。しかし、これはまた…」
眉をしかめるべきか笑ってしまってよいのかフィゼルが迷っているうちに、ジェライドは目の前にやってきた。
「アーク様、おはようございます。どうですか、体調の方は?」
「ジェライド、セサラサーのこの姿は…どういうことだ?」
「アーク様。フィゼル団長殿」
膝をついて魔剣士の正式な挨拶の動作をぎこちなく行ったセサラサーは、上機嫌でにやにや笑っている。
「セサラサー。君が何故ここに? それに、その格好はなんだ?」
賢者達が、彼ら専用の白い衣装をまとっている中で、セサラサーの服のデザインは、色と生地とを別として、聖騎士の衣装そっくりだ。
おまけに白いマントまで羽織っている。
「アーク様。俺…じゃない、私は、ジェライド様の弟子としてぇ、わ、わー、わー、そう、我が師をお助けし、ですな。また、また、また戦の援助を…いたすぅ…えー所存でしてぇ…。必ずや、騎士団のお役に、えっとですな。そう、たてるものと存じます」
セサラサーの語りは、頭に丸暗記した言葉を思い出しつつ口にしているような感じだった。
ジェライドは、たまらないといわんばかりに、口を押さえてクスクス笑っている。
すべてジェライドの配慮だろう。
まだ賢者の称号を得ていないセサラサーは、戦に参加する資格はない。
けれど大賢者であるジェライドの弟子として供をするのであれば、どこへなりと同行できる。
賢者の誰しもが弟子を持つ中で、アークの供人をしていた為か、ジェライドは一人の弟子も持ってはいなかった。
だがここへきて、彼はセサラサーを自分の弟子として受け入れたらしい。
大賢者が、賢者ではないただの修行者を弟子にするというのも、普通はあり得ない珍しいことだろうが…
「素晴らしい師についたな、おめでとうセサラサー」
「はっ、ありがたき、お言葉を、…えーーー」
セサラサーはなんと続けていいのかわからないらしく、助けを請うように師匠であるジェライドをちらりと見た。
ジェライドは首を横に振りつつ、「賜り、恐悦至極にございます」と口にして教えた。
「た、たまわり、きょーげつ…?」
「恐悦至極にございます。だよ」
「きょうえつ…しごくにございますだよ」
アークは思い切り噴き出した。
「どうやら、もう一度学校に行って、語学を学びなおす必要があるようだな」
アークの言葉に、ジェライドは苦笑いした。
セサラサーは頭をかきながら「慣れないもんで…」と、それでもニヤニヤ笑っている。
「今日はまた、ずいぶん見送りの数が多いんだな?」
フィゼル団長と別れ、シーダの望みを受けて彼を馬達の群れに合流させてやり、アークは周りを見回してジェラドに言った。
少なく見積もっても、三十人近くいるようだ。
ジェライドは、自分の愛馬であるレードとアークの愛馬シーダが、久しぶりの対面に楽しげにはしゃいでいるのを見つつ、真面目な顔付きで頷いた。
「いや、ここにいるほぼ全員が行くことになってる」
アークは眉を寄せた。普段、戦に同行する賢者は、多くても十人ほどだ。
騎士団には癒しが長けているものがいて、彼らが最前線で救護に回るから、賢者はさほど必要ない。
攻撃魔法を得意とする賢者もいるが、賢者の攻撃魔法は騎士と違って魔力を多分に消費するため、長期に渡る戦のような実戦には向かない。
なのに今回、これだけの人数を最初から派遣するとは?
つまり、この戦で、大勢の賢者の助けが必要な事態になると、予知したうえでの措置と考えるのが妥当だろう。
「この戦で、何が起こる?」
「何が起こるかなんて事までは知らないさ。それに賢者を召集したのは私じゃなくて、ポンテルス殿とキラタ殿だよ」
ふたりもの老大賢者が関わっているのか…
アークの中で危機感が増した。アークとすれば、何が何でも死者だけは出したくない。魔力は回復しているつもりだ。が、本当に充分なのかと、彼は自分の内面にある魔力を思わず感じてみた。
そんなアークの様子をジェライドがじっと見つめているのに気づき、アークはジェライドと目を合わせた。
顔に不安が生じたのをジェライドに見破られた気がした。
だとしても、いまそれについて論議したところで致し方ない。
アークは、セサラサーの右腰でぶらぶらと揺れているものに気づいて眉を寄せた。
賢者は剣、槍、弓の武器の使用を禁じられているのだが…
「セサラサー、それは? 剣じゃないのか?」
セサラサーの腰にぶら下っている剣は、あろうことか抜き身のままで、鞘に入れられていない。
アークの指摘に、セサラサーは白っぽい剣を腰から抜き、アークの前に差し出して見せた。
その刃に鋭さはなく、肉眼で丸みが見て取れた。
これでは剣の意味をなさないだろう。
「なんだ、たんなる飾り物か」
「飾りじゃありません。昨日、師匠に作ってもらったんです」
「電撃の杖だよ。彼は癒しは得意じゃないからね。せめて攻撃の助けになるようにと思って。セサラサーは電の魔力が強いし、知っての通り剣術がうまいからね。二つを総合的に利用出来ればいうことないだろ。ストレスも解消出来るだろうし」
まったくいいアイデアだ。
それでセサラサーの頬は緩みっぱなしだったのだ。
だが、電撃の杖?
もしや…
「ジェライド、ひとつ聞きたいことがあるんだが」
「なんだい、アーク」
「昨日、騎士館の壁に穴が開いたと、父上が…賢者の修行者の放った…」
「あ、ああ」
ジェライドの頬がひくひくと引きつり、アークは最後まで言葉にすることなく真実を知った。
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